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コピー人格を使って書くこと。 

コピー人格を使って書くことには、たくさんの利点があると思います。
リアルな私は20代の若造ですが、コピー人格の私は、38歳の働き盛りです。
その人になりきって書くことによって、本当の自分以上の力を発揮できるような気がしました。

1 なりきることで、現実の自分が持っていないスキルを身に付けた気がする。(勘違いですけど……)

2 その人ならどんな言葉遣いをするかと考えると、自然に語彙を増やしていくことができる。

コピーライターになりたての若造には圧倒的に語彙が足りません。それを補うためには、コピー人格の言葉のストックからお借りしてくることが有効です。

3 使い慣れていない言い回しを、ある程度自信を持って使うことができる。

生まれてはじめて使う言い回しにはとても緊張します。でも、コピー人格は何度もその言い回しを使っているという気持ちになれば、案外スムーズに使うことができるのではないかと思います。

4 そのコピー人格に近いターゲットを理解することができるようになる。

これ、説明しないとわかりませんね。
広告のコピーのメッセージは、その商品を買ってくれる人に向けられたものです。広告ではそれを「ターゲット」と呼んでいます。
商品によって想定されているターゲット像がありますが、それがリアルな自分とかけ離れている場合は、そのターゲットにまったく近づいていくことができません。

でも、仮に38歳男性というコピー人格を設定すれば、そのコピー人格によって見渡せる視野が広くなり、自分とは遠い存在であるターゲットも理解できるようになると思います。

5 書きあぐねたときに、コピー人格を拝借しているコピーライターの人が実際に書いたものを参考にすることができる。

どう書けばよいのか、まったくわからないときには、コピー人格のモデルとなった人が書いたコピーを読み返し、手がかりを探す。
もちろん、人が書いたものをそのままパクってしまうわけではありませんが、「こういう表現ができるのか」とか、「逆説的に言う手があるのか」とか、示唆的なヒントを手に入れることができることがあります。
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高橋をうならせたら、50万円。 

毎年、来年の手帳を用意するシーズンになると、今度こそ応募してみようと思うのが、

  高橋書店 手帳大賞

でも、いつも応募するのを忘れてしまう。

第13回受賞作品が、↓これです。

http://www.takahashishoten.co.jp/techotaisyo/meigen.html


今年50万円もらった作品って、このレベル(失礼!)なんですよ。
運が良ければ、なんとかなりそうな気がするでしょ。

応募締切は、2010年3月31日

来年こそ、絶対忘れないように、ブログに書いておきます。
さ、ネタ帳を用意して。

最貧国でビジネスを。『裸でも生きる 25歳女性起業家の号泣戦記』山口絵里子 <自伝・自分史・その周辺31> 

山口絵里子さんが創りあげたマザーハウスのミッションは、

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」こと。

世界最貧国のバングラデシュの人々に、公正な経済活動で「希望の光を灯す」ために、困難な起業に挑戦した女性のストーリーです。

若い起業家が書いた本を読むと、いかに社会の偏見や悪しき慣習と闘ったかを訴えるために、自分自身の不勉強や犯した過ちに蓋をしようとする傾向があるように思います。
非常に生々しい部分と、上面だけをなぞった部分が混在するサクセス本は、正直言って読みづらいものが多いようです。

23歳から25歳の二年間という短期間の出来事を、26歳で書いたという奮闘記です。
その臨場感のせいでしょうか、失敗を重ね、度重なる裏切りに打ちのめされながら、困難を一つ一つ克服していく山口さんの挑戦を、ドキュメンタリーとして見せてもらう感覚の本になっています。

バングラデシュの国情は、日本の安定した社会からは想像もできません。
よりよい生き方をもとめる意志が、悪らつな環境やなにごとにも賄賂が必要な国のしくみによってことごとく踏みにじられます。

 貧しさは生活の至るところで人間を傷つける武器として現れた。
 その度に、どんなに変えたくても変えられない現実があるんだと思い知った。

 みんな生きるために生きていた。
 そこに生まれなければ発揮できたはずの沢山の可能性がある。
 しかし、正義や努力が日の目をみない腐った社会でも、自分の生きる道を何とか切り開き、力強く、生きていた。

