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映画からメッセージを受け取る。 

さて、いまを去ること二十年前(だいたい)にさかのぼります。
私は、このやり方が結構使えるなと思いました。

当時、コピーライターだった私は、仕事で3年ほど映画レビューを書いていました。
ある化粧品会社から依頼を受けた雑誌広告の仕事です。
封切り間近の映画を見て、そのストーリー紹介を2000字ほどで書きます。
最後に、出演していた女優のメイクに言及するというスタイルの広告を毎月作っていました。

公開前の映画は、急に公開スケジュールが変わることがあります。
アメリカで先に公開した映画が不入りで、日本に入ってこなくなってしまったり。
あるいは、来月公開予定だったのに、前の作品が好評で、公開延期になってしまったり。
実際に見てみたら、とても日本では受けそうもなくて、ボツになる作品もあります。

そんな事情もあり、広告掲載は毎月1回なのですが、見る映画は3〜4本。
不測の事態に備えて、広告は本命の作品と予備の作品の2本分を用意しておくようにしていました。
つまり、毎月2本ずつ、映画のレビューを書いていたわけですね。

さて、映画レビューを書くことが、どんな役に立つのか?

映画を見ながら、ストーリーを追いながら、制作者が設定した、作品のコア、
「肝の部分がここだ!」とわかるようになる。

そして、ストーリーにはコアの部分に持っていくための伏線が張ってあります。
その伏線に来たときに、「あ、これ伏線だ」ということが直感的にわかるようになる。

すると、その伏線まわりのことにしっかり目を凝らして、映画全体をより楽しむことができるようになる。
楽しみながら、その映画のメッセージを正確に受け取ることができるようになります。

そして、どんな伏線が張られて、どんなふうにストーリーが展開して、どんなスイッチが入ると、人は感動するのか?
そのシステムがわかるようになります。

前回お伝えした本のレビュー、読書感想文の書き方。
この、映画のレビューの書き方と同じなのです。

つまり、その映画が、その本が、伝えようとすることを間違いなく把握する。
制作者、著者のメッセージを正確に受け取ることに留意する。

それを咀嚼し、自分の血肉にするのは、文章レベルが次の段階になったときに考えること。
いまは、映画レビューで楽しく文章力をつけることを実践してみてください。
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映画レビューに挑戦。 

前回は、「大人の読書感想文」について、書かせていただきました。

現代人の基本スキルとして、「書くこと」は欠かせません。
書く技術を持っているのと持っていないのとでは、人生の質まで変わってしまうかもしれません。

本を読んだら、レビューを書く。
それは、人に見せるためのものでなくて全然かまいません。
自分だけの読書記録として残していけばいいのです。

読んだ本が、
「すごくためになった」
と思えば、その部分を。
「いい言葉見つけた」
と思えば、その言葉を。
「この手は、仕事でも使えるぞ」
と思えば、その方法を。

どんどん記録していくことで、あなただけのデータベースを作ることができます。

文章も上手になって、しかも、本の情報が蓄積されていくレビュー効果に期待できますよね。

でも、忙しい日常のなかで、「読んだ本をまとめる時間なんかない」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。

そんな方におすすめしたいのが、映画レビューです。

やりかたは、本のレビューとほぼ同じ……。

本を読むときは、しおり代わりになる紙を使ってメモしていましたが、映画のときは、ノートを使います。

映画館の闇のなかなので、紙がバラバラになってしまうと、あとから整理できなくなってしまいますからね。

1本映画を見るなかで、「おもしろい!」と思ったこと、心にグッと響いたセリフをノートに、どんどん書いていく。

なんですけど、本は読んでいる途中で止めることができますが、映画は止められません。
あ、そうでもないか。
家でビデオで見ているのなら、止めることはできますね。

でも、セリフ一言一句間違わないできっちり書き取る必要はありませんから、
できれば最初から最後まで止めないで続けて見ていただいた方がいいでしょう。

そうやって、セリフを書き留めて、セリフだけ順番に並べると、
映画全体のストーリーがそれとなくわかるものになっているでしょう。

大人の読書感想文は、こう書く。 

私は、このメルマガで、自伝史関連の本を選んで、ブックレビューを書いています。
先生の教えに逆らって、あらすじはもちろん、引用もガンガン書きます。

ブックレビューを書くとき、私がどんなふうに本を読むかご紹介しましょう。

まず、半分に折ると、ちょうど本に挟めるくらいのサイズの紙を用意します。
その紙をしおり代わりに、本に挟みます。
本を読んでいて、セリフでもストーリーでも、
「あ、ここおもしろい」
と思う箇所があったら、その紙に、ページの数字を書き、その文を書き写します。

