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本日、メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」110号を発行します。 

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本日、110号を発行します。

今回は、アズ直子さんの『アスペルガーですが、妻で母で社長です。』のレビューを中心に書いています。
大人のアスペルガーについて、とても示唆的な内容のになっています。
アスペルガーですが、 妻で母で社長です。


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記憶にラベルを貼る。 

さて、この図書館の無能な司書に、なんとか働いてもらうために、ひと工夫が必要です。

司書が、本を整理するための指標となるような、ラベルを作ってあげるのです。

「グッときた!」ことを、潜在意識で書き込む。

の項でお話ししたのは、「グッときた!」ことをできるだけ派手に、書くこと。

「ダンディって、かっこいい!」

カラフルに、目立つように書く。
これが、ラベルです。

このラベルがあれば、いかに無能な司書でも、
図書館の中をウロウロしながら、そのラベルに合う本を見つけたら、
すぐさま背表紙にラベルを貼っていくことができます。

溜め込まれた古い記憶にラベルを貼って、整理していきます。
海馬から届いたばかりの記憶からも、
「ダンディって、かっこいい!」に見合う記憶を選び出して、整理していきます。

そうすれば、背表紙に、「ダンディって、かっこいい!」のラベルが貼られた本をまとめて、同じ棚に収納していくことができます。

話が変わりますが、私が本を書くきっかけになったのは、あるTV番組でした。

その番組の中で、はじめて、「涙には癒し効果がある」という話を聞きました。

「へえ、涙にはそんな力があるんだ!」

いたく感じ入った私は、「涙の癒し効果」というラベル作りました。

「涙の癒し効果」のラベルは、潜在意識の中で、記憶を整理するために、大変役に立ちました。

ひとつ、このラベルを作ったことによって、関係のありそうなすべての記憶が、
「涙の癒し効果」という棚に整理されるようになったのです。

そして、その棚の記憶が、
『心と脳のストレスを洗い流す 号泣セラピー』という本にまとまったのです。

どうです。記憶にラベルを貼る効果、ご理解いただけましたでしょうか。



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過去と未来をつなぐ、「いまの自分」。 

「過去は変えられない。未来は変えられる」とよく言われます。
私自身も、カウンセラーとして相談者にときどき言うこととがあります。
「過去」、つまりすんでしまったことは、どんな努力をしても結果を変えることはできないということですね。

しかし、「未来」は変えられる。
これから起きることを、いい方向に変えること、あるいは悪い方向に変えること、どちらもできるわけです。
「だったら、未来をいい方向に変えよう」というのが、このフレーズの意味です。

でも、いくら、「未来は変えられる」と言っても、過去の自分が未来の自分を変えることはできません。
未来の自分を変えられるのは、「いまの自分」です。
「いまの自分」なくして、過去の自分と未来の自分はつながりません。

過去の失敗の反省を、未来の成功につなげる。
過去の未熟さを、未来の成熟につなげる。
過去の無知を、未来の叡知につなげる。

そんなことができるのは、「いまの自分」が存在しているからこそ。
未来をよくするのも、悪くするのも、責任のすべては、「いまの自分」にある。

そう考えると、いま自分が書く「自分史」の役割が明解になってきませんか。
過去のあなたを記録できるのは、いまのあなた以外にはいません。

いま、あなたが書いている自分史は、本になって発売されれば、もちろんあなた以外の人も読者になります。
でも、あなたの最初の読者は、未来のあなた自身です。
未来のあなたに、過去の出来事を伝えることができるのは、いまのあなただけです。

いま、自分史を書くことは、未来の自分を、読者にすること。
未来の自分を、過去の自分とつなぐことです。

いまのあなた以外に、過去から学び、それを活かしてより充実した未来へと変えていくことができる人はいないのです。

「そうか。そういうことがあったから、いま自分はこうしてここにいるんだな」
未来の自分を納得させ、肯定するために、いま自分史を書く。
自分史は、未来の自分への伝言でもあるのです。

自分を変えていくための、自分史。 

「自分史」で書かれることは、過去のこと。
現在の視点で見れば、過去は決して変えられない出来事ばかり。
変えることができるのは、その出来事を人生にどう位置づけるかということだけです。
一つの事実が、解釈のし方によって、懐かしいいい思い出にもなり、辛い思い出にもなる。
「自分史」を自分の過去の振り返りを捉える人は、

