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4月1日 竹内好美カウンセリング事務所を開設します。 

このブログでは、自分史プロデューサー タケですが、私のもう一つの顔、
カウンセラー タケで本格的に始動します。

明日から、竹内好美カウンセリング事務所を立ち上げます。

生きることが、こんなに辛い時代になってしまいました。
でも、その時代に押し流されて、もっと辛くなってしまうのを、なんとかしたいと思います。
カウンセリングを通じて、この閉塞感を打ち破るために、微力ながら貢献したい。
もっとラクに生きるために、少しでもお役に立ちたい。
そんな気持ちで、カウンセリング事務所オープンです。

お話を伺うカウンセリングルームは、

JR東京駅から3分、地下鉄日本橋駅からも3分の交通至便の場所

にあります。
お忙しい方にも、短い空き時間を利用してお気軽にお越しいただけます。

詳しくは、こちらで、ご確認ください。
竹内好美カウンセリング事務所
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興味あるテーマで、日記を書く。 

書くことがとても苦痛に感じる日記の代表が、小学生の夏休みの日記ですよね。
夏休みなんて、だいたいそんなに変化のない、大したイベントのない四十日間です。
そもそも、「暑いから家で過しなさい」というのが夏休みの主旨なのですから、そんなときに、わくわくするような変化に富んだ日記を毎日書けるわけがない。

「今日は、朝起きて、朝ご飯を食べたあと、宿題をやりました。昼からプールに行きました。夜はテレビを見て、九時に寝ました。」

昨日と同じです。どうやっても、おもしろく書けませんでした。

大人の日記は、もっと自由に書きましょう。
一日の出来事なんて、書きたくなければ全然書く必要はありません。
あなたが書きたいことだけを書けばいいのです。

いま、興味があって、どうしても書いておきたいこと。

たとえば、注目のアイドルがいれば、その人への思いを毎日記してみる。
たとえば、ちょっとどうかと思う上司の言動を、毎日観察して、記録してみる。
たとえば、通信教育でなにかを勉強中なら、毎日一つずつ覚えたことを書いてみる。
たとえば、犬や猫を飼っているなら、ペットのかわいいところを毎日書いてみる。
たとえば、ジムに通って鍛えているなら、毎日、身体の観察記録を書いてみる。
たとえば、言葉を覚えはじめた子どもがいるなら、毎日しゃべったことを記録してみる。

なんでもいいのです。
自分がいま、いちばん興味があることが、いま、いちばん書きたいことです。
書きたいことなら、続けられるはずです。
そして、書きたいことを書いていれば、そのときの大切な思いが記録されます。
日記に、記録という価値ができます。
興味あるテーマで書いた日記は、読み返すときも、きっと楽しいはずです。

テーマ別日記を書いてみる。 

「日々の記録」だから、日記なのに、毎日続けられないものの典型でもあります。
私も、なかなか続けられません。
続けられない理由を考えてみると……。

● 何日か続けて書いてきたのに、仕事で疲れて帰ってきて、書く前に寝てしまった。
● 今日のことを書こうとしたけれど、どう思い返してみても、わざわざ書くほどおもしろい出来事が思い浮かばない。
● 続けて書いてきたのに、途切れたら一気に書く気がなくなってしまった。
● 時間が取れたので、書こうと思ったら、書かなかった時期のことも書かないと気がすまなくなった。
● 書かなかったことを思い出して書いておこうと思ったけれど、思い出せなくて投げ出してしまった。
● ぎっしり書いてみたら、自分の字が下手くそで、イヤになってやめてしまった。
● なんとか書き続けていたけれど、あらためて読み返してみたら、おもしろくなくて、書く意味がわからなくなってしまった。
● 明日のことをどうするか考えることで精一杯で、今日のことはどうでもよくなってしまった。

日記を続けられない理由はいくらでも思い浮かびます。
最初の数ページ書いて、書き続けられなかった日記帳は、見た目的にわびしく、胸が痛みます。
「ダメな人間だなあ……」と、自分自身の人格を自分で信じられなくなってしまいます。
日記ごときで、こんな悔恨を味わうなら、いっそ日記なんて書こうと思わない方がいいと思ってしまいます。
日記を書いても書かなくても、一日は同じように過ぎていく。だったら別に書かなくてもいい。
そう結論が出てしまいます。