本を読み終わると、その本一冊の中で、私がおもしろいと思った箇所がすべて、抜き書きされています。
その中から、私以外の人たちもおもしろいと思うだろうところ、感動するだろうと思うセリフをいくつか選び、書いていきます。
書くといっても、ワープロに打つわけですね。

すると、本から引用した文章が二~四個。
私は、それらの文章の前後に、間をつなぐ感想やら、解説やらを入れていくと、一冊分のブックレビューができあがります。

まあ、なんて簡単な書き方。
夏休みの、あの苦しみはなんだったのでしょう。
小学校の先生に、教えてあげたいくらいです。

そして、手前味噌かもしれませんが、このブックレビューは、文章上達にすごく効果的なんです。

(その一) 
一冊の本のなかで、自分がどんなことに感動するのか、しっかり理解することができる。

(その二) 
抜き書きしてみることで、一冊の本がどんなふうに構成されているのかを確認することができる。

(その三) 
他人の本から引用しても、最後は自分の文章にできる。

なかでも(その三)は、かなり重要なんです。

「原稿用紙10枚分、なんでもいいから書け」
そういう課題が出されたら、ふつうじゃなかなか書けませんよね。

「どんなテーマ」で、「どんな構成」で、「どんなスタイル」で、書く前に、いろいろ考えなければなりません。
考えても書けないかもしれません。

でも、本のレビューなら、ラクラク書けます。
書けなかったら、引用文の量を増やせばいいだけです。

「そんな馬鹿な!」とお思いかもしれませんが、10枚書いた事実は事実。

完全オリジナルの文章を書くときには、引用文をオリジナルの文にするだけで、「簡単に10枚だって、書けるのだ」と実感できればいいのです。

書いた事実が、「書くこと」をとてもラクにしてくれます。
「原稿用紙10枚書く」という高いハードルが、一気に軽くまたげる気がしてきます。

読書感想文の無理難題。 

文章を書く力を身につけるために、おすすめしたいトレーニング法は、「レビューを書くこと」です。

もっとも一般的なのは、ブックレビュー、つまり読書感想文です。
小学生のとき、やりましたよね。
夏休みの悩みの種だったとおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。
実は、私も苦手でした。

いまでこそ、「自伝・自分史・その周辺」で、楽しくブックレビューを書かせていただいています。
しかし、夏休みの宿題の読書感想文は、苦痛以外の何者でもありませんでした。
なにをどう書けば、「感想」になるのか、全然わからなかったのです。

私が教わった小学校の先生は、みんな例外なく、
「読書感想文は、『感想』を書くものであって、引用を書くものではないのだよ」
そうおっしゃっていました。

引用文ではなくて、感想文。

それをどうやって書けばいいのか、まったくわかりません。
だって、私が読んだ本を、先生が読んでいるかどうかわかりませんし、
読んでいたとしても、むかしのことならもう内容は忘れているでしょう。

「主人公の言葉に感動した」
と書きたくても、それがどういう言葉だったのか、引用しなければ、先生だってわかりません。

でも、「引用はダメ」と言われたわけです。
なんとか、あらすじを書いて、どういう本だったのか、先生にわかってもらおうと考えました。

すると、またまた言われました。
「読書感想文は、『感想』を書くものであって、あらすじを書くものではないのだよ」

えーっ、引用をせずに、あらすじを書かずに、読書感想文を書くことが可能なのでしょうか?
先生たち、いったい私になにを書かせたかったのでしょう。

自分の本質を文章化する。 

あなたが優先順位で並べたカードの、上位5枚を手に取ってください。

5枚のカードには、あなたの信条や、大切にしている考え方、あなたをあなたたらしめていることが書かれているでしょう。

その5枚のカードを組み合わせて、ひとつの文章にしてみましょう。

私は、自分の仕事に誇りを持っています。
私は、将来翻訳家になるつもりです。
私は、家族の幸せにコミットしています。
私は、死ぬまで体力を維持しようと思っています。
私は、最高の人生を生きています。