苦しいこと、辛いこと、いろいろあったけれど、過ぎ去ってみれば、あれも、これもいい思い出だね。

というふうに位置づけるでしょう。
そうすれば、いつまでも過去の出来事に拘泥することなく、いま現在を楽しんで生きることができるからですね。

こういう「自分史」も、もちろん有りです。
人生を半分以上終了して、残りの人生はこれまでの延長で、ゆっくりのんびりやっていこうという人の「自分史」なら、それで十分です。

でも、人生をさらに充実させて、新たなチャレンジもしていこうという気持ちの人には、こういう自分史はもの足りないですよね。

自分の過去を振り返ってみたとき、

 仕事の失敗が、いまでも悔しい。
 二十代の失恋が、忘れられない。
 友の裏切りが、いつまでも許せない。
 できない自分が、どうしようもなく恥ずかしい。

そういう人に必要なのは、自分自身を知るためのツールとしての「自分史」です。
自分の思考、行動を深く掘り下げ、自分にフィードバックする機能をもった自分史。
それが、アクティブ自分史です。

アクティブ自分史を書くことで、自己理解が深まります。
自己理解が深まれば、自分自身の思考パターン、行動パターンが自分の人生にどんな影響を与えているかがわかるはずです。

もし、あなたの人生にマイナスに働いているとわかれば、それを修正すればいいのです。
少しずつ、人生をより豊かに、実りあるものに変えていくことができるようになります。

「自分史」の新しい概念。 

「自分史」に似たもののようで、微妙に違うのが、「自伝」です。
功なり名を遂げた人が、自分の人生における功績を、末代まで残しておくために記すものが、自伝の概念でしょう。
一方で「伝記」という、自分の人生を人が書いてくれるという表現方法もありますから、自伝には「伝えるべき価値が自分の人生にある」という作者の自負が込められているように思います。

「自分史とは?」
という文章では必ず名前が引き合いに出される、色川大吉氏
1975年に『ある昭和史・自分史の試み』という本を出版し、そこではじめて、「自分史」という言葉が使われたそうです。
色川氏の「自分史」に触発されて、自分史の試みが市民運動のように大きなうねりとなりました。

功績などなにもない。人に伝記を書いてもらうことなどありえない庶民でも、自分が生きた証を記録に残そうではないか。

無名人の心意気なんですね。
それはそれで、とても有意義だと思います。
作家でもない普通の人々が、本を記すことなど夢のようなことだった時代には、インパクトある魅力的な提案でした。

でも、その目的だけだと、「自分史」は、リタイア後の、人生半分以上片づいた人だけのものになってしまいます。
「いろいろなことがあったけれど、いまにして思えば、あれもこれもいい思い出だね」
すべて過去形表記の、妙に達観したものになってしまうかもしれません。

それは、私が提案する自分史ではありません。

もっとアクティブで、あなたが書いた「自分史」なのに、書いたあなたに影響を与えるような、そんな「自分史」にしたいのです。

1日10分、自分史を書いてみよう。 

はじめまして。自分史プロデューサーのタケと申します。

1975年に、色川大吉が「ある昭和史―自分史の試み」という本を書いて、「自分史」の概念が生まれました。
それ以来、何度か自分史ブームがあったそうで、いままた、自分史ブームと言われています。

世の中に、自分史を書きたいと思っている人はけっこうたくさんいるようですが、書きたいとは思っていても、本になるくらいの枚数の原稿を書き上げて、実際に本を出すケースは、かなり少ないらしいです。

時間とお金を持っている団塊の世代の人たちなら、自分史講座に参加するとか、自分史サークルで仲間を募って勉強会をするなどして、時間をかけて、生きてきた人生の集大成としての自分史を仕上げることができるでしょう。

でも、「1日10分 1年で創る自分史」で、私が提案する自分史の試みは、団塊の世代のそれとは少し違うような気がします。人生の総まとめの年代の人が、自分の生きて来た足跡を記録する目的ではありません。

むしろ、まだまだ人生半ば。仕事も子育ても全然完了してはいない。ここで自分史を創り上げることで、「自分とはなにか」をはっきりと意識して、その後の人生をより有意義なものにしていこうという試みです。

もちろん、団塊の世代の方でも、こういう趣旨にご賛同いただければ、ぜひ参加してくださいね。

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