山口さんは日本人にバングラデシュの実情を知ってもらうために、ほとんど唯一の産物であるジュートを使った「かわいいバッグ」を作ることを思いつきます。
「かわいい」とか「品質」とかという概念を持たない職人たちと寝食を共にしながらバングラデシュ発のブランドを創り上げます。

それを日本で売ることも容易ではありませんでした。
あるとき、インターネットで注文を受けたジュートバッグを、住所が近所だからと手ずから届けに行きました。
受け取ったお客さまが山口さんにかけた言葉に、彼女は夢の実現を実感しました。

「大事に使うわね」

 このバッグで、この人とバングラデシュが繋がった。
 このバッグによって結ばれたんだ。
 大袈裟な言い方かもしれないけれど、私はそんな“何かが生まれた”感覚を、すごく強く心に感じた。

「裸でも生きる」というタイトルは、あまりにも気負いすぎではないかと思いましたが、あとがきの言葉で、すべてを納得させてくれます。

 他人にどう言われようが、他人にどう見られ評価されようが、たとえ裸になってでも自分が信じた道を歩く。
 それが、バングラデシュのみんなが教えてくれたことに対する私なりの答えだ。



「イエメンに戻ってきて、最後までやり遂げたい」真下武男さん 

活動の場を海外、しかも途上国や紛争国に求めて生きている人って、どうしてこんなに素敵なんだろう。

突然拉致されて、解放されるかどうかもわからぬまま、9日間監禁されて、やっと戻ってきたのに、
「イエメンには今も悪いイメージは持っていない」
というコメント。

日本が世界の中で、少しだけ尊敬してもらえているとしたら、こういう人が国境を越えて活動してくれているからではないかと思います。

最近読んだ本、山口絵里子さんの『裸でも生きる』は、最貧国バングラデシュに、ビジネスを根付かせて、人々に希望を与えた奮闘物語でした。

今週金曜日のメルマガ32号には、
『裸でも生きる』の感想文を書いています。
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メルマガ 1日10分 1年で創る自分史
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ちょっと気取ったコピーライティング。 

私にとっての「ちょっと気取って書け」が、どういうものだったかというと……。

まず、「コピー人格」を創ることからはじめました。
コピーを書く人格。
それは、学校出たてで、社会のことなどまったくわかっていない、私のまんまでは無理だろうと考えたのでした。
だって、自分が読者であることを考えても、二十代はじめの若造が書いた、ブランドの貴金属や高級家電、車や海外旅行のコピーを、絶対読む気がしないだろう。
身に着けたことも、使ったこともないものについて、想像だけで書いたもので、どれだけメッセージが伝えられるのかと思ってしまうでしょう。
だったら、私は、なりたてホヤホヤの新米コピーライターだと、おくびにも出さないことにしようと思ったのでした。

そして、私が創りあげた「コピー人格」は、38歳男性。仕事バリバリ。遊びバリバリ。多趣味。豊富な人間関係。人並み以上の給料。妻一人。娘一人。息子一人。

そのときの私は、コピーライターは38歳がいちばん脂の乗り切っている、しかもいちばんシャープで説得力あるコピーが書ける年代だと信じ込んでいたのでした。
そのころ、私のお手本コピーを量産していた「心の師匠」であった人も、実際にそんな年頃でした。

「ちょっと気取って書け」とは、そういうコピー人格になり切ってコピーを書くことでした。
はずかしいけれど、このやり方は、結構うまくいきました。

リアルな私は、社会人としての経歴がまったく未熟で、実際にお客さまに対面でメッセージを伝えようとしたら、一瞬でシドロモドロになってしまうでしょう。
でも。38歳、バリバリ働き盛りのコピーライターに成り切れば、かなりカッコウよくコピーが書けました。

会社のディレクターからも、クライアントからも、「ボディコピーはいまいちだけど、キャッチフレーズはそこそこ書けている」と評価をもらいました。
(この項つづく)

「ちょっと気取って書け」 

コピーライターになりたてのころ、コピーの書き方を親切に教えてくれる人は、誰もいませんでした。
考えてみれば、文章の書き方なんて小中高大を通じて、誰かに教えてもらった記憶がありません。
学生時代に書いたのは、授業のレポートくらい。
そんな貧困な作文経験で、いきなりプロの物書きとして、なんとかカッコウつけなければならない状況に追い込まれたとき、焦りまくって参考書を探しました。
「はじめてのコピーライティング」というお誂えの本は、いまでもほとんどありませんが、その当時はさらに皆無でした。
そこで、私が藁をもつかむ気持ちで読みあさったのは、いろいろな文章読本でした。