こんな5つの短文をまとめて、文章にすると、

「私は、自分の仕事に誇りを持ち、家族の幸せにコミットして、いま最高の人生を生きています。
将来は、翻訳家になり、死ぬまで体力を維持していこうと思っています。」

こんな感じの文章ができあがります。
これが、「自分の本質」を表現した文章です。

さて、自分史を書こうとして、
「いったい、なにを書けばいいのだ?」
と迷ったときには、「自分の本質」に、戻ればいいのです。

「自分の本質」の文章を読み返してみると、いま、書くべきことが自ずとわかってきます。

「自分の本質を知る」ワークは、一度やっておしまいではありません。

時間の経過につれて、自分を取り巻く環境が変わり、自分の思考行動感情も少しずつ変わっていきます。

ちょっと時間もかかる面倒なワークですが、年に一度くらい取り組んでいただければよいと思います。

まずは、この週末、ぜひ、やってみてください。

「自分の本質を知る」ワーク 

自分史は、自分のことを書く。

あなたにしか書けないことを書く。
あなたしか知らないことを書く。

というと、
「うん? 自分って、なんなんだ?」

悩みはじめてしまう人がいます。

それも無理からぬことで、主体である自分は自分のことをあまり考えたりしません。

「だって、自分のこと、知らないわけないじゃん。自分のことなんだもの」

そう思っていて、いざ、
「あなたの本質って、なんですか?」

正面切って聞かれると、全然答えられません。

自分の本質を知るために、こんなワークをやってみてください。
ちょっと面倒くさいワークですが、やることは簡単です。

■私は、○○です。

まず、100枚のメモ用紙を用意してください。
(A4サイズの紙を8片くらいに切ったものでもかまいません)

1枚に、ひとつずつ、

私は、○○です。

という短文を書いてください。

私は、サラリーマンです。
私は、毎週末、テニスをします。
私は、三人の子どもを愛しています。
私は、社労士の資格を持っています。
私は、カラオケで嵐を歌います。

どんなことでも結構です。
ネガティブな内容でもかまいません。

私は、二十代の頃からずっと偏頭痛があります。
私は、自分の上司のS課長が大嫌いです。

自分を表現するにふさわしい短文を書いてください。
いま、気分が落ち込んでいるとか、仕事が上手くいっていないときは、ネガティブなカードの方が多くなるかもしれませんね。

100個出てこなくても、苦し紛れでも、なんとか100個ひねり出してくださいね。

さて、100枚のカードができ上がります。
これをテーブルに並べてみると、ちょっと迫力があります。

この100枚のカードを、あなたの本質を表現していると思うものから優先順位を付けて並べていってください。

私は、地球人です。

間違いなく真実ですが、本質を表現しているものとしては、優先順位が低いかもしれません。

エピソードの中に入る。 

自分史の素晴らしいところは、たくさんあります。

■自分自身の忘れていた過去を思い出すことで、自分という存在を再確認する。

■自分自身のアーカイブを完成させることで、将来にわたって楽しむことができる。

■遠い昔の記憶をよみがえらせることで、脳を活性化し、機能低下を抑えることもできます。

数え上げたら切りがありません。
でも、こと、「文章上達」という目的で考えると、

「自分史は、エピソードの宝庫」

これに尽きると思います。

エピソードはすべて、過去に自分自身が体験した出来事です。
資料を調べたり、取材をしたりする必要もほとんどありません。

また、普通の文章には、客観性が求められます。
でも、習作としての自分史は、人に見せる以前のものですから、
とりあえず、客観性を棚上げしても、誰にも文句を言われることはありません。


自分自身の心の中を見つめていくと、

「あのとき、あんなことがあった」
「あの人に、こんなことを言われた」
「そのとき、こんなことを考えた」

いろいろ思い出すことができます。

ただ、頭を使って思い出すだけではなく、そのときの感情そのものを再体験することができます。

あなたが当事者であった、そのエピソードの中に、実際に入っていくことができるのです。
ロールプレイングゲームの主人公になったところをイメージしてみてください。

主人公のあなたは、そのエピソードの中で、見るもの、聞くものを再体験します。
過去の記憶に、どっぷり浸っていいのです。
そのとき感じた感情、人と交わした言葉、考えたこと。
すべてを、当事者として思い出すことができます。

