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500円で!「ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式」 

明日から、シネマート六本木ではじまる

ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式

フランク・オズ監督
この監督は、セサミストリートでずっとマペットの操演をしていた人なんです。
最近では、「イン&アウト」とか、「ステップフォード・ワイフ」とか、
シニカルでドタバタだけれど、最後は胸がキュンとする映画を監督しています。

私も、ぜひ観に行きたいと思っていましたが、
なんと、耳寄りニュースを、オフィシャルサイトで発見。
http://www.ososhiki.jp/campaign/

このページの500円鑑賞券をプリントアウトして持って行くと、
先着1000名様が500円で観られるそうです。
う~ん。1300円の節約。
ランチができます。
かなり、うれしいですね。
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メルマガ15号、明日発行します! 

毎日、暑い日が続いていますが、
暑さに負けず、今週もメルマガ、出します。

新しい展開に入り、見逃せない情報もあります。
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「最良の読者」を思い浮かべて書く。 

書きあげた本は、少しでもたくさんの人に読んでほしいと、誰しも思うことでしょう。
自分が書いた本を、友人知人ばかりでなく、見ず知らずの読者が手に取って読んでくれると思うと、わくわくしますよね。
老若男女、さまざまな人が、おもしろがり、共感を持って読んでくれたら、どんなにうれしいでしょう。
とはいうものの、書いている最中は、読者を「いろいろな人」と考えるのはやめましょう。

広告やマーケティングの世界では、商品やサービスを提供したい見込み客を「ターゲット」として設定します。
ターゲット、すなわち「標的」です。売り手がお客に狙いを付けるということで、ちょっと殺伐としていて、あまり好きになれない言葉ではあります。
でも、この「ターゲット」という概念は、自分史を書く場合にも、大いに参考になる考え方なんですね。

ターゲットを設定することで、つながる相手が決まります。
この人とつながろうと決めれば、その人とつながるような文章を書こうと努めることになります。
どんなテーマで書こうか迷ったときには、その人の顔を思い浮かべてみればいいのです。
自分のことを、その人に知ってもらうために、どんなテーマで、どんなエピソードを交えて話したら、いちばん自分の思いを伝えられるか?
そう考えれば、いまなにを書けばよいかは、おのずと決まってくるでしょう。

そして、「ターゲット」は、円のまん中に的心があるわけですから、ターゲットに届かせるためには、その中心に狙いを付ける。

その人とつながろうと思って書く文章は、つながる相手を不特定多数の、曖昧な人々にしているときよりも、ずっとシャープで共感性のある文章になるはずです。

文章を書くときに、誰に読んでもらいたいのか、あなたの「最良の読者」を決められるか決められないかで、書く内容、書き方、相手とのつながり方も変わってきます。

読んでほしい人を決める。 

人になにか伝えようとするとき、相手によって話し方を変えますよね。
目上の人が相手なら、話し方は敬語を交えて丁寧になります。話す内容もあまり砕けたものではないかもしれません。
同年代の相手だったら、話し方もタメ口になり、かなりプレイベートな話で盛りあがったりしますよね。

相手との距離感によっても話し方はちがってきます。
年上の人でも親密な関係にある人なら、冗談を交えてなごやかに話すことができます。
でも、親密な関係ではない人には、同じ内容の話をしても、少し堅苦しい話し方になってしまうでしょう。ここまでは話していいけれど、これ以上のことは話せないという線引きもありますね。

書くことは特別な行為と思われがちですが、他人とコミュニケーションするための一つの手段と考えれば、話すこととなんら変わりません。

自分史の場合を考えると、誰に向けて書くかで、内容も、書き方も大いに変わってきそうです。
これから書く自分史を誰に読んでもらいたいのか、その相手を具体的に決めることができると、書く文章がぐっと生き生きしてきます。

これまでの自分の人生を伝えたい人。
自分をもっと知ってもらいたい人。
いつまでも、自分のことを心に刻んで覚えていてほしい人。

あなたにとっての、「最良の読者」。
それは、どなたなのでしょう?

