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便利なポストイットを活用する。 

入れ場所がよくわからないときは、とりあえずポストイットに思い出せるだけの記憶のキーフレーズを書いておくとよいでしょう。

「行った場所」「一緒にいた人」「なにをした」「どんな気持ちがした」「いつ頃」などの、単語だけでも、断片だけでもOKです。

書き込むポストイットは付箋に使う小さいサイズのものではなく、メモ用に使う大きなサイズ(75x75mmくらい)のものが使いやすいと思います。

むかしの記憶ほど曖昧な部分が多くなると思いますが、キーワードだけでもよいので、書き留めておくことをおすすめします。

覚えてはいるが、いつのことだったか判然としない場合は、とりあえず「小学校低学年」の頃とか、「物心ついてから、幼稚園に入るまでの間」とか、幅をもたせておきます。
自分史年表ノートのそのあたりに、ぺたんと貼っておきましょう。
いずれ、自分史年表の情報量が増えていくにつれて、収納場所がわからなかった記憶も、前後関係から納めるフレームがわかってきます。
貼ってはがせるポストイットですから、移動は簡単。
整理していくうちに、その出来事が起こった年を確定できれば、確定できたものからどんどんノートに書き込んでいきましょう。

そして、自分史年表の全体像ができあがるにつれて、「自分を知ることは、楽しい」と思うようになるはずです。



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記憶の収納棚を埋めていく楽しさ。 

自分史年表を作ること。
けっこう面倒くさくて、ここで嫌になってしまう方もいるかもしれませんね。
でも、年表は大変なところを乗り越え、ある程度できあがってきたら、自分史創りの最強ツールになっていきます。

自分史年表は「記憶の収納棚」です。

脳の中には、いろんな記憶がごちゃまぜに入っています。
すごく重要なのに潜在意識の下の方に追いやられている記憶。
全体像を忘れてしまったけど一瞬のシーンだけ何度も思い出す記憶。
忘れてしまいたいのに思い出すたび嫌な気持ちのさせられる記憶。
いろいろな状態で乱雑に詰め込まれています。

それを、1年ごとに収納フレームを作っておき、記憶を収納れば、入れる場所が一目瞭然になりますよね。
どこに入れればいいか、よくわからないときは、前後のフレームに入っているものを見れば、どこに入れればぴったり収まるのかがわかります。
一つずつ、収まるべき棚に収めていこうというのが記憶の収納棚、自分史年表を作る目的です。

モノの収納の場合と同じです。
整理されないまま、モノが乱雑に積み上げられていると、なにか取りだしたいときは、それこそ、上のものと下のものをひっくり返して探すことになります。
きちんとモノが整理されていれば、取り出したいものを一瞬で取り出せます。
あらたに収納するものが出てきても、どこに入れればきちんと片づくのか、一目瞭然ですね。

整理がすすめばすすむほど、ますます整理の能率があがり、整理することが楽しくなります。

「オマケの人生」という考え方。『林住期』五木寛之 <自伝・自分史・その周辺9> 

  古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。
  「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、
  そして、「林住期(りんじゅうき)」と「遊行期(ゆぎょうき)」。
  「林住期」とは、社会人の務めを終えたあと、
  すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。


2年前、五木寛之氏の大ベストセラーによって、流行語となった「林住期」。
仏教における本来の意味は、文字通り「林に住む」。
「社会的役割、家庭での責任から離れて、林に一人住み、仏教修行をする時期」という意味なのでしょう。

「期」というからには時代区分があります。

かつて、人生50年と言われた時代には、20歳までが学生期、40歳までが家住期、60歳までが林住期という区分だったようです。
60歳過ぎて、まだ人生に残があれば、修行三昧の遊行期に入るというわけですね。