その記憶のディテールを、ひとつずつ書いていく。

それだけで、あなただけのストーリーができ上がります。
あなたの脳の中には、そんな「エピソードの宝庫」があるのです。

もちろん、それがおもしろい文章になるかどうかは、これからの努力にもよりますが。

自分史で、一歩踏み出す。 

こんなお悩みを伺いました。

「小説を書きたいけれど、構成や起承転結など、難しいことが多く、
他人に見せられるようなものが書けない。
自分史を書くことで、いつか、小説が書けるようになるのだろうか?」

普通に、日記を書く、メールを書くことはできるのに、

「小説!」

と身構えてしまうと、途端に書けなくなってしまいます。

小説も、メールも、ブログも、日本語を使って書くことには変わりありません。

小説がちょっと異なるのは、小説にはストーリーが必要、ということでしょう。

「ストーリー」で身動きが取れなくなってしまうのは、文章に対する私たちの考え方の中に、
「ストーリーは、おもしろくなければならない」
というものがあるからですよね。

たしかに、私たちが本屋さんを求めてやってきたとき、
「なにか、おもしろい小説ないかなあ」
と、本棚を探します。

野口英世一枚以上のお金を払って買った本を、
読んでみたら全然おもしろくなかったというのでは、
かなりのショックを受けるでしょう。


でも、おもしろい小説を書く作家たちが、なんの練習もなしに、書けるようになったわけではありませんね。

プロの作家として食っていけるようになる前から、コツコツと毎日文章を書き続け、
少しずつ上手く書けるようになっていったのに違いありません。
それはそれは、地道な努力の積み重ねがあったはずです。

作家になる人も、ならない人も、そんな文章修行のツールとして、
「自分史って、いいですよ」
と、おすすめしたいのです。

「ちょっと気取って」の落とし穴。 

「ちょっと気取って書く」ことが、文章上達の秘訣のように書きました。

でも、この「ちょっと気取って書く」の文章道をずんずん歩いていくと、思いがけない落とし穴に落ちてしまうこともあります。

「ちょっと気取って」書く練習をしていると、ある光景の描写についてはとても上手く書けるようになります。
大人であれば、物ごころついてからこれまでに、いろいろな本や新聞雑誌で、たくさんの文字に接してきています。

小説、論説、エッセイ、詩。
「おお、名文!」
と思ったこともあるでしょう。

潜在意識に蓄積した「ちょっと気取った」言い回し、レトリック、隠喩などから、気取った文章を引っ張りだしてくることはできます。

もしかすると、「ちょっと気取った」文章を書こうとする方が、まったく気取らないで書くことより得意な人もいるかもしれません。
スラスラと出てくる「ちょっと気取った」文章に、「自分、天才かも」なんて思うことがあるかもしれません。

でも、きっと天才ではありません。

それは、おそらく、文章を書くとき、言語脳、思考脳である左脳ではなくて、無意識に近い脳を使ってしまっているからなのでしょう。

「ちょっと気取って」書く練習の際も、文章の構成、展開、おおまかなプロットは、まず、左脳を使って組み立てる必要があるのです。

しっかりと骨組みを作って、完成図をきちんと思い描いてから、
「この作品ができあがるのだ」
というイメージをしっかり映像化してから、「ちょっと気取って」書きはじめてください。

骨組みができてさえいれば、大丈夫。
無意識にどんどん書き進めていけば、「ちょっと気取って」書いた文章ができあがるはずです。

「ちょっと気取って書く」で、スキルアップ。 

丸谷才一氏が書かれた『文章読本』という本に、「ちょっと気取って書け」という有名な一節があります。

字義通りの意味に取れば、あんまりいいことには思えません。
私たち、子どもの頃の作文の授業では、
「思った通りのことを書け」
と言われてきました。
「ちょっと気取って書け」は、教わってきたことと真逆です。

自分の能力以上に嵩(かさ)ましして書くこと。
無駄に飾り立てて書くこと。
育ちの良い上に、人並みはずれた知識人のような顔をして書くこと。

そんなふうに思うと、「なんだかねえ……」という感じになります。

でも、丸谷氏の言いたいことは、それとはちょっと違うのかもしれません・

たとえノンフィクションであっても、紙の上に文字を連ねて文章を書くときに、完全なリアリズムはありえまない。
リアルな描写も、筆者の視点を通す限り、虚構になるわけだ。
「ちょっと気取って書け」とは、「自分の文章スタイルを持て」ということに他ならない。