私はあなたの絶対的な味方。『リハビリ・ダンディ』野坂陽子 <自伝・自分史・その周辺13> 

夫婦二人で生きていけば、どちらかが介護され、一方が介護する立場になる確率はそれほど低くはないでしょう。
将来、そうなることが予想されるなら、いま読んでおいた方がいい本だと思います。
脳梗塞で半身不随となった野坂昭如氏を、妻、陽子さんが明るく毅然と介護した二千日の記録。

この国の介護基準は、要介護者を一人の人間と見ていないのかもしれません。
それぞれの人の価値観や生活信条など、他はどうでも、「これだけは絶対に譲れない」という繊細な部分に想像力を働かせることができません。

「元祖プレーボーイ」と呼ばれた男には、「はーい、あ~ん。ゴックン」と言われて素直に食べ物を咀嚼できないダンディズムがあります。
緊急入院から、九死に一生を得た夫が、お仕着せの介護では絶対に元の野坂昭如に戻れないことを、妻はすぐさま察知します。

それからの陽子さんは、夫が野坂昭如のままで、介護を受けられるよう、ときに大胆に、ときに創意工夫をこらして、介護のやり方を考えます。
そして、自分が犠牲になるのではなく、その情況をおもしろがり、なにか新しく、楽しいことができないかとつねに思いをめぐらせています。

この本は、
「一人の人間として要介護者を見ようとしない人たちには、こう対応すればよい」

  野坂の日常は人の手を必要とすることが多いが、介護のどんな場面でも、彼のダンディズムと美学を尊重し、配慮する気持ちを私も忘れずにいなければと思う。

「どんなに介護がたいへんでも、自分の楽しみまで犠牲にしてはいけない」

  外でも、家の中でも、自分が心地よくいられることには貪欲でありたいと思う。
  私がハッピーでないと、介護される側だって、きっと楽しくないだろう。

妻が、夫が要介護となる前に、

私はあなたの絶対的な味方であるという覚悟。

を持つために、この本を読んでください。

メルマガ14号は、明日発行します。 

いよいよ、明日7月24日午前中に、
メルマガ14号を発行します。

自分史年表の作り方から、新たな展開に入ります。
ぜひ、ご購読ください。

まだ、読者登録されていない方、
いらっしゃいましたら、

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なつかしい映画の話「淀川長治 映画の祭典」 

淀川長治さんといえば、「日曜洋画劇場」
独特の口調の「サヨナラ サヨナラ」が、子供の頃見た映画の記憶と結びついている方も多いのではないでしょうか?

その淀川長治さんの在りし日の映像と、彼がことに愛した映画24作品が見られる
「淀川長治 映画の祭典」が8月に、ゲートシティ大崎というところで開催されます。

「淀川長治名画劇場」は、抽選で上映24作品に各150組300名様をご招待とのこと。
なつかしい映画や、映画史上に残る名画が揃っています。

http://www.gatecity.jp/event/2009_07/movie_top.html

明日が応募締切とのこと。
私も応募してみましたが、映画好きの方はぜひ、応募してみてはいかがでしょうか?

エピソード探しにもポストイット。 

エピソード探しにも、ポストイットを使います。
この「1日10分 1年で創る自分史」では、ポストイットが大活躍します。

ポストイットなくして自分史は創れない。

というくらい、あれこれお世話になります。
まえにも書きましたが、付箋タイプの小さいサイズのものではなくて、ちょっと大きめのメモ用のポストイットですよ。
まだ、用意していない方は、早く買っておいてくださいね。
100円ショップで売っているヤツで十分ですから、なんとも経済的でしょ。

このポストイットに思いだしたエピソードをできるたけたくさん書いてみましょう。
大きいサイズと言っても、所詮ポストイットですから、そんなにたくさんの内容は書き切れません。

5W1Hで、コンパクトにわかりやすくまとめましょう。
5W1Hとは、
「いつ(When)」、「どこで(Where)」、「だれが(Who)」、「なにを(What)」、「なぜ(Why)」、「どのように(How)」、ですね。
もし、それ以上の情報が入れられるなら、そのとき、あなたが「思ったこと」まで書いておけたら、完璧です。