ところが、五木氏は、人生100年の時代に、この区分は実情に合っていないだろうと考えたわけです。

学生期が25歳まで。家住期が50歳まで、そして、50歳からの25年が、人生のゴールデンシーズン、「林住期」だと言うのです。

50歳からは、それまでやってきた仕事に一旦区切りを付け、本当にやりたいことに時間を使う。
ボランティア活動でもいい。作家修行でもいい。武道を学ぶのでもいい。
これまでやりたいと思いながら、生活のために断念していたことを、思い残すことなくやれ。
仕事をやるにしても、生活のためにやっていた仕事は辞める。
報酬を求めるために働くのでなく、働くことが道楽であるように仕事をやれ、というわけです。

「林住期」をよりよく生きるために、「学生期」と「家住期」は準備期間である。
「学生期」には生きる術を学び、「家住期」には、思うさま働き、林住期のために蓄える。

五木氏がこの本を上梓されたのは、わずか2年前のことなのですが、その間に、時代の様相は大変貌を遂げました。
林住期を意図して、月々の給料から老後資金の投資をされていた人も、将来の年金支給を当て込んでいた人も、たくさんいたはずです。
しかし、サブプライム以降、大きな失望とともに、林住期計画を諦めた人々が大勢いるのではないでしょうか?

社会の束縛を捨てて、林住期に入ろうとすることが、熟年世代の単なるわがままに成り下がってしまった時代が、いまなのでしょう。

2年前であれば、人生の選択であった林住期が、いまは、「この世からの退場」と思われる。

「オマケの人生、だからこそ自由」と五木氏は書いていますが、この時代は、人間に余剰の人生を許しません。

時代が余剰を失う苦痛は、すべての人間にはね返ってきます。
なんとも過酷な時代を生きる私たちに、「林住期」の理想は無期延期かもしれません。




メルマガ、キリよく10号、金曜午前中に発行します。 

メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」、
記念すべき第10号、6月26日午前中、
いよいよ、発行いたします。

よく続いています。
忙しいながら、発行人も楽しんで続けています。

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あらゆるものが、記憶の補助装置になる。 

日記はいつも三日坊主で、そのうえ、記憶力が悪い。
そういう方にも、思い出す方法はあります。

<その1 アルバム>
古いアルバムには、思い出の写真が詰まっています。
写真のいいところは、自分が写っているところ。
自分の脳の中に置かれている記憶では、実はその記憶が作られたときの自分の姿を見ていないわけですね。
特に、物心つく前の、幼い時代の自分は写真で見るしかないでしょう。
写真は客観的に自分を見せてくれます。
その出来事に直面したときの自分が、しっかりと写し出されている。
1枚の写真には、たくさんの手がかり情報が詰まっています。
「撮った場所」「一緒に写っている人」「着ている服」「持っているもの」「自分の表情」その他。
そして、写真には写っていないけれど、レンズの向こう側にいた、その写真を撮ってくれた人が、どんな気持ちであなたを捉えていたのか。それも大切な情報です。
ありがたいことに、フィルム時代の写真にはだいたい撮影日が入っていますから、それを時系列で並べていけば、かなり記憶を整理することができるのではないでしょうか。

<その2 手紙>
もらった手紙はなかなか捨てられない。もしあなたが、そういう人だったら、ラッキーです。それも、記憶の補助装置になりますよ。
その手紙をくれた人とどういう関係だったか。手紙の中で、どういう出来事が話題になっていたか。そのとき、どういう価値観を持っていたかが表現されています。
あなたが送った手紙への返信だとしたら、手許にはないけれど、相手の人に書き送った内容も思い出せますよね。

<その3 音楽>
自分が好きだった音楽を振り返ってみてください。
いつ、どんなCD(レコード)を買いましたか?
どんな曲をリアルタイムで聴いていたかを思い出すと、その頃の自分の状況をたどることができます。
幸いなことに、そのCDの発売年は、検索をすれば正確に出てきますから、あなたの思い出の曲を、自分史年表に書いていけば、記憶の収納棚にさらに正確なフレームが作れます。

<その4 手帳・スケジュール帳>
仕事をはじめてから、毎年使うスケジュール帳、1年が終わったら捨ててしまいますか?
私は残しておく派ですが、後から見ると、これが結構便利です。
1日ごとの仕事の内容がわかります。その頃一緒に仕事をしていた人も思い出せます。
仕事のスケジュール帳ですが、その日プライベートで会った友人なんかもわかります。
私の場合は隅の方に、その日見た映画、芝居のこと。読み終わった本のタイトルなんかも書いてあります。
食事をしたら、おいしかった店の名前なんかも書いてありますから、日記は続かなくても、準日記くらいの情報量があります。