丸谷才一、井上ひさし、三島由紀夫、本多勝一、中村真一郎……。
どれもこれも、私が求めているものとは、かなり用途が異なっていました。
それでもなにかにすがりつかなければならない、切羽詰まった状況でした。

そのなかで、「これはいただきました」と思ったのが、丸谷才一氏の『文章読本』に書かれていた「ちょっと気取って書け」という言葉です。
丸谷氏がそのころの流行であった「思ったとおりに書け」という文章作法に異議を唱えた文章です。

「思ったとおりに書け」といっても、内容のある思考ができない人間に書けるものではない。それなら、いっそ「ちょっと気取って書け」というほうが、優れた文章作法である、というのがだいだいの文意だったと思います。

当時、その文章を読んだとき、実際に書かれている内容はまったく頭に入らなくて、「ちょっと気取って書け」だけが独り歩きをはじめました。
コピーライターとして、ひと皮ふた皮剥けるまで、その言葉が私にとって、金科玉条となりました。

「ぼくが馬だったらどう思うだろうか、と考える」三浦皇成 

19歳の天才騎手三浦皇成くんが、
NHK「三浦皇成イギリス武者修行の旅」という番組で語っていました。

ぼくが馬だったらどう思うだろうかと考える。
ここで叱られなかったら、ぼくが馬だったら、騎手をナメるだろうなと思う。


「人馬一体」という言葉がありますが、馬を自分の身体のように自由自在に操るという意味だと思っていました。
三浦皇成くんの人馬一体は、馬の気持ちと一体化することのようです。
一体の関係をつくるために、鞭を入れる。追い込む。
皇成くんの騎乗レースを観たくなりました。

弱点が武器になる。『生きてるだけでだいたいOK』マギー司郎 <自伝・自分史・その周辺30> 

「生きること」を、勝つか負けるかの競争と捉えてきた人は、目からウロコが落ちる思いを味わうことでしょう。

勉強も駄目。運動も駄目。家は貧乏で、極度に目が悪い。
唯一、楽しくできることが手品だったけれど、実はすごく不器用。
なにもかもうまくまわらない人生で、

「ごめんねー。じつは僕手品が下手なんですよ~」

ポロッと飾らない本音を打ち明けたら、お客さんがふっと笑ってくれた。
そこから、あのマギー司郎さんのゆるーいマジックのスタイルが生まれます。
人の目が気になったり、人と自分を比べてばかりいたり、本当の自分よりよく思われていたいと考える人は、この境地に至ることは無理かもしれません。

小学校で、給食のコップを一括購入したとき、お金がなくてみんなと同じコップが買えなかった。形も大きさも他の人のものと違っていたけれど、給食室から洗って帰ってきた自分のコップはすぐに見つかる。みんながいちいち名前を確認して探すのにとても苦労しているのに、これはいい。

「みんなと同じじゃないのは、不便もあるけど、利点もあるんだ」

普通ならいじけたり、悲しくなったり、親を恨んだりするエピソードから、この人は、「これも悪くないじゃない」「僕にしては上々だ」という教訓を学び取ります。
この考え方は、まわりに集まる人たちを分け隔てなく照射するエネルギーになるのですね。司郎さんのそばにいる人たちは、それを受けてほっかりと暖かくなります。

そんな司郎さんですが、自分自身は家庭と家族に恵まれていません。
中学を卒業してすぐ家出。
その後ずっと家に戻らず、十六年ぶりに母に再会したのは、白内障と胆のう炎で入院していた母が、たまたまワイドショーに出ていた司郎さんを見て、家の息子ではないかとテレビ局に電話をかけてきたからだといいます。
親孝行はあまりできず、母は亡くなり、二度した結婚も、自分のわがままで二度とも失敗しました。

家庭に恵まれないせいか、自分の弟子達と作る関係を疑似家族と考えているのでしょう。
落ちこぼれの師匠を求めてくるのは、やはり落ちこぼれの弟子たち。
彼らをおっとりしたお父さんのように、見守ります。