あなたが洗い出したエピソードが、そのテーマを書くときにネタになります。
エピソードは多ければ多いほど結構です。文章にするときは、そのすべてを使うわけではなく、取捨選択をしますが、たくさんのエピソードを思いだすことで、記憶がぐっと鮮明になるはずです。
遠い過去の記憶だったことが、昨日の出来事のように甦らせることができたら、文章を書く作業がとてもラクになります。

エピソードを書いたポストイットを、ノートにペタペタと貼っていってください。

自分史年表でテーマを決める。 

自分史年表ができあがることで、あなたのこれまでの人生が集積されました。
あなたは膨大な自分データを手に入れたことになります。
そのデータを活用して、1日10分のライティングに大いに活用しましょう。

自分史年表に記入したデータを、順を追って眺めてみると、きっと「これを書きたい」と思う項目が浮かび上がってくると思います。

小学校ではじめてできた友だちのこと。
中学の部活でがんばったこと。
親の仕事の都合で転校したこと。
はじめてのデートのあらまし。

大人になってからなら、

就職氷河期の苦労話。
仕事での大失敗。
結婚のいきさつ。
はじめての子供の誕生。

書きたいことはいろいろありますよね。
このテーマで書こう、と決めたら、こんどはそのテーマの肉付けをするエピソードを探してみましょう。
自分史をまとめるとき、その事象だけを書いても、なかなか共感性のある内容になりません。紙数を増やすのも難しいですよね。
一つのテーマを読みごたえある文章にするには、物語性をもたせるために、どうしてもエピソードが必要です。
「部活でがんばったこと」をテーマにするなら、そのとき、どんなエピソードがあったかを思いだしてみてください。
「場所」、「時間」、「人」を洗い出してみることで、生き生きとしたエピソードが甦るのではないでしょうか。

プロレスの基本、受け身。『理想主義者』三沢光晴 <自伝・自分史・その周辺12> 

6月13日に、試合中に相手選手からのバックドロップを受け、頚髄離断で死亡。46歳の若さでした。

三沢光晴氏が、「プロレスの理想とは?」という思いを、熱く語った本です。

  私にとって、プロレスとは、常に進化していかなければならない競技であり、我々プロレスラーとファンがともに夢を抱き、一体となって、満足できる世界を創りだしていくものだと考えている。

プロレスをよく知らない素人は、「プロレスって、ショーだから」と思うことがよくあります。
「なぜ、相手がコーナーポストに登って、飛び降りるまで待っているの?」という疑問。
登っている間に逃げればいいのに、なぜわざわざ待って、まともにボディプレスを受けてしまうのかと思います。

その答えは、「下手に動くと逆にやられてしまうから」。
中途半端に避けると、相手の膝などが思いもかけないところに乗ってしまうこともあり、まともにくらうよりも深いダメージを受けることがある。
来るとあらかじめわかっている攻撃には、当たる部分の筋肉を堅くしておけば、ダメージをくらわないのだそうです。

  また、避けることだけを考えるなら、相手がコーナーポストに登りはじめたときに、ゴロゴロと転がって、遠くへ逃げてしまえばいい。
  だが、実際にそれをするにはあまりにも無様だ。

「プロレスラーとファンがともに夢を抱き……」というプロレスの理想に抵触しまうわけですね。

彼が求める「プロレスの理想」は、達成が難しい二律背反なのかもしれません。

K-1やプライドなどの総合格闘技は、勝利至上主義であり、観客のために試合をするという意識はあまりないと、彼は考えます。

  しかし、プロレスラーは、「勝負には勝たなければならない」。
  さらに、「勝利という結果だけでなく、観客を満足させるファイトが求められている」

魅せるファイトを見せるためには、プロレスラーには、自分が攻撃するばかりではなく、相手からの攻撃も受けとめなければなりません。
そのダメージを最小限にするための「受け身」の技術が必要不可欠なのです。

この本で、三沢光晴氏が紙幅の大半を使って語り尽くそうとしたのは、理想のプロレスを実現するためには、選手一人一人が「受け身」を完全にマスターしなければならないという、受け身の重要性でした。

  「受け身」なくして、プロレスなし。

これほど、受け身を重視してきたレスラーを襲った、たった一回の失敗。
結果、「受け身の天才」と言われた不世出のレスラーはこの世を去りました。
最後の試合で、観客を満足させることができなかったこと。
痛恨の試合であったと、三沢氏は臍を噛む思いでしょう。