そういう記憶の補助装置を総動員して、思い出せる限りのことを思い出して、記憶の収納棚を埋めていきましょう。

思い出せないときの記憶の補助装置。 

前回、私の「ビューティフルライフ」体験をもとに、記憶が社会的な出来事としっかり結びついている例について書きました。
インターネット検索を利用して、いとも簡単に曖昧な記憶から、しっかりした記録を弾き出せるようになりました。
インターネット以前のことを考えると、
「韓国旅行から帰って来た日は、たしかビューティフルライフの最終回だったはずだな」
それだけを頼りに図書館に行き、2000年の新聞を出してもらい、冬のドラマだったから、最終回は3月だろう、とあたりを付け、片っ端から番組欄をチェックして、「そうか、3月26日だったのか……」と判明したわけです。
調べようと思えば、そうやって調べることはできるものの、実際に行動に移すまで、かなりエネルギーがいりそうです。

万歳!ネット社会。

インターネットでどんなことでも調べがつく時代になり、曖昧な記憶を精査することはとても簡単になりました。

でも、その記憶の断片を甦らせるためには、手がかりとなる補助装置が必要になります。

子供の頃から日記をつけている方がいらっしゃれば、話はいちばん簡単ですね。
日記の内容から、ピックアップするエピソードを決めて、書き直していけば、すぐに自分史ができあがってしまいます。
そうはいっても、そんな方はめったにいませんね。

障害を抱えるということ。『人生という名の手紙』ダニエル・ゴットリーブ<自伝・自分史・その周辺8> 

神は、その試練を乗り越えられるものにしか試練を与えない。

そう言われていますから、ゴットリーブ博士は、とびきり神様に見込まれてしまった人なのでしょう。

交通事故で頚椎を損傷し、将来を嘱望された33歳のダニエル・ゴットリーブ博士は、四肢麻痺の車いすの精神分析医となりました。

彼の試練は、それだけでは終わりませんでした。
事故以来、関係がうまくいかなくなった妻は娘二人を残して、彼の元を去りました。
さらに、両親の死、子供の頃から大の仲良しだった姉の死。そして、別れた妻の死。
畳みかけるように襲う悲しみが、ダニエルに深い喪失感と無力感を味わわせます。

そして、四肢が思うままに動かせず、世の中から弱者と見られることへの怒り、嘆き、妬み、絶望。

試練の総仕上げは、初孫サムが自閉症だったこと。

この本は、サムに宛てた数十通の手紙で構成されています。
サムの将来を案じつつ、自分を肯定的に認め、世の中と折り合いをつけながら生きて行く生き方を、自分自身の喪失の体験を通して教えます。
そしてサムに注がれる家族の無尽蔵の愛について伝えます。

どんなに頭脳明晰で論理的な人間でも、彼の境遇に陥ったら感じるであろう理不尽な怒りや絶望についても、正直に語られています。


 サムへ
 考えるのもつらいことだが、話しておかなければならない。
 いつかきみは、誰かがきみのことを「あの子は自閉症だ」と言うのを耳にするだろう。
 残念だがきみはその瞬間、「きみ」を見ても「サムという人間」を見ていない人たちがいることに気づくだろう。


交通事故の後、ベッドで横たわっているとき、ダニエルの耳に医師の声が入ってきます。
「あの四肢麻痺患者に、薬を与えたかい?」
つい数週間前までゴットリーブ医師だった彼は、「四肢麻痺」と呼ばれていました。

多くの人は、人の本質ではなく、レッテルで人を見る。

 サム、私は年月を重ねるにつれ、自分は「四肢麻痺」ではないことに気づいたよ。
 私という人間が「四肢麻痺を抱えている」だけだ。
 きみも「自閉症」ではない。「自閉症を抱えている」だけだ。