そんな意味なら、理解できると思います。

「ちょっと気取って」書くときには、書き手は読む人を意識しています。
その文章を、誰が読むのかが想定できているからこそ、どう気取ればいいのかがわかるわけです。
それが、その人の文章のスタイルになっていくのでしょう。

「ちょっと気取って」書くときには、人はほんの少し、背伸びをします。
たくさん背伸びをしたら、書く文章そのものが破綻してしまいますが、
「ちょっと」の背伸びを続けることは、確実に文章のスキルアップにつながっていきます。

潜在意識は記憶の図書館。 

先頃出版した本『心と脳のストレスを洗い流す 号泣セラピー』にも、潜在意識に関することを書きました。

潜在意識とは、いわば「記憶の図書館」。
生まれてからこれまでに、見たり、聞いたり、体験したりした記憶がすべて、記憶されています。

というと、なにやらスピリチャルな怪しいもののように聞こえますが、そうではありません。

「記憶」については、かなりの部分、すでに脳科学的に解明されています。
脳の中で、記憶を担当するのは、「海馬」という器官です。
海馬は、タツノオトシゴのような形をした長さ数センチの小さな器官で、
すべての記憶は一旦ここに収納されます。
しかし、あまり容量がない海馬に長く記憶を留めておくことはできません。
次々やってくる新しい記憶を処理するために、
古い記憶はどんどん、大脳皮質へ送られます。

海馬と比べると、何百倍もの大きさがある大脳皮質ですから、記憶の容量もほぼ無限大です。
大脳皮質には、生まれたばかりのときからいまに至までの記憶(あるいは、お腹のなかにいるときから)が、どんどん蓄積されていきます。

無限大の収納能力がある記憶の図書館が潜在意識なのですが、ここには大きな弱点があります。

潜在意識には、記憶を整理して、上手に取り出す能力がありません。

すごく大きな図書館で、古今東西、有史以来の本が、何百万冊もあるにも関わらず、
有能な司書がいない状態を考えてみてください。
本の整理のし方を知らない、無能な司書がいるだけで、どこになにがあるのかわからず、ただひたすら、届いた本を積み重ねているだけ。
重要な本が、雑誌の山の中に紛れ込んでいたり、全集なのに、バラバラに散らかっていたり。

そんな感じの図書館なんですね。


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「グッときた!」ことを、潜在意識に書き込む。 

結局、吸収できない情報なら、ノートを取る必要はないのか?

そうとばかりもいえません。
ノートを取ることで、他人の思考を知ることができます。
そして、自分自身の論理思考の訓練をすることもできます。

左脳をフルで回転させるためには、耳からインプットされたことを一度脳に入れる。
次に脳から手に指令を出して、文字に書く。
それをさらに目にして、もう一度脳にインプットし直す。

このサイクルが、脳の活性化にとても役に立つそうです。

さらに、私がお勧めしたいノートの取り方は、

「グッときた!」ことを書く。

どういうことかと申しますと、たとえば、ある人の講演会を聴きにいったとき、話された内容もさることながら、
講師の立ち居振る舞い、間の取り方、声のトーン、表情などが、「すごくダンディだ」と感じたとします。
そして、自分も「こんな大人になりたい」「こんな話し方ができるようになりたい」「こんなやさしそうな表情がしたい」
そんなことを感じたら、

「ダンディって、かっこいい!」

と、大きな文字で書いておきましょう。
このときは、赤か青か、それとももっとカラフルな色のペンを使って、できるだけ派手に書きましょう。
花丸を付けたり、囲み枠で飾ってもいいですよ。
ノートの中に紛れ込まないように、思い切り目立たせてください。

そして、書いた文字を、映像としてしっかり見つめてください。
言語的意味として理解するのではなくて、映像として理解することで、
「ダンディって、かっこいい」
の情報は、言語脳である左脳から、右脳に引き渡され、さらに右脳に繋がる潜在意識にイメージとして書き込まれます。

潜在意識に書き込まれた「ダンディって、かっこいい!」は、「ダンディ」に関する情報を自動的にインプットし、収集し続けます。
あなたの中から自然に「ダンディ」が溢れ出てくるようになるまで、やり続けます。
あなたが、「ダンディ」を意識しなくても、あなた自身がダンディである状態まで、導いてくれるのです。