自分史年表は、未来へ続く。 

自分史年表ができあがったからといって、人生が完結してしまうわけではありません。
これからもずっと人生は続いていくわけですから、ここまでの自分史年表は、「自分史年表vol.1」の完成であると同時に、「自分史年表vol.2」の出発点だと考えられます。

過去の自分史ができあがったら、これからは、未来の自分史年表を作っていきましょう。

自分史を書く目的は、いままでの自分の人生を記録して記憶すること。
つまり、過去の人生を集大成することだと考えるなら、このあと続く人生は、過去よりもっとよくなるはずですよね。

自分史年表を作ったことで、自分像がくっきり見えてきていることでしょう。
自分の行動パターンがわかれば、悪い行動パターンから抜け出す方法もわかります。
また、人生でこれをもっと活かしていきたいと思う「あなたの強み」も明確になりますね。
ここはちょっとなんとかしなければと思う「あなたの弱み」も見えてくることでしょう。

自分がよくわかるようになると、このあとの人生をよりよくするにはどうすればよいかも、見えてくるのではないでしょうか。

自分史を書いたあとのあなたの人生は、いままでより悪くなるはずがない。
過去は変えられませんが、未来は変えられます。
過去の自分データを活用して、これからの人生をこうしていきたいというビジョンを持ちましょう。
どんなビジョンでも叶えられるのが、未来の自分史ですからね。

自分史年表で、自分データと向き合う。 

毎日の忙しい暮らしを最優先にして生きていると、自分を客観的に見る機会はなかなかありません。

自分史年表がだんだんできあがることは、過去の自分データが揃うことです。
自分がこれまで過してきた人生を、データとして客観的に見ることが可能になります。
「そういえば、あんなことがあったなあ」と過去を懐かしく思い出すだけではありません。
自分の過去を連続的に見ることで、自分の行動のパターンや、対人関係の傾向なども見えてくるようになります。

それまでは過去のある時点に起こったこととして、点として認識してきた出来事。
自分の歴史を俯瞰してみることで、過去の一つ一つの出来事につながりあることに気づくこともあるのではないでしょうか?

大勢の人の前でなにか話さなければならないとき、緊張するとか。
知らない人に親切にされると、ついつい警戒してしまい、素直になれないとか。
異性との関係がいつもギクシャクしてしまうとか。

いまの自分が取ってしまいがちな行動のパターンを振り返ってみると、子供の頃から同じようにやってきたなあと、気づくことがあるのではないでしょうか。
いまの自分の嫌なところ、情けないところ、子供の頃のあの出来事が原因だったのかもしれない。そんな発見もあるかもしれませんね。

記憶の収納棚を作るのが自分史年表の役割でした。
それがきちんと整理されてできあがっていくと、今度はそこに入っているデータを全部点検することで、離れた棚に入っている記憶のあれとこれがつながっていたことに気がつくかもしれません。

たとえば、自分にとってトラウマになっていること。
その原因を過去の自分データのなかに発見することも可能になります。
自分の人生の総点検ができるのも、自分史年表の効用かもしれませんね。

映画「幸せはシャンソニア劇場から」 

9月封切りの映画ですが、試写会で観てきました。

1936年パリ。
世界恐慌からの貧困と失業に人々は苦しみ、共産主義とナチイズムが混沌とせめぎ合う時代。
庶民が気軽にショーを楽しむミュージックホールで35年間働いてきたピゴワルは、不況のあおりで劇場が閉館し、失業してしまいます。
失業したピゴワルは、離婚した妻に、最愛の息子ジョジョの親権を奪われてします。
ジョジョを取り戻すために、閉館したミュージックホールを労働者だけで再開させるために奮闘します。
オーディションで、人の心をわしづかみにする歌を歌う美しい娘ドゥースと出会い、劇場は順調に船出したかに見えましたが……。