弱者であることを認めることによってのみ獲得できる強さを持って、生きる覚悟。

いままで、私は障害がある人たちをどんなふうに見てきたのか。どんな姿勢で向きあってきたか。そして、これからどのように接していくのか。
この本は読む側にも、小さな試練を与えます。



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私の記憶の「ビューティフルライフ」 

ある出来事が手がかりとなって、芋づる式にそれに関連した記憶が甦ってくることは、誰にでもあることではないでしょうか。

私にも、ある時代、ある出来事と強固に結びついた記憶があります。
2000年の春に、「ビューティフルライフ」というドラマがありました。
このドラマは、木村拓哉、常盤貴子主演ということでオンエア前から注目されていたのですが、最終回にかけて加速するように、ぐんぐん視聴率が上がっていったのですね。
私は1回目からずっと見ていましたが、ドラマ終盤は、月曜朝、会社での挨拶は「昨日、見た?」だったりする、異常な盛りあがり方を見せていました。

そして、ちょうど最終回の週、私の会社では、韓国へ2泊3日の社員旅行へ行くスケジュールになっていました。当時、ちょっと会社がバブリーな時代だったのです。
週末に出かけて、ソウル市内観光、宮廷料理、足つぼマッサージなどを楽しんで、戻って来たのが「ビューティフルライフ」オンエア当日の夕方。
中途半端な夕方の到着なので、一緒に行った同僚たちと軽くお茶をして、旅の余韻を楽しむつもりでいたのですが、彼女たちは、口々に「ビューティフルライフ。まだ、間に合う。見なきゃー!」と叫んで、蜘蛛の子を散らすように去っていきました。その後ろ姿が、鮮明に目に焼き付けられて、忘れるに忘れられない記憶になりました。

いま、ウィキペディアを見てみると、「ビューティフルライフ」の最終回は2000年3月26日。つまり、私の韓国旅行は2000年3月24日から26日だったわけですね。
最終回の視聴率は41.3%。その中に、私の同僚たち数名が入っていたわけです。
ちなみに、私は事前にちゃんとビデオセットして出かけましたので、あわてず騒がず帰宅してからゆっくりビデオで見ました。

そんなわけで、私はこの記憶を、自分史年表の2000年の収納棚に、しっかりと収納しておくことができます。ソウル観光も忘れられない思い出になっています。

こんなふうに、一つの記憶を手がかりに、それに関連した記憶をどんどん広げていくことができます。
そのために、収納棚としての自分史年表を、しっかり作っておきたいのです。

自分史年表は、記憶の収納棚。 

A5ノートに、自分だけの自分史年表を作ることは、結構手間ひまかかります。
50年の人生だったら50年分年表を作るわけですから、たしかに面倒くさい作業です。30年分くらいだったら、まだ助かるんですけどね。

でも、なぜこの面倒な作業が必要かというと、自分史年表を作ることは、記憶の収納棚を作ることだからなのです。

前にも書きましたが、人間の記憶には濃く覚えている記憶と、なぜか曖昧に、薄くなってしまった記憶がありますよね。
たとえば、ある時代にすごく仲よくしてもらった友人なのに、どうしても名前が思い出せないとか。家族でどこか滝のある風景を見たのだけれど、どこへ行ったのか思い出せないとか。
そういう薄れてしまった記憶を甦らせるために、記憶の収納棚としての自分史年表を作りあげたいのです。

1年ごとに仕切りの付いた記憶の収納棚を作り、その年の出来事を書き込んだ、収納棚のフレームを作ります。その棚の中に、あなたのその年の記憶をどんどん収納していきます。
時系列の順番にこだわる必要はありません。
記憶が濃いところから、思い出せるところから、どんどん書き込んでいきましょう。
フレームの中に一つずつ入れていくことで、記憶を整理し直して、取り出したいときにはすぐ取り出せるようにします。