弟子たちにも言うの。「人と同じようにできないのが、何でいけないことなの?弱点はいっぱいあるけど、君しかできないこともあるよー」って。

「バリアアリー」という考え方。 NHKプロフェッショナルより。 

今週の「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出ていたのは、作業療法士の藤原茂さん。
施設長を務める介護施設を、高齢者にやさしくない「バリアアリー」の施設にするのだそうです。
「どこにも手すりがあって、段差がない施設は、高齢者が自らがんばって、身体を回復させようとする意欲を奪ってしまう」という考え方のようです。

これは、たしかにあるなあ、と思いました。
人間の身体って、負荷をかけないとすぐ筋肉が落ちて、動けなくなってしまう。
「バリアフリー」は、肉体をどんどん弱くして、自立の可能性を奪う構造だという面も持っています。

でも、実際に施設を「バリアアリー」にするには、入所者一人一人の状態に注意深く目をくばり、精神的に支える覚悟が必要なのでしょう。
番組で紹介された所内にカジノやプールがある介護施設に、喜々として通う利用者の方達を見ると、身体に不自由なバリアアリーで、精神的な自由が得られているのだと思いました。


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ワードからキャッチフレーズを作る。 

白紙の上部に書き込んだワードをもとに、思いつくままにキャッチフレーズを書いていきます。
最初から文意の通ったキャッチフレーズができることもありますが、「こういうことを言いたいけれどうまく文にならない」ということもあります。
また、「なにかもっと適切な形容詞があるはずだけど、それがいま思い浮かばない」そういうこともあります。
そんなときは、

  商品Aは、ときどき○○です。

とか、

  あなたをもっと○○にする商品Aです。

こんな具合に、「○○」を仮置きしておきます。
いまは思いつかないけれど、「そのうちぴったりはまる言葉を思いつくかもしれない」「平凡な文がガラッと魅力的になる言葉が探せるかもしれない」。
その部分は空欄にして、別のキャッチフレーズをどんどん書いていきます。
ふっと、空欄にした部分に入れる候補を思いつくたびに、前に戻って、空欄のまわりに書き込んでおきます。
候補が複数思い浮かんだら、最後の最後に、いちばんぴったりはまる言葉を選び出して、空欄を埋めて、決定稿にします。

こういう作業には、パソコンより手書きの方が有利だと思います。
最後に清書する手間を考えると、最初からパソコンに打ち込んでもいいとは思うのですが、考え方の紆余曲折が残るという意味では、断然手書き推奨です。

手書きのもう一つの利点は、白紙の上部にワードを書くことで、キャッチフレーズを考えながら、なんとなくワード全体が視覚の中に入っている状態を作りだせることだと思います。
パソコンのモニター画面では、いま打っているその部分に集中してしまいますから、他の部分に書かれた文字はほとんど目に入りません。
視覚に入っているものすべてを一度に考えられるわけではありませんが、あるキャッチフレーズを考えている最中にも、別のワードを使ってなにか作れないか同時に考えを進められます。
ときに、二つのワードを組み合わせて一つのキャッチフレーズを作りだすこともできます。
一つのワードに固執して、隘路に入り込むことが少なくなります。
キャッチフレーズ作りと同時進行で、別のワードを思いつくこともできます。
だから、発想のソースとなるワードは、いつも視覚の片隅に置いておきたいのです。

キャッチフレーズの書き方。 

飛び石作文法でワードから短文を作るやり方は、コピーライターが広告のキャッチフレーズを考えるときのやり方に少し似ています。

ある商品について、コピーライター(と、いっても私のことですが)がキャッチフレーズを書こうとするとき、まず、A4の白紙を目の前に置きます。
タテヨコはそのときの気分ですが、私はだいたい、タテに置きます。

白紙の上部に、その商品に関連したワードを書きます。
書き込むワードには、クライアント(広告主)が、必ずこれを伝えたい、必ずこれを表現してくれ、というものがあります。
「軽い」とか、「使いやすい」とか「美しい」とかですね。機能や技術に関連するワードが多いでしょう。
また、広告に関わるスタッフ全員が集まった企画会議で、営業やマーケティング担当者と話すなかで、「これ大切かも……」と思い、拾い出したワードもあります。
別の会社で売られている、似たような商品の広告もチェックします。そこで使われているワードも洗い出します。
それに加えて、マインドマップを使って自分で考えたワードもあります。