タイトル通り、観た人を幸せにする映画です。
ビゴワルとジョジョの親子愛に胸が熱くなります。

ジョジョを演じるのが、マクサンス・ペランという少年なのですが、プロデューサーのジャック・ペランの実の息子なのですね。

ジャック・ペランといえば、十代の頃からイタリア映画、フランス映画で美少年、美青年で活躍した俳優です。
(実は、私、かつて、その美青年にファンレターを送ったことがあります。中学生の時です)

若い頃の映画は、いろいろ観ていたのですが、その後ばったり姿を見ないと思っていたら、「ニュー・シネマ・パラダイス」に、映画監督になったトト少年の大人時代を演じていて、びっくりしました。
残念なことに、大人になってからの映画は、あんまり日本で公開されていません。

次に会ったのは、世界中のトリを追っかけたドキュメント「WATARIDORI」の監督としてでした。
そのときは、もうすっかりおじいさんになっていて、結局、大人時代の姿って、ほとんど観ていないんですね。

で、ジョジョを演じたマクサンス・ペラン少年が、かわいくて、品があって、笑った顔がなんとも華やかで、親子なんだから当たり前ですけど、ジャック・ペランにすごく似ています。
むかしからのファンとしては、そんなことも、すごく幸せになった原因でした。

「幸せはシャンソニア劇場から」オフィシャルサイト
http://www.chansonia.jp/

過去の自分に、いまの自分を貸す感覚。『銀の匙』中勘助 <自伝・自分史・その周辺11> 

五歳の少年が、なにかの理由で精緻で端正な大人の文章力を身につけてしまった。
そして、その少年が、自分の生活の日常を淡々と文章に綴っていく。
『銀の匙』という自伝小説は、そんなふうに書かれた印象があります。

子供の心をまったく失わずに大人になった青年がいたとして、過ぎ去った子供時代の日々をどんなにか懐かしく愛おしんだとしても、こんな文章が書けるものでしょうか。

この本を読んでいると、とても不思議な視点で少年の日々を見ることになります。
喘息で体が弱く、泣き虫の幼い少年を、慈しみ、つねに背中に背負い続けて、文字通り下にも置かず、育んだ伯母さん。
伯母さんの背中に負われて祭りを見に行った日、町内のいじめっ子に追い立てられて、「弱い子だにかねしとくれよ」と伯母さんが逃げ惑う。
その出来事を、伯母さんの背中から足を引っ張るいじめっ子を、おびえながら、見下ろしている感覚を味わいます。
明治時代の町内の風景、伯母さんとの遊び、甘い菓子の味、裏庭の木々、すべての事象が子供の背丈で描かれています。

中勘助が描く少年時代には、言い訳も、批判も、反省もありません。
いま主人公である5歳の勘助、7歳の勘助、10歳の勘助、12歳の勘助につねにぴったり寄り添って、その瞬間の思いをそのまま取り出してきています。
作家中勘助が描く対象としてではなく、少年中勘助が、大人になった中勘助の筆力を借りて書いている自伝小説なのです。

彼がその姿勢を貫いているおかげで、私は自分にもたしかにあった「あの瞬間」のことに思い至りました。

幼い頃の記憶は多くの場合、とても曖昧です。誰にとってもそうでしょう。
私も小学校3年生以前の記憶にはモヤがかかっていて、いくら考えてもうまく取り出せません。

脳の働きが未成熟であり、記憶容量も十分でないため、まず優先的に、生きる機能のために「脳」が使われるためでしょう。容量不足で「記憶」は後回しにされてしまうのでしょう。

この小説で、中勘助は、それまで基本生存機能のためにしか使われていなかった「脳」が、基本生存機能以外のことに使われはじめる瞬間、その瞬間を実にクリアに見せてくれています。

小学校に上がったものの、体が弱く、少し激しく動くと熱を出してしまう少年は、「学校に行きたくない」と言えば、家族も無理に行かそうとしない。
そういう境遇であったために、授業にまったくついていけません。
また熱を出されても困ると思っている周囲の人々は誰も彼に「勉強しろ」とは言いません。

しかし、お隣に越してきた美少女けいちゃんと友達になり、楽しく遊ぶ毎日だったのに、一緒に小学校にあがり、同級生という関係になると、
「びりっこけなんぞと遊ばない」
と、突っぱねられてしまう。