幹が太い生き方のお手本。『愛と美の法則』美輪明宏 <自伝・自分史・その周辺7> 

歌手、俳優、演出家……。
多彩なアーティスト美輪明宏氏が、人生の哲学、生き方の美学、美しいものに向ける情熱を語っています。

もともと「NHK人間講座 人生・愛と美の法則」のテキストを書籍化したもので、文章そのものが美輪さんの落ち着いた美しい語り口で構成されています。

長崎の繁華街で、建物も看板も女性たちのファッションも、周囲に美しいものが溢れていた環境に生まれ育った美輪さんは、自然に文化や美学へ対するあくなき探求心を持つことになります。

学問として美術や哲学を学び、たいへん造詣が深い人は他にもいると思います。
でも、それらの知識の蓄積をすべて、自分自身の美しい生き方に、惜しげなく傾注した人を、私は他に知りません。

生まれながらに全身に備わった美を求める心が、美輪さんの幹が太い生き方の精神的支柱となっています。

「この行動は、私の生き方の美学に合致しているのだろうか?」という確認を、行動の一つ一つについてするのでしょうか。

会社へ行って、帰りに一杯飲んで、上司の悪口を言って、メシ・フロ・寝るの繰り返しでは、人間というより、ただ生きているだけのアニマル。
文化を上手に生活に取入れることができるのが、人間なのだと思うのです。

そういう生き方をするために、美輪さんからの提案は、
「自分を小説の主人公、映画の主人公にして、自分が大切にする歌をテーマソングとして生きていく」こと。

自分が主人公の映画を完成させるようなつもりで毎日を過していけば、十倍も二十倍も人生が楽しくなると思っております。

主人公の生き方を全うすることは、主人公の生き方の美学で自分を律することであり、自分の「自分史」に責任を持つことでもあると思いました。




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我ながら、ちょっとエライ。

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A5ノートで、自分史年表。 

さて、自分史年表の作り方について説明します。
まず、A5(210x148mm)のノートを1冊用意します。
もちろん、B5でもA4でもかまいません。
でも、このノートは、今後つねに持ち歩き、なにか思いついたことがあったらすぐ開いて書き込むという使い方をしますので、できればコンパクトに、少々厚みが増しても重くならないようにしておきたいのです。
私の経験では、A5で30枚くらいの厚さのノートがいちばん使いやすいと思います。1冊で足りない方は2冊用意してください。

このノートを自分史年表にするために、1見開き分を1年分に使っていきます。
ノートの左ページに、その年の主要な出来事、社会、政治、国際問題、流行っていた歌、映画、TVドラマ、ベストセラー本などなど。その年がどんな年だったのか想起できるようなことを書き出していきます。

その年の情報を集めるには、インターネットを活用しましょう。
ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/ )で、1年ごとに検索していってもいいのですが、私の場合は、
「戦後昭和史」(http://shouwashi.com/
というサイトのお世話になっています。ここでは、世相、風俗、文化など、いろいろな項目で、年ごとの出来事を調べることができます。
残念なことに、このサイトは平成史をカバーしていません。いま、使えそうな平成史年表をネットで探索中です。

年表には細かすぎる情報もありますので、興味を持てるものだけ選んでもいでしょう。
時間があれば、一つ一つ手書きで写していけばよいのですが、書くことで時間を使うのももったいないと思うのでしたら、プリントアウトしたものを左ページにドーンと貼ってしまいましょう。

右ページの上の方は、その年のあなたの基本情報を書き込んでください。
学生時代なら、何歳。学年。担任の先生。部活などなど。
就職後なら、会社の部署。役職。携わった仕事などなど。

年表作りは、結構手間も暇もかかります。「そんなの面倒くさい」という方には、既製の本で年表になっているものもあります。

たとえば、
藤田敬治
脳を活性化する自分史年表

この本は、私が作りたい年表ノートのイメージに非常に近くて、1年で見開き2ページの構成になっています。
横書きの左ページにその年の出来事が記載されていて、右ページの空欄に、その年の自分のことを記入するようになっています。
既製の年表としては、実によくできています。
でも、これだと、「思いついたらすぐ書く」「会議中でもこっそり開く」「忘れないうちに、書く」という趣旨には合いません。

