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メルマガ2号、5月1日金曜午前中発行します。 

メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」第2号を。明日金曜日の午前中に発行いたします。

これから、週刊誌として毎週金曜日の午前中、タケの心が折れない限り、ルーティーンで発行していきます。
内容は、同じテーマで運営していますこのブログと被っている部分もありますが、両方見てくださる方にも納得いただけるよう、違う趣向も考えていきたいと思っています。
ぜひ、ブログと併せてご覧ください。

ご登録は、左側の「メルマガやっています。」のフレームに、あなたのメールアドレスを打ち込んでいただければ簡単にできます。
また、パイロット版の第1号は、
http://archive.mag2.com/0000289134/index.html
こちらでご確認いただけます。
たくさんの方にご登録していただければ、これからの更新のパワーになると思います。
どうぞ、よろしく、お願いします。

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ライティング回路を太くする。 

茂木健一郎先生もおっしゃっています。

アハ!」体験を生み出す脳のメカニズムは、「一発学習」とも呼ばれる。一度気付けば、もう二度と忘れることがないので、「一発」で完結する「学習」だとされる。

離れていた神経回路が一度つながってしまったら、そこにはもう、電気信号の道ができています。その道を太く太く、電気信号がガンガン通る幹線道路にしてしまえばいいのです。
脳の中のあちこちで、どんどん道がつながって、幹線道路ができあがっていく。その道路を、大量の電気信号がすいすい走っていく。

この状態を、ライティングという作業に置き換えるなら、
書きたいことがどんどん出てきて、考えるよりまえに手が動いてしまう。手を動かすのがもどかしいほど、書きたいことがあふれ出してくる。
脳と手が競い合うように文章ができあがっていく。

こういう状態を、自分の日常にしていきましょう。
ライティング回路がつながってしまえば、これはそんなに難しいことではありません。



ライティングで、「アハ!体験」を。 

脳の神経回路がつながる瞬間の映像を見たことがあります。
二つのニューロン(神経細胞)が長い突起を伸ばして、互いを求め合うように動き回ります。そこに、神経伝達物質であるドーパミンが放出され、それがニューロンとニューロンをくっつける役割をし、神経細胞同士がつながって、その瞬間、電気信号が流れます。
YouTubeに、こんな映像がありました。

http://www.youtube.com/watch?v=-52nmsVxIm8

つながったニューロンは、どんどん太くなって、神経回路がしっかりできあがっていきます。

バスケットボールで、ダンクシュートが決まった瞬間。
野球で、はじめてフォークボールが投げられた瞬間。
フィギュアスケートで、はじめてトリプルアクセルが跳べた瞬間。
水泳で、世界記録を達成した瞬間。

つながっていなかった神経細胞が、その瞬間つながり、脳から発せられた電気信号が全身をめぐり、できなかったことができる瞬間です。

私はどれもできませんが、できた瞬間は、「チョー気持ちいい!」なんですよ、きっと。
なぜかというと、神経細胞をつなぐために放出されるドーパミンは、別名快感物質とも呼ばれるもので、脳に快感をもたらします。
だから、できなかったことができるようになることには、つねに「カイカン!」というご褒美がついてくるのです。

これをスポーツのシーンだけでなく、学習の場で再現しようというのが、茂木健一郎先生がいうところの「アハ!体験」ということだと思うのです。
(ついでに、ここも見ておいてください。

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/08/post_5513.html

神経細胞がつながって、できなかったことができるようになると、もう二度と忘れることがないそうです。
この状態をライティングにおいて獲得しようというのが、私の提案です。

ホッとしました。 

このブログを20日にオープンしました。
管理画面には「アクセス解析」というメニューがありまして、私は単純に、これを見れば御来客数がわかるのだと思っていました。
でも、5日間、来る日も来る日もアクセス数がゼロで、もう、かなり落ち込んでいました。
どうしたら、お客さまに起しいただけるのか、困惑状態でした。
そうしたら、昨日、「拍手」にカウントが入っているのを発見!
はたと気がついたのは、「アクセス解析」は、なにか設定のアクションをしないと動き出さないのではないか?
そこで、公式マニュアル、FAQ、フォーラムその他、あちこちさまよって、アクセス解析の設定方法がわかりました。
動き出したアクセス解析は、みるみるカウントを増やしていくではありませんか!
感動しました。
これでやっとブロガーの仲間入りができた気がしました。
拍手を入れていただいたお客さま、ありがとうございました。
とても励みになりました。
御来客の増えるブログにしようと決意を新たにしました。
どうか、よろしく、お願いします。

『定本 納棺夫日記』青木新門 <自伝・自分史・その周辺1> 

「自伝・自分史・その周辺」と題して、自分史を書くときにお手本になりそうな本を紹介してまいります。 必ずしも自分史だけではありませんが、いろいろなスタイルのものをコレクションしていきたいと思います。 お読みになった方のご感想もおうかがいできればと思います。

第1回目は、映画「おくりびと」の原作です。死にもっとも近いことを日常の生業にしている人の透き通った死生観が描かれている本だと思います。
想像するに、かなりハードな仕事でしょう。
御遺体の状態はさまざまで、ぶよぶよにふやけた水死体や、放置されたまま蛆が湧き出した御遺体の処理をするときは、「これがルーティンワークなんだ」「なにも考えずに処理するのがプロフェッショナルなんだ」と自分に言い聞かせなければやっていられないこともあるでしょう。
青木氏は、プロフェッショナルという名に逃げて、感情を殺し、様式的な形を求める納棺作業に徹するのではなく、生きていた御遺体を浄土へお送りする仕事としての意味を問い続けています。
いまの時代の葬式仏教があまりにも無力で、生者の思うこととはかけ離れた思想になってしまったことを、現場の人として憤り、死者の尊厳を守ることを心の中心に置いている人だと思います。
「おくりびと」も素晴らしい映画ですが、青木氏が披瀝する死生観は、ぜひ、本でも読んでいただきたいと思います。