そこで、はじめて少年は、自分は勉強などしなくていい特権階級なのではなく、大人たちに、この子に勉強させても無駄だと思われている劣等生だったということに気づくのでした。

それに気づいた瞬間、生まれてからずっと脳の周囲にかかっていたモヤがスカッと晴れたのだと思います。
このあと、脳がフル操業で働くようになり、姉達に勉強を教えてもらい、次の学期には、ビリから一躍、二番になっていたのでした。

『銀の匙』の、過去の自分を描くのではなく、子供の自分に現在の自分の体を貸して書かせているような感覚。
もしかしたら、これが自伝・自分史の理想なのかもしれません。



メルマガ12号、明日午前中に発行します。 

先週は、まぐまぐのメンテナンスでバタバタしてしまい、
今週火曜日の発行になりましたので、
中3日での次号発行になりました。

これで、なんとかレギュラーのペースに戻していけます。

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家族の歴史も、聞いてみよう。 

しっかり家系図が残っていて、先祖代々の記録がわかっているという由緒正しき一族の方もいると思うのですが、最近では一代前の祖父母のことがよくわからないという方も多いのではないでしょうか。

自分史を書くことを契機として、家族の歴史を掘り起こしてみましょう。

あなたのお父さんやお母さんの子供時代のこと。
住んでいた場所。どんな時代だったか。
お父さん、お母さんの家族構成は。
仕事人として、どんな人生を送ったのか。
お父さん、お母さんのそのまたお父さん、お母さん、つまり、おじいさんやおばあさんはどんな人で、どんな仕事をしていて、どんな生活をしていたのか。

あたりまえ過ぎて聞こうと思わなかったこと。
自分とは関係ないと思って見過ごしてきたこと。
あらためて聞いてみると、はじめて知るお父さんやお母さんの話もあるはず。
こんなことを考えていたのか。こんな人だったのか。
新たな発見とも出会えるはずです。

ここで聞き出したことは、あなたの自分史年表を埋めるだけではなく、あなたの娘や息子、次の世代に伝えていく、あなたの「家の歴史」になります。
先祖と子孫の、ちょうどまん中にいるあなただけにしかできないことです。
あなたが残さなければ消え去ってしまう記憶です。
アクションを起すなら、いましかありません。
ぜひ、楽しみながら、家の歴史を聞いてみてください。

自分自身を取材する。 

自分史年表を作りあげようと思うときに、最初に立ち往生してしまうのは、脳が発展途中の、誕生から5,6歳までの時期ではないでしょうか。
書こうと思っても、この時期のことについて書ける記憶はまったくない。
自分史年表ノートの白いページを埋める出来事を、自分で覚えている方はほとんどいらっしゃらないでしょう。
でも、自分史年表の、この5年分が白紙になってしまうのは、あまりにも残念です。

幸いなことに、この時期、ビジュアル情報は豊富にあるのではないでしょうか?
カメラ市場の販売戦略では、子供の誕生はもっとも重要なセールスチャンスですから。
第一子誕生をきっかけに、一眼レフを買った。ビデオカメラを買った。デジタル一眼を買った。デジタルムービーを買った。
新しい映像機器で、新しい家族を撮ろう。
そう思う方は多いはずです。

時代を遡って、あなたの誕生をきっかけに、カメラ(その頃はフィルムカメラですよね?)を買って、病院のガラス越しから、目が明かない赤ん坊を撮りまくったお父さんもいたことでしょう。

病院のベッドでお母さんと。退院して家族と。はじめての沐浴。
はじめてのハイハイ。はじめてのつかまり立ち。はじめての一歩。
お宮参り。初節句。公園デビュー。お誕生日。
寝顔、泣き顔、笑顔、びっくりした顔。
お母さんと。お父さんと。おじいちゃんと。おばあちゃんと。お兄ちゃんお姉ちゃんと。ペットと。