身に付かない、おもしろくない知識や情報より、その方が余程、役に立ちそうでしょう。



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知りたい情報は、自然に集まる。 

しばらくぶりの、【自分史の書き方】の更新です。
これまでの展開は、

【自分史の書き方】過去ログ

でご確認ください。


仕事をしていると、好むと好まざるとに関わらず、膨大な量のノートを取ったり、メモを書いたりすることがあるのではないでしょうか。

会議を記録するためには、議事録を取る必要があります。
だれがどんな発言をした。
どんなふうに議事が進行し、どういう結論に収束した。
その会議を受けて、これから自分はどう行動するか。
事細かにノートを取っておかないと、あとから困ることも出てきます。

私がよく取るノートは、自分が受講生として参加したセミナーや講座のノート。
または、いま考えている企画をさらに練り上げるために、アイデアを書き連ねるノート。
あるいは、さしあたって目的はないけれど、思いついたことを忘れないうちにどんどん書き込んでいくネタ帳的ノート。

とにかく、私はノートの大量消費者ではあるのですが、そのノートをすり切れるほど読み返すことは、まずありません。

セミナーで聴いた話が、
「おもしろかったなあ。これについて、もっと知りたいなあ」
そう感じたら、関連本を読みあさりますよね。
TVで、関連する情報があったら、目を見開いて吸収しようとします。
情報をインプットするだけではありません。
「このまえ、セミナーで聴いたことだけど、すごくおもしろいんだよ」
人に話したくてしかたなくなったりもします。

人間って、「おもしろい」と感じたことに関しては、放っておいても、自然に情報が集まって、
いつの間にかエキスパートになっていくんですね。
最初に書いたノートは、いまや、それをはるかに超える情報量の前に、もう不要品になってしまっているわけです。

そして、「おもしろい」と感じなかった情報も、残念ながら、あまり読み返されることはありません。
それも、しかたありませんね。
つまりは、おもしろくなかったのですから。



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ロジックツリーをライティングツールにする。 

論理的思考(ロジカルシンキング)の展開方法ロジックツリーは、まえに、このメルマガにも登場したマインドマップと似たような思考ツールです。
ちょっと違うのは、マインドマップは自由に、どんどん発想を広げていくことに重点を置いているのに対して、ロジックツリーはあらかじめ設定した結論の仮説に収束させることを前提としている点です。

マインドマップは、展開の仕方次第ですごい発想が飛びだしてくる可能性を秘めていますが、ロジックツリーの方は、どう展開しても、最後は地に足のついた結論に到達するようになっている気がします。
そして、結論に達したときには、はじめはフワフワしていた論理思考が、いつの間にか強化されているという効果があります。

文章を書くためのツールとして使うには、マインドマップよりもロジックツリーの方が断然使いやすいでしょう。

ある課題について、マインドマップを書いてみると、そのマップの中に、文章を書くための素材は転がっています。
でも、文章として仕上げようと思うと、それを素材として加工し、さらに料理を作り、皿の上に並べて、やっと文章ができあがる。
結局、料理人の腕次第です。

同じ課題について、ロジックツリーを書いてみると、そのツリーの中に素材を加工したフレーズが並んでいるはずです。
その加工済み素材で料理を作るのは、そんなに大変でも難しくもありません。

ロジックツリーで日々、論理思考を強化していれば、文章を書くことがどんどんラクになってきます。
あなたの強力なライティングツールができあがります。

論理を強化する方法。 

前回の「ロジックツリーで思考習慣」の続きを書こうと思うのですが、前に記事を書いてから、ずいぶん間が空いてしまったので、内容を忘れてしまった方も多いでしょう。
まず、前回の記事を読み直していただいてから、本日分をお読みいただけると、すんなりご理解いただけるかと思います。
お手数かけて、申し訳ありません。


ロジックツリーがなぜ、論理的思考(ロジカルシンキング)に有効かということをもう少し説明します。

ある課題について答えを出さなければならないとき、私たちは一直線に答えを出そうとしますよね。
たとえば、「発想力をつける」という課題について、「どうやったら発想力がつく?」
という答えを引き出すために、

・ 本を読む
・ 映画を観る
・ 人に話を聞く
・ 博物館へ行く
・ 街で人を観察する

とか、いろいろなアイディアが出すことができます。
でも、それは、あなたが、「これが発想力だ」と思っている定義への答えでしかありません。
もしかすると、課題そのものの解釈がとても狭くなっているかもしれません。

課題の解釈をもっと広く取るためには、違った視点からのアプローチも必要です。
たとえば、

・ 古今東西発想力に優れた人は?
・ 発想力があると得することは?
・ 発想力はどうすれば磨かれる?
・ 発想力を生みだす器官は?
・ 発想力がなくて損することは?
・ この発想力はスゴイ、と思った事例は?
・ 自分の身近で見習いたいと思う発想力は?