自分だけの10分を捻り出す。 

どんなに忙しい人でも、1日に10分の時間だったら、どこかで捻り出せるのではないでしょうか。

朝、家族が起き出す前に早く起きて、10分を自分史に使う。
夜、パジャマに着替えて、寝る前の10分を自分史に使う。
もしかしたら、会社でランチを少しだけ早めに切り上げて、午後の仕事がはじまる前の10分間を自分史に使う。
仕事が終わって、帰宅して、パソコン立ち上げて、その10分を自分史に使う。

ぼんやりとTVを見ていても、すぐに過ぎてしまう10分を自分史に使う。
24時間中の10分は、1日の144分の1。
これなら大丈夫でしょ。

1日10分。1年で60時間とちょっと。

これだけで、1年後、あなたは自分史を1冊、手にしているのです。やってみる価値あると思いませんか?

24時間中の10分を、自分史に使う。 

自分史を1冊の本に仕上げるには、最低でも400字詰め原稿用紙で200枚くらいは必要でしょう。写真やイラストが入れば、もっと短くても行けるかもしれませんが、ある程度の読みごたえがほしいとなると200枚ですね。



プロの作家には1日に50枚くらい平気で書いてしまう人がいるみたいです。そんな人なら200枚を1週間で書き上げることも可能なのでしょうが、私たちはそんなことはできません。



そう思うと、やはり気持ちをしぼませないで完走するのは、かなり大変なのでしょう。


でも、モチベーションを維持するために、気持ちを張りつめ続けるのにも疲れてしまいます。途中でもう全部投げ出したい気持ちになってしまうかもしれません。

自分史、書きたいのに挫折する人が多いのは、そんな理由なんですね。



「1日10分。1年で創る自分史」は、1年間のマラソンだけど、持久力・忍耐力を要求されることはありません。

毎日10分ずつ意味のある楽しい時間を持つ。

そして、毎日ちょっとずつ、小さな達成感を積み重ねていく。



小さなことからコツコツと。



小さなことだけど、それを続けて行けることでもっと楽しくなる。

はじめた人は、みんな笑って完走できる。

そういうプログラムです。


書きたいのに、なぜ書けない。 

書きたい思いだけあっても、書きはじめる前にどう書けばいいのか悩んで、結局手をつけられないまま、いつの間にか気持ちがしぼんでしまう。

書きはじめてはみたけれど、日々の仕事が忙しくて、書くことを後回しにしているうちに、いつの間にか気持ちがしぼんでしまう。

書いているうちに、だんだん書くことが苦痛になってきてしまい、いつの間にか気持ちがしぼんでしまう。

書いてはいるんだけれど、果たしてこれが本当に自分の「自分史」になるのか確信が持てないまま、気持ちがしぼんでしまう。

書いてはみたけれど、これを本として出版できるのかどうか自信がなくて、気持ちがしぼんでしまう。

そもそも、自分が書いた自分史に、関心持ってくれる人がいるのかと思うと、気持ちがしぼんでしまう。

たしかに、ある日「いいなあ、自分史、書いてみたい!」と思ったそのモチベーションを最後まで持ち続けることはけっこう難しいことなのかもしれません。

自分史を思い立ってから、実際に出版に漕ぎ着けるまでの期間は、だいたい2年くらいだそうです。もちろん、漕ぎ着ける人の何百倍(もしかしたら何千倍
?)、途中で引き返すか、沈没してしまうかする人がいるわけですね。

もし、あなたが「自分史」を創ってみたいと思っている人なら、私と一緒にはじめませんか?
やりはじめたら最後、絶対気持ちをしぼませずに、本になるまでお付き合いします。
1日10分。1年間後、あなたの手の中に、1冊の自分史がおさまっています。

1日10分、自分史を書いてみよう。 

はじめまして。自分史プロデューサーのタケと申します。

1975年に、色川大吉が「ある昭和史―自分史の試み」という本を書いて、「自分史」の概念が生まれました。
それ以来、何度か自分史ブームがあったそうで、いままた、自分史ブームと言われています。

世の中に、自分史を書きたいと思っている人はけっこうたくさんいるようですが、書きたいとは思っていても、本になるくらいの枚数の原稿を書き上げて、実際に本を出すケースは、かなり少ないらしいです。

時間とお金を持っている団塊の世代の人たちなら、自分史講座に参加するとか、自分史サークルで仲間を募って勉強会をするなどして、時間をかけて、生きてきた人生の集大成としての自分史を仕上げることができるでしょう。

でも、「1日10分 1年で創る自分史」で、私が提案する自分史の試みは、団塊の世代のそれとは少し違うような気がします。人生の総まとめの年代の人が、自分の生きて来た足跡を記録する目的ではありません。

むしろ、まだまだ人生半ば。仕事も子育ても全然完了してはいない。ここで自分史を創り上げることで、「自分とはなにか」をはっきりと意識して、その後の人生をより有意義なものにしていこうという試みです。

もちろん、団塊の世代の方でも、こういう趣旨にご賛同いただければ、ぜひ参加してくださいね。

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