私も含め、そういう人には、「テーマ別日記」という考え方があるのではないかと思います。
その書き方については、また次回。

頑張るのは二人で。『パパはマイナス50点』小山明子<自伝・自分史・その周辺48> 

最近、どうしても目に入ってきてしまう「介護うつ」という言葉。
この本にも、「介護うつを越えて 夫、大島渚を支えた10年」という副題が付いています。
著者は、映画監督大島渚氏の夫人で、女優の小山明子さん。
1996年、大島監督が旅行先のロンドンで、脳出血で倒れます。
映画「御法度」のクランクインを翌年に控えていた監督には後遺症が残り、再起不能と思われました。
高額の医療費、監督降板の違約金、またマスコミの執拗な取材を受けて、小山さんは精神的に追いつめられ、冷静な思考力を失っていきます。

「我が家はもう破滅です」

意識を取り戻した監督は、映画を撮るために必死に回復しようとしていました。
その介護を完璧にしようとするあまり、小山さんは自分を追いつめていってしまいます。
数ヶ月後に出演予定であった舞台の仕事。時間的にも、精神的にも到底出演は無理と、断わったことが、ますます彼女を不安に陥れます。

 長年、女優として生きてきた心の拠り所をなくしてしまったために、ますます自己嫌悪にとらわれるようになっていったのである。

 「妻失格。主婦失格。子供たちだって半分以上はお義母さんに育ててもらったようなものだから、母親も失格。そして女優としても失格……。やっぱり私は、生きている価値のないダメな人間なんだわ」

「夫の介護をしなければ」、でもできない。
その苦しみから強い自殺願望にもとらわれ、何度も入院を繰り返します。

うつになった理由を、いまは冷静に分析することができます。

 障害を抱えた夫と二四時間向き合い、気の休まる間もなく、とにかく頑張って、頑張って頑張り過ぎた結果、入院する羽目に陥ったのである。にもかかわらず、一刻も早く退院して、また頑張ることしか考えていない。その考え方を変えない限り、いくら体が元気を取り戻したところで、また同じ過ちを繰り返すことになる……。

典型的な「介護うつ」の当事者の追いつめられ方を、非常に赤裸々に描き出した内容です。
読みながら、息苦しくなる思いを何度も味わいました。
この本の救いは、小山さんが、いまは介護うつから脱出し、大島監督とともに充実した老後を送っていらっしゃることを確認できることです。
「共倒れしない介護の秘訣」と題した七項目は、これから同じ境遇になったときに非常に参考になるでしょう。

その一 まず自分の時間を持つ
その二 一日一日を楽しむ
その三 イベントで家族の絆を深める
その四 つらいときこそユーモアで乗り切る
その五 「ありがとう」のひと言は大きい
その六 介護される人の気持ちを尊重する
その七 一人で抱え込まない




日記を通して自分を知る。 

以前、「話す」ことは「放す」ことということを書きました。
「話す」ことは、心の中にあるものを取りだして、客観的に見てみることなのですね。
その行為は、無意識、無自覚に執着してこだわっていることを手放してみることにつながります。
自由に話してみると、いままで気がついていなかったけれど、「実は、こんなことを自分は考えていたのだ」「こんなことに自分はこだわっているのだ」という発見をすることがあります。
自分が考えていることを客観的に観察することはなかなかできませんが、一度取りだしてみることで、さまざまな方向から観察することができるようになります。
自分の考えが「GOOD」か、「NO GOOD」か、という問題も、頭の中で考えているときは、主観でしか判断できません。
でも、声に出して言ってみると、その声を聞いて、内容を第三者的に判断することが可能になるのではないでしょうか。
「今日はカロリーオーバーだけど、どうしてもケーキが食べたい」
頭の中で考えていると、「どうしてもケーキが食べたい」がぐるぐる回ってしまって、判断できなくなってしまいます。
それを、声に出して言ってみる。

「今日はカロリーオーバーだけど、どうしてもケーキが食べたい」

自分の声を自分の耳で聞いて、もう一度自分の脳を通して考えてみると、
「ああ、これ以上ケーキを食べるなんて、ありえない。明日にしよう」
客観的な判断ができるようになるのですね。

日記を書く意義として、これと同じ効果があるのではないかと思います。

今日一日あったこと。
なにも書かずにいたら、混沌として、整理されないままになってしまいます。
今日一日が、自分にとって良い日であったのか、そうでもない日であったのか、日記をつけていなければ、次の日にはもうわからなくなってしまいます。
日記を書くことで、今日という日を客観的に見ることができるようになるのです。
その日の自分の行動、自分の思考、自分の感情等々。
なかなか客観的に見ることができないそれらのことも、日記に書くことで見えるようになってきます。
日記には、「自分自身を知る」という意味があるのですね。