白紙に最初に書き込むワードは、多ければ多いほどいいと思います。
ワードの品詞は、名詞、動詞、形容詞、単語の種類はなんでもかまいません。
商品の特性に関わることだけでなく、使うときの気分に関わることだったり、使ったときの使用実感だったり、種類やレベルの違うワードを雑多に集めてしまいます。
書き出すワードの数が多いと、キャッチフレーズを考えるのがラクになります。
というよりもむしろ逆で、ワードの数が少ないと、キャッチフレーズを書くのが大変苦しくなると言うのが正しいでしょう。

ワードを書き込んだら、ちょっとスペースを空けて、思いつくキャッチフレーズをどんどん書いていきます。

安全はタダではない。『ダンナさまはFBI』田中ミエ <自伝・自分史・その周辺29> 

レディースコミックを思わせるタイトルに少々ひるみました。
「ワイフが相棒。ダンナ様とマフィアを逮捕!」のようなドタバタストーリーを連想してしまいます。
この本、ちょっとタイトルで損しているかもしれません。

身長187センチ、体重103キロ。FBI勤務のアメリカ人男性が、フリーライターの小柄な日本女性、田中ミエさんに一目ぼれ。
戦略的かつ強引なアプローチで、彼女に迫ります。
ついにはFBIの職をなげうって、結婚。日本に住む選択をします。
情熱的な展開ですが、ロマンチックなストーリーを期待したら裏切られます。

元FBIのダンナ樣は、世界最高度のセキュリティ意識で、ミエさんを日々悩ませることになります。

 日本一腕のいいプロの錠前師に、家中の鍵を付け替えさせる。

 CDをバリバリと砕ける大型シュレッダーを設置して、情報の漏えいを防ぐ。

 幸せな夫婦の姿を犯罪者に見せないために、部屋の照明をあかあかとつけてはいけない。

 表札にフルネームを出していけない。

 かかってきた電話に自分から名乗ってはいけない。

いまでこそ、安全な生活を考える人なら、やっていそうなことですが、20年前の日本の話です。
「空気と安全はタダだ」と、言われていた時代の日本には、工業用でもプラスチックを砕けるシュレッダーは、ありませんでした。

そうそう、この意味はわかりますか?

 ドアの内側にメジャーを縦に貼り付ける。

ダンナ様の解答は、こうです。

「これから人の出入りが多くなります。悪い人が紛れ込んで何か起きたとき、その人の身長を正確に目で知るために」


ダンナ様は、ミエさんのライターとしてのキャリアをサポートすることにも情熱を注ぎます。
「FBIのプロファイリング」で、クライアントの心をつかむ方法を教え込みます。
(これも、20年前の話です)

どうやら、「FBIのプロファイリング」による人間分類は、脳科学に基づいた心理学を応用しているようです。
それは、犯罪者だけではなく、普通の人にも応用できるのですね。
「FBI直伝・自分の魅力をアップさせる10の掟」は、現代のビジネスマン、ビジネスウーマンにも、大いに役立つと思います。
むしろ、このパートのみ、もう少し書き込めば1冊のビジネス本にできるくらいの内容でした。

成功も、失敗も、人を成長させる。NHKプロフェッショナルより 

昨日の「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、素敵な言葉に出会いました。
小売再建のプロである大久保恒夫氏。

「成功も、失敗も、人を成長させる」

大規模スーパーの若い店長が、部下をうまく掌握できず、自分の理想の店舗実現のために悩みもがく姿をじっと見守りながら発した言葉です。

「失敗」を経験して成長できるなら、それは失敗ではありませんね。
逆に「失敗してはいけない」という意識が、人を成長させない失敗を生み出してしまいます。

昨日のプロフェッショナルでは、番組の最後に、茂木健一郎さんの申告漏れに関するNHKの見解が報告されました。
「本人も深く反省しているので、今後の出演、番組の放送は予定通り行います」とのこと。
私の好きな番組なので、打ち切りにならなくて、本当によかったと思う反面、4億円も申告漏れしちゃったんですねえ……。
という複雑な思いも。
でも、きっとこれで、茂木さんも成長するのでしょうね。