というようなことも、併せて考えると、どんどんロジックツリーに面白みが出てきます。

論理的に考えることができる。しかも、だれでも考えそうな平凡な考え方ではなく、飛躍もあるし、驚きもある。こじつけもあるし、柔軟性もある。
そんなロジックツリーが作れるようになると、論理もだんだん強化されていくはずです。

ロジックツリーで、思考習慣。 

岡田斗司夫さんの『あなたを天才にする スマートノート』では、ロジックツリーに加えて、さらに思考を広げる工夫をします。

■お題「文章が上手く書けない」の左側に、「過去はどうだった?」。
いまの悩みは、「文章が上手く書けない」ですが、そのように、なにか上手くできなくて悩んだことはなかっただろうか。
「過去はどうだったのだろう?」と問いかけてみます。

右側に、「他に似たことは?」。同じようなことで、問題を感じていることがないか、問いかけます。

「考えていることを人に言えなかった」 ― 「文章が上手く書けない」 ― 「思考の整理が上手くできない」

ひとつのお題「文章が上手く書けない」について、

1. その原因の可能性がある要素を考える。
2. どうしたら改善していけるかを考える。
3. 過去の思考行動を振り返る。
4. 似たような思考について考える。

この全体像ができあがると、「いま、自分はこう考える」という思考の見取り図ができあがります。

岡田さんの提案は、毎日、ひとつずつ、このロジックツリーを書くことを習慣にしようというものです。

書き慣れないうちは、毎日ひとつは、かなりハードルが高いかもしれません。
でも、慣れると、楽しくどんどん思考の展開ができるようになり、しかも、「なかなか面白い発想ができた」と思えるようになってきます。

なにも、論理思考的な難しいお題を選ばなくてもいいのです。
「韓流ドラマがおもしろい」とか、「アイスクリームが止められない」とか、「断捨離できない」というお題でいいのです。

毎日続けてみることに意味があるのですね。

ロジックツリーを書いてみる。 

どうしたら文章が上手くかけるようになるのだろう?
どうしたら、文章力が上達するのだろう?

日々考えるテーマですが、このやり方は、たしかに効果的かもしれないと思った方法を紹介します。

岡田斗司夫さん、肩書きはマルチクリエイター、ゲームプロデューサー、マンガ評論家……。
なんという肩書きが最適なのか、よくわかりませんが、一番有名なのは、「レコーディングダイエットで、体重を半分に減らした人」でしょうか。

その岡田さんの、『あなたを天才にする スマートノート』という本に書かれていた論理思考修業の方法です。

■ ノートの見開きの右ページのまん中当たりに、一つのテーマを書く。
それが、今日の「お題=考えること」。
仮に、「文章が上手く書けない」としてみます。
そのお題について、思考を展開していきます。

■ 「お題」をページのまん中に書きます。
「考えること」のすぐ下に、「なぜ?」、その下に、「だから、なぜ?」、その下に、「だから、どうして?」、「さらに、どうして?」というふうに展開していきます。

 論理的思考(ロジカルシンキング)の展開方法で、「ロジックツリー」と呼ばれるものです。
 ひとつの問題(幹)から、次の思考(枝)がどんどん派生して、一本の木のような思考体系ができあがります。

■ ちょっと例をやってみますね。

「文章が上手く書けない」 ― 「書き方がわからない」 ―  「なにがよい文章かわからない」 ― 「よいお手本がない」 ―  「本を読んでいない」

■ 今度は、同じ「お題」について、上方に、「ということは?」、その上に「するとどうなる?」、さらにその上に、「さらに、どうなる?」と展開していきます。
こんな感じですね。

「文章が上手く書けない」 ― 「書く練習が必要」 ― 「とにかく書いてみる」 ― 「書く習慣を作る」 ― 「日記を書く」 

毎日、「お題」を一つ決め、見開きの左ページに、このロジックツリーを仕上げます。

メールが、あなたの代理人。 

ビジネスを電話でのやりとりで進めていくのが主流だった時代は、「言った」「言わない」のトラブルはグッと少なくなりました。
捨ててしまわない限り、きちんと交わされた意見が残っていくメールは、ビジネスのルールを変えました。

そういう時代に、「メールは用件のみ箇条書き」って、おもしろくないと思いませんか?