最初は面倒だと思っても、自分で手作りしたA5ノートが、のちのち価値を増してきます。
まずは、作りはじめましょう。

自分史の醍醐味、自分史年表とは。 

個人出版の自分史本には、出生から現在にいたるまでの詳しい年表を載せていらっしゃる方がいます。
特に戦時中に幼少時代を過した方、それより少しお若くなりますが、団塊の世代の方は、自分史年表をたいへん丁寧に作っていらっしゃいます。
それまでの半生を振り返り、良いことも悪いこともすべてを後世に残そうという意志が感じられます。

しかし、私が提案する自分史では、年表をそのまま掲載することを意図してはいません。
現役世代にとって、自分史年表の位置づけは、ご年配の方々のそれとは少し異なるのではないかと思います。

たとえば、60歳の方が学生時代のことを振り返るとき、それはもうすべて過去の出来事として客観的に見ることができるでしょう。
でも、30歳の方が振り返ったとしたら、それはまだまだ現在の自分と深い関係にあるはずです。
学生時代があって、就職し、いまの仕事をしている。
その連続性、因果関係は、まだまだ生々しく感じられるものかもしれません。

現役世代の自分史年表は、過去を振り返ること以上に、自分の記憶の空白部分を埋めていくことに意味があるのだと思います。
自分史年表を作っていくと、ある年は、たいへんたくさんのことが記入できるのに、ある年は、まったくなにも思い出せないということが出てきます。

その空白にある、忘れてしまったこと、もしくは忘れたいことを思い出して、自分自身の全体像を構築することが、現役世代の自分史年表の目的なのではないでしょうか。

闘将の果てしない孤独。『オリバー・カーン自伝 ナンバーワン』<自伝・自分史・その周辺6> 

2002年の日韓共催ワールドカップ。
ブラジルとの決勝戦で、最後の最後に得点を許して、敗北。
茫然自失のまま数分間、ゴールポストを背に、へたり込んだオリバー・カーンの姿が、いまも目に浮かびます。
日韓ワールドカップの全試合を通じて、カーンの二つ目の失点が、この決勝ゴール。その1失点で、ドイツチームの優勝の夢は断たれました。

キャプテンでもあるゴールキーパーは、鬼神のようにゴールを守り続け、大会前、優勝候補に名が上がることがなかったドイツチームを、決勝の晴れ舞台に引っぱり上げました。
最大限の健闘。その上での失点は、相手チームから決勝点を奪えなかったフィールド・プレイヤーにも責があることは明白でした。
でも、ゴールポストに背を預けたまま、微動だにしないカーンに、言葉をかけるチームメイトは一人もいません。
監督やコーチのねぎらいの言葉も、きっぱりと拒絶する空気があたりに漂って、闘将オリバー・カーンの、深い闇のような孤独を感じずにはいられませんでした。

「オリバー・カーン自伝 ナンバーワン」では、試合で、練習で、家庭で、取材で、オリバー・カーンいかに孤独であるかが、繰り返し語られます。
職業としてのゴールキーパーは、孤独であり続けることではじめて、失点の恐怖と戦える意志を保つことができるのでしょう。


ゴールを守っていて、こんな孤独を感じることがある。
特に、相手に得点を許したときがそうだ。
チームメイトの10人は絶望し、怒り、いらいらとした様子でこちらを見る。
しかし、それはほんの短い間だ。彼らは陣地へ戻らなければならないので、すぐに背を向ける。
つまり、私は彼らの背中しか見えないということだ。
私がゴールネットからボールを取り出している間、仲間たちは私を残して去っていく。
背後にいる相手チームのサポーターは大喜びしながら雄叫びをあげ、ラッパを吹き鳴らし、口笛を吹く。

 そして、私はといえば完膚なきまでの「能なし」。
 鳥肌が立つほどだ。これ以上の孤独感を感じるときはない。



得点はフィールド・プレイヤーのもの。失点はゴールキーパーのもの。
痛みとして伝わる守護神の孤独を余すところなく伝えてくれる本でした。




メルマガ7号、6月5日金曜日午前中に発行します。よろしく。 

週1回発行してまいりました、
メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」。
今回は、第7号です。
「自分史の書き方」も、だんだん佳境に入ってきました(?)