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飛び石作文法のメリット。 

<その3 進むべきコースが目に見える。>
飛び石を置くことの大きなメリットは、進むべきコースが目に見えて、間違いなく最後のゴールに到着することがわかることです。
書き慣れない人が長文に挑むと、最初は「こういう話を書こう」と考えていたのに、書いているうちに「あれも書かなければ」「これも落とせない」と、あちこちに話を広げて、収拾がつかなくなってしまうことになりがちです。
飛び石を置くことによって、進むべきコースを大きく外れる心配がなくなります。
書いているうちに、どうしても付け加えたいワードが思い浮かんだら、それを短文にして、置くべき場所に追加で置けばよいのです。少し寄り道をしても、最後は決めたゴールに行き着くはずですよね。

<その4 文字数をコントロールできる。>
飛び石を新聞や雑誌の記事の中にある「見出し」と考えてみてください。
記事を書く記者やライターの人は、「見出し一つにつき、本文400字」とか「見出しと本文で500字」とか、文字数をある程度決めて書いていると思います。そうすると、いくつ見出しを立てれば全文が書けるという計算が立ちますね。
飛び石の短文が8個あったら、その短文の間にいれる文章の文字数が平均250字くらい。
「原稿用紙5枚分はなんとか埋まるな」とか、「でも、あるワードについては書きたいことがすごく多いので、もっと文字数が必要だろう」とか、あらかじめ計算ができます。
どのくらいの文章量になるのか、書いてみないとわからない、ということはなくなります。

<その5 長文が無理なく書ける。>
飛び石作文法の最大のメリットは、やはりこれですね。
原稿用紙5枚なら2000字。10枚なら4000字。書き慣れていないと頭がクラクラするかもしれません。
でも、飛び石作文法なら、一つの短文につき、250字くらい書けばいいだけです。これなら無理なく書けますよね。
飛び石が置かれたところをポンポンポンと飛んで行くだけと考えたら、なんとラクラク5枚でも10枚でも書けてしまうではありませんか。


飛び石作文法で長文を書く。 

キーワードから短文を作り、それを飛び石のように置いていき、間をつないでいく長文作成法を私は、「飛び石作文法」と呼んでいます。
この作文法は、長文を書き慣れていない人にはうれしいメリットがたくさんあります。

<その1 書きたいことが明瞭になる。>
マインドマップでたくさんワードを出して、その一つ一つを短文にしていく作業をすると、書きたいことが次第に明瞭になってきます。
そのなかで、どうしても短文が作りにくいワードが出てきます。
また、いま書こうとしているテーマにはどうしてもこのワードは合わないと思うこともあるでしょう。
そういう場合は、無理に全部のワードを入れ込む必要はないのです。別のテーマの方がふさわしいと思えば、そのワードを入れた別のテーマで書けばよいわけです。
ワードを入れた短文を書くうちに、いま書こうとしているテーマをどうやって表現すればいいのかが、だんだん明瞭になってくると思います。

<その2 構成が決まる。>
あるテーマに基づいてワードで短文を作っているうちに、そのなかで自分でも「ずいぶん出来がいい文ができた」と思うものができてきます。
思いがけずカッコいい文章ができたとか、泣かせる文章ができたときには、そこはもう絶対に逃さないようにしましょう。
それは、きっと利く短文です。その短文があることで、文章全体がきりっと引き締まります。
せっかくですから、その短文を最大限に活かすようにしましょう。
文章の最重要な部分に来るように構成を考えてみます。
ある出来事から文章を作るとき、人は発生順に時系列で表現してしまいがちです。
でも利く短文を活かすためには時系列である必要はありません。
その短文を冒頭に置くか、文末に置くか、どうすれば伝わる文章になるかという視点で考えてみてください。

メリットはまだまだありますが、続きは、次回。

よい人生を生きる。『小説家の開高さん』渡辺裕一 <自伝・自分史・その周辺28> 

渡辺裕一。懐かしい名前でした。
20年ほど昔、さっと現れて、さっと消えていったコピーライター。
コピー業界では、彼の代表作である広告のキャラクターから、「ペンギンのワタナベさん」
と呼ばれていました。
公の場に姿を見せなくなってしばらくして、廃業して田舎で暮らしているらしいと風の便りで聞きました。