記憶を再生することの大切さ。 

数週間前に見たタモリさんの番組「エチカの鏡」で、年を取っても認知症にならないための行動をやっていました。

全部は覚えていないのですが、

◎散歩をする。
◎ 声に出して新聞を読む。
◎ 料理をする。
◎ バスや電車で出かける。
◎ 恋をする。

というようなことが挙げられていました。
わかるような気がします。

「散歩をする」
適度な運動で足腰を強くすれば、脳にも血流が行って、衰えを防げます。
「声に出して新聞を読む」
目から脳へ情報が届き、脳の指示で発声。その声を耳で聞いて、また脳へ。
こういう五感を使った情報吸収が脳を大変刺激します。
「料理をする」
いろんな手順を一度に進めていく段取りを考えるのがとても脳によいということのようです。
「バスや電車で出かける」
身体を動かすということもあるでしょう。あと世の中に興味を持っていること、これも重要ですね。
「恋をする」
老いてなお恋をすることで、身なり服装を考えたり、相手に好かれようと努力したりすることが大切なのでしょう。

ぼけ防止につながる生活習慣いろいろ。
その中の一つに、「日記を書く」も入っていました。
そうそう。これです。日記の効用です。

「日記」とは、文字通り、今日一日の記録。
日記を書くためには、日記帳を目の前に置いて、今日一日を振り返る作業が必要になります。
体験したこと。出会った人。起こった出来事。話した会話。食べたもの。読んだ本。見たテレビ。
一日を思い出し、一日をふりかえり、まとめ、記録する。
日記を書くことによって、今日一日が完結します。
きちんと日記を書き続ける習慣は、きちんと一日を生きる習慣にもつながっていきます。
まだまだぼける心配のない人にも、有効です。

「むぼう」を「きぼう」に。『山谷でホスピスやっています。』山本雅基<自伝・自分史・その周辺48> 

山谷「きぼうのいえ」。
身寄りのない人や困窮する人のための在宅ホスピスです。
山本雅基さんと、彼の最大の理解者であり看護師である妻の美恵さんの、屈することを知らない情熱によって実現されました。

宗教者になることを志し、修道院に入った山本青年は、祈りよりも行動する生き方を選びなおし、修道院を飛びだし、ボランティア活動に身を投じます。
NPО団体で路上生活者におにぎりを配る活動をしていたとき、若い男に出会います。

 「俺はがんなんだけど、もういいんだ。
 俺、プータローだし、生きていてもね……」
 「そんな悲しいこというなよ。とにかく、生きられるだけ生きてみようよ、ねえ」
 彼は、うーんと言ったきり川面を見ていた。まぶたははれていて、泣いているようだった。
 ぼくは、ますますホームレスのためのホスピスをつくりたいという思いを深めていった。

 「山谷・すみだリバーサイド支援機構」。ワープロで打ちだして自宅の玄関に貼った。


圧倒的な行動力。彼の情熱に呼応し、援助を申し出てくれる人が次々に現れます。
というより、青年の危なっかしさに、訳知りの大人たちが見るに見かねて手を差し伸べてくれるという感じでしょうか。
これって、誰もやったことがない新しいプロジェクトを立ち上げるときの必勝パターンではないかと思います。
若々しい理想に、老練な戦術。

お金がなくても、山本さんは決して妥協しません。

施設の設計の段階での設計士との話し合いでは、無理と思える要求を出します。

「そこには洗面所と冷蔵庫も入れます。エアコンとビデオも」

 終のすみかなのだ。モノとしての豪華さではなく、空間にこめられた思いを表したかった。
 ぼくは死んでいく場所を提供したいのではなく、生きる場として使ってほしいのだ。
 生きて、最後の一瞬まで生きて生きて、生きることはいいなあと感じ取ってから次のステージともいうべき死に臨んでほしい。


彼らにぴったり寄り添う気持ちは、理想を理想で終わらせません。

日本中、どこにも居場所を見つけられず、終のすみかを山谷に求めるのは、一筋縄ではいかない人物ばかりです。
紆余曲折の人生を送り、世の中に臆病になっているかと思えば、逆に総身から溢れんばかりの怒りを発していたり。
他人がまったく信じられず、被害妄想にさいなまれる人もいます。

注意深く彼らを見守り、ともに泣き、笑い、最期を迎える彼らの痛みを、山本夫妻は分かち持ちます。
当初は「むぼうのいえ」と呼ばれたホームレスのための在宅