まだご登録いただいていない方は、
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明日午前中、ご指定のアドレスに届きます。

ベスト10で、自分を知る。 

軽いテーマから、ちょっと重いテーマまで、いろんなベスト10が考えられると思います。
ベスト10方式のおもしろいところは、自分が知らなかった自分に出会えることではないでしょうか。

あるテーマについて、あらためて考えてみると、なかなかベスト10が出てこないことがあると思います。
自分のことだから、なにが好きだかわかっているはずなのに、なかなか10個出てこないのですね。

いちばん簡単に出てきそうな「好きな食べ物ベスト10」にしても、私の場合は、
1.さくらんぼ 2.アジのさしみ 3.焼きタラバガニ
あたりは、すんなり出てきますが、それ以下は、いったいなにが好きなんだっけ?
ベネチアで食べた蒸しムール貝は本当においしかったけれど、人生で一度しか食べてないものをランキングのどこに入れればいいのかわからない。
子供の頃、母が作ってくれるものでは、茶わん蒸しがいちばん好きだったけど、それ以外の茶わん蒸しはそれほどでもない。
そんなことを考えてみると、これまでに口にしてきたものすべて棚卸しする必要が出てきます。

テーマを「感動した映画ベスト10」「好きな人ベスト10」「泣かされた本ベスト10」とかにしてみると、さらに深く自分の人生を振り返る必要が出てくるでしょう。
感動した映画を10作品洗い出して、さらにそれを順位づけする基準を決めて、1位から10位までを決定するのは、結構たいへんな作業だと思います。
でも、それをやることで、自分でもわかっていなかった価値観や意識していなかった生活信条が顕在化したりします。

「へー。私って、そういうことを大切にしていたんだ……」
あらためて、自分自身を発見したりします。

いろんなベスト10を、ポストイットに書いてみてください。
それがネタ集になります。書くネタに詰まったら、ここから、なにか書きたいものを発掘できると思います。

ネタは、ベスト10方式で探す。 

さあ、なにか書こう!

そう思っても、なにを書こうか、書くことが思い浮かばないということもありますよね。

私がしつこく繰り返しています「ライティング回路をつなぐ」ということは、いうなれば、書くことの基礎体力をつけること。

基礎体力がつけば書くスピードが上がる。
スピードが上がれば書くことが苦にならなくなる。
苦にならなくなれば書く量が増える。
書く量が増えれば上手に書けるようになる。

というスキルアップのプロセスの入り口が、ライティング回路をつなぐことです。
まだ、スイッチも入っていない状態だと考えると、なにを書こうか迷っているより、なにか書きはじめるのが先ですよね。

では、ネタ探しのとっておきの方法をお教えします。
私が「ベスト10方式」と呼んでいるものです。

あるテーマについて、自分のベスト10を書き出してみよう。

「好きな食べ物ベスト10」「好きな歌ベスト10」「好きな場所ベスト10」とか、いろいろ書き出してみてください。

阿修羅展に行ってきました。 

先週末、東京国立博物館で開催中の阿修羅展に行っていきました。
もともと人ごみがあまり得意ではないので、博物館のホームページに「入場者が50万人に達しました」なんて書いてあると、それだけで億劫になってしまいます。
でも、阿修羅が至近距離で見られるとあって、がんばりました。
「阿修羅」とは、「修羅場」と言われるように、激しい恨みや憎しみにさいなまれながら、繰り広げられる醜い戦いのことですよね。
その名を冠する阿修羅像が、なぜこんなに涼やかな美少年なのか、むかしからよくわかりませんでした。
今回の展示では、興福寺の他の八部衆も揃って東京に来ていて、他の八部衆も全員、少年の顔つきなのですね。
つまり、どんなに罪深く、業が深いものであっても、仏の前に立てば、すべてが許され、少年の存在である、ということなのでしょうか。
ガラスケース越しでなく阿修羅像が見られるまたとない機会。満員電車のような30分でしたが、いいものを見せていただきました。

阿修羅090530

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