その、ワタナベさんの作家デビュー作。
彼にとって、コピーライターこそ、世を忍ぶ仮の姿だったんだなあと、あらためて思いました。
一つ一つが狙い定めたキャスティングのような、精度の高い10編の短編小説を読むと、ワタナベさんの姿が彷彿とします。
たしかに、資本主義社会に背を向けたような孤高の自由人の空気を身にまとった人だったなあ。

そして、ワタナベさんの自ら選んだ流転人生のこと、「漁船に乗っていた」ことは昔も知っていましたが、そのすさまじい体験のあらましは、この本で知りました。
高校卒業して、蟹工船(!)に乗り、北の海で揉まれる。そこで手に入れた船員手帳を切り札に、ヘミングウェイの足跡を追うように、世界の海を放浪する。
日本でちょっとコピーライターを経験した後、ニュージーランドに移り住み、フライフィッシング三昧の生活を送る。
地球の大きさをトコトン楽しんでいるのです。

そんな彼の作家デビュー作は、小説として読むならポール・オースターの短編のような味わいでしょうか。
でも、これは小説なのかな?
実体験の中に絶妙のフィクションを入れ込んでいるのか、フィクションの中に実体験を投影させているのか。
虚実のボーダーラインがまったくわかりません。
でもボーダーライン探しは無意味なのかもしれません。
話半分。50%がフィクションだとしても、そこにはワタナベさんの圧倒的な実体験があります。

タイトルになっている「開高さん」のエピソードにもしんみりさせられましたが、
私にはもう一つ、大好きな作品があります。
「骨董屋の善二さん」
善二さんの骨董店に買物に来たジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻。
芭蕉の短冊や隠元の書画、良寛、一茶など、次々買いまくって、ジョンが言う。

「私がこれらを買って海外にもっていくことをどうか嘆かないでほしい。責めないでほしい。
私はロンドンに帰ったらこの芭蕉の短冊のために、日本の家を建て、日本の庭をつくり、茶室をつくり、床の間にこの軸を掛けて、日本人のこころで、この芭蕉を朝晩たのしみます。
だから、同じ日本人に売ったと思って許してほしい」

ほかにも、よい人生を生きている人たちに出会えます。




手書きの日記の未来形。 

一応、日記を書いているのですが(ブログの日記ではなくて、ノートに手書きする日記のことです)、毎日必ず書かなければと思っているわけでもないので、ちょっと億劫になると1週間くらい間が空いてしまいます。
間が空いてまとめて書くことになると、結構時間がかかり、またまた面倒になるという悪循環。
パソコンの方が打つのも早いし、好きに編集できるので、手書きで書くよりラクチンなのです。

でも、やっぱりネがアナログなのか、日記は手書きかなあと思ってしまう。その理由は、

1.日記くらい手書きしないと、だんだん文字を書かなくなってしまう。
2.曖昧な記憶を探すときに、パソコンのデータを一つ一つ開いて確認するより、ノートをペラペラする方が便利。
3.老後、読み返すときに、懐かしいよすがとなるのは、データじゃなくて手書きだと思う。
4.秘密の秘密を書くのに、家族との共有パソコンはまずいでしょう。
5.将来、誰かが私の伝記を書くときに、一級資料となるのは、やっぱり手書き日記でしょう。

まあ、5はありえませんが、そんな理由で手書き日記を書いているわけです。

でも、やっぱりワープロ打ちの方がラクチンなので、最近よく思うのは、ワープロで打ったそばから、そのままノートに印字されていくという、ほとんど手書きのようなソフトができないものかしら。
そのノートは、手書きにも対応できていて、外出や旅行先でも使えるようならいうことない。
誰か、作ってくれませんかね。

<業務連絡です>

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短文はこうして作る。 

短文をどうやって作ればいいのか、イメージが湧かない方のために、一つ例文を作ってみますね。

学生時代の夏休み、クラスの友人たちと、かなり本気の登山をしたときのことを素材にしてみます。登山部のKくんをリーダーに、男子6名女子5名。二泊三日で本格的な登山にチャレンジしました。

まず、マインドマップを使って記憶を呼び覚ましてみます。

出てきたワードは、

「Kくん」「リュック」「ビショビショカレー」「満点の星」「雑魚寝」「藤沢周平の文庫本」「ブロッケン現象」「N子の捻挫」「カップル成立」

これらのフレーズを使って、どんなことがあったのか伝わるように、短文を作ってみましょう。

 「女子たち、ハイヒールはいけないよ」とKくんは言った。

 20キロのリュックを背負ったKくんは、かなりオトコマエだった。

 これって、カレースープ?