メールが素敵だと、きっとあなたも素敵な人だと思われます。

でも、残念ながら、「こんなメールは、イヤだ!」というものも、毎日メールボックスには投げ込まれます。

・何通か続けてやりとりをしていると、返信返信で、相手がなにについて書いているのかわからなくなるメール。

・あるいは、また、実際に会って話をした内容について書かれたメールでは、いつの時点のどのやりとりについてのコメントなのかわからなくなっているメール。

・また、やたら長いメールなんだけど、長さに埋もれて、なにが言いたいのかわからなくなっているメール。

・ メールなのに、「この人、なにか怒っているのかした」と思わせるメール。

・ 誰かに送ったメールの使い回しのようで、なんとなく文章のトーンが自分にしっくりこないメール。

実際に、こんなメールを受けとって、イヤな気分になったこと、ありませんか?
もし、あるなら、あなたは絶対、こんなメールを人に送らないようにしましょう。

メールはあなたの代理人です。

文章力をメールで伸ばす。 

現代人の日常生活で、「書く」行為を考えると、書く頻度も、書く量も、もっとも多いのがメールではないでしょか?

ご自身のことを振り返ってみても、いかがでしょう。
今日書いたものを振り返ってみると、

・ スケジュール
・ やることリスト
・ 買物メモ
・ 受けた電話の伝言
・ 日記
・ ブログ
・ メール

毎日続けて日記やブログを書いている方もいると思いますが、確実に書いている文章らしきものと言えば、メールが一番かもしれません。
しかも、「読んでもらう人が必ずいる」というのがメールの特性です。

読む相手がいない日記は、自分自身の備忘録になってしまい、文章のスタイルも崩してしまいがちです。
ブログは、読む人を想定してはいるものの、どんな人が読んでくれているのかいまいちよくわかりません。

それらと比べると、メールは読んでくれる人が決まっています。
名前も顔もわかっています。
不特定多数の人に送るメールもありますが、その場合でも、読んでくれる相手は、明確に想定されているはずですね。

ならば、必然的に毎日書かなければならないメールを使って、文章力を伸ばしていく工夫をしてみましょう。

書く技術はシュミレーションで伸ばす。 

現代の商談のきっかけは、ビジネスメールからはじまることが多いでしょう。
最初に送ったメールが、あなたの第一印象になってしまう可能性もあります、
実際に商談相手にはじめて会ったとき、すでに、あなたに対して心を開いてくれていたら、問題はないでしょう。
でも、もしかして、話す必要もない相手と思われてしまっていたとしたら、その悪印象から信頼関係まで至る道筋を付けるのに難航するかもしれません。

話すコミュニケーションに熟達するために、経験が必要です。
相手がいることですから、商談であれ、恋愛であれ、その他の人間関係の形成であれ、場数を踏まない限り、上手くなりません。
あなたの発言に対する反応を注意深く見ながら、相手の真意を探る観察力も必要です。
突然恋愛の相手から、思っても見なかった切り返しがあるかもしれません。
あるいは、商談相手から、事前に予想していなかった質問にたじろぐこともあるかもしれません。
そういうやりとりは、日頃意識して、コミュニケーションの現場でスキルアップしていく以外ありません。

書くことの最大の強みは、とことん一人でシュミレーションできるところです。
目の前に相手がいなくても、メールや手紙を読んだ相手がどんな反応をするのか、じっくり考えながら書けばいいのです。
話すコミュニケーションでは、一度の失言が取り返しのつかない失態に繋がることもありますが、書くコミュニケーションならいくらでもやり直しが利きます。

納得いくまで時間をかけて、相手の反応を想像しながらシュミレーションすればよいのです。
文章をブラッシュアップすることで、コミュニケーションのクオリティを上げることができます。
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