あなたが写っているけど、あなたの記憶がない写真が、たくさんあるのではないでしょうか?
それをもとに、ご両親がご健在なら、あなた自身を取材してみましょう。

その写真が撮られたときの状況。その頃の、お父さんお母さんの生活。住んでいた町や家のこと。
あなたが知らないことをここでしっかり聞き出してみましょう。

プログラムされた肉体と「型」。『狂言サイボーグ』野村萬斎 <自伝・自分史・その周辺10> 

人間臭いイメージの伝統芸能「狂言」と、無機質、硬質な「サイボーグ」という言葉の組合せは、読む者に居心地の悪い緊張感を強いてきます。
その異物感こそ、野村萬斎氏思うツボ。してやったりの企みでもあるのでしょう。
「サイボーグ」の真意を知りたくて、ページをめくるのももどかしく、読みはじめました。

師から弟子へ、狂言を教えるとき(多くの場合、その関係は親から子ですが)、厳しく「型」を教え込みます。
手の高さはここ。足の運びはこう。声の出し方はこう。
師がやるのを繰り返し真似させることで、型を植えつけ、全身の回路をつないで、機能させることができるようになる。
「型」を伝えることは、人間の肉体にデジタル情報をプログラミングしていくことのようだ。
そうして、「型」を覚え込まされた狂言師、「狂言サイボーグ」ができあがる。

「メソッド」と呼ばれる、まず役の人物の気持ちになりきることで、リアルな演技ができるという欧米の演技法の主流の考え方とは対極にあるのが、狂言の演技法であるようです。

この本は、狂言サイボーグとなり、表現者としての人生を歩みはじめた青年が、黒沢明に出会い、英国に留学し、蜷川幸雄に鍛えられ、異文化に遭遇し、その度に基盤である「狂言」を問い直す過程が描かれています。
そして、「狂言」って、そういうものだったのか、という「狂言入門」の知識もいろいろありました。

私がいちばん驚いたのは『狂言と「目」』と題された一文です。
狂言はもともと、面をつけて行う演技であることを前提としていて、面をかけていないときは「直面(ひためん)」と言って、自分の顔を面として扱うのだそうです。

だから、狂言には「目の演技」はない。

思わず「えーっ」と叫んでしまいました。
言われてみればそうなのでしょうが、一方で野村萬斎と言えば、強烈な目力(めぢから)を持った人だと思っていたので、狂言では目で演技しないのだということに、あらためてびっくりしました。
では、あの鋭い目遣いはなにかというと……、

 大河ドラマ「花の乱」に出演したとき、共演の市川団十郎丈、萬屋錦之助さんから盗んだ。

でも、この技術も映像出演のための技術で、狂言では使えないものなのだそうです。

こんな発見もありました。
「狂言にはラブシーンがない」
『法螺侍』というシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』を翻案した新作狂言があるのですが、そのなかに主人公が人妻に抱擁、接吻を迫るシーンがあり、

  そのような情況に対応する古典の「型」はなく、「濡れ場」の演出には皆が気まずい思いもしたりした。

これには、思わず笑ってしまいました。




メルマガ11号、とうとう明日発行します。 

たいへんお待たせしました。

メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」

やっとのことで、7月7日火曜午前中に、発行できる運びとなりました。
お待ちいただいた皆さまには、ご心配をおかけしました。

まぐまぐのメンテナンスが予定より伸びてしまったようなのですが、
それに加えて、まぐまぐからメンテナンスの進展状況、復旧の見通しについての連絡がなにもなかったことで、発行人として、気掛かりをさらに募らせてしまいました。

週一で発行という、よいペースも少し乱れてしまいましたので、また意識してペース調整をいたします。

まだご登録いただいていない方、本日中にご登録いただければ、メルマガ11号がお手許に届きます。
ぜひ、左の「メルマが登録」のフレームから、ご登録ください。

 

お詫び! メルマガ発行できません! 

毎週、金曜日の午前中、発行してきましたメルマガ「1日10分 1年で創る自分史」、
配信スタンドのまぐまぐのシステムメンテナンスが難航しているようです。

7月3日の24時に終了する予定だったメンテナンスがまだできていません。

https://editor.mag2.com/sorry.html

そんなわけで、メンテナンスが終了しないことには、発行できませんから、
いつ発行できるのやら、わかりません。

見通しがたったらまた、お知らせします。
でも、最近サーバーメンテナンスの予定がこんなに狂うことって、珍しいですよね?
どうした、まぐまぐ?
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