 耳をすますと、星が囁く音が聞こえた。

 オイルサーディンの缶詰めよりキツキツで、朝まで。

 Jくんは、藤沢周平が異常に似合う少年だった。

 一生忘れないブロッケン現象。

 捻挫したN子のために、あわや遭難。

 山小屋では、誰もが素敵に見えるらしい。


と、こんなふうに短文を作ってみます。
これらの文を続けて読んでみると、二泊三日の登山旅行で、どんなことがあったのか、なんとなく伝わるでしょ。
旅行中にどんな事件が起こったか。主要人物がどんな人か。そのとき、どんな感情を味わったか。
そういうことが短文で表現できていれば、あとはこの短文を飛び石にして、文と文との間を埋めていけばいいわけです。

キーワードで短文を作る。 

あるテーマについて、マインドマップを使って、たくさんのキーワードを出してみる。
全部出してみた。もう出尽くし、と思ったら、そこでマインドマップの作業は一旦終了です。
「一旦」というのは、マインドマップは「自由に発想が広がる」という特長を持っているわけですから、マインドマップそのものを見つめていないときでも脳のどこかで広げてしまうことがあります。
突然、「あ、あのマインドマップにこのワードを書き込もう!」というひらめきが出てきてしまうことは止められません。
自然に出てきてしまう発想は、どんどん育てていっていいのです。

さて、一旦マインドマップのワードを集めたら、今度はそのワード一つ一つを使って、短文を作ってみましょう。長くても20字を少し超えるくらいの文字量に納めましょう。
フレーズはそのものが入っているものでも、ワードそのものを出さなくて、その内容を物語るものでもOKです。
もちろん、なにを書いてもいいわけではありません。
ワードは、人かもしれないし、場所かもしれないし、ものかもしれないし、あるいは抽象的な単語かもしれません。
今回書こうとしているテーマの中で、そのワードが果たした役割とか、それについてあなたが感じた感情をとかを表現する短文にしてくださいね。

そのワードを通して、伝えたいことがしっかり伝わるような短文を考えてください。
単に、説明になるのではなく、短文そのものに勢いがあって、おもしろい、そういうものが書けたら、申し分ありません。

家族の絆を守るために、両親を訴える。「私の中のあなた」 

白血病の姉ケイトに、血液や骨髄を提供するために、人工授精で生み出された妹アナが、両親を告訴するというのが発端。
その裁判を通して、姉妹と兄、父母の五人家族の、それぞれの思いが見えてきます。
いま、腎臓移植をしなければ、まったく生きる望みのない姉。
妹が臓器提供を拒否することは、そのまま姉の死を意味しています。

難病を抱えた娘の命を救うためなら、「どんなことでもする」決意で、十数年間、家族の中心になってきたのが、キャメロン・ディアスが演じる母です。
とてつもなく強い意志と決断力を持つ母なのですが、アナにも、兄のジェシーにも夫にも、これまで多くの犠牲を強いてきました。
彼女は、実は子離れできない母でもあります。
母が子離れできない理由は、「子離れすなわち、娘の死」にほかならないからなのですが、その決意が、当の娘を苦しめていることには思い至ることができません。
法廷に持ち込まれた妹の訴えは、母を子離れさせ、自分の死ののちも、家族の絆をしっかり繋ぐために、ケイト自身が考えた筋書きでした。
アナに臓器移植を拒否させることこそ、家族に守られ生きてきたケイトが、家族を守るためにした最後の選択だったのです。

もし、自分の家族がこういう困難に直面したら……。

家族のあり方について、考えさせられる映画でした。

「私の中のあなた」オフィシャルサイト
http://watashino.gaga.ne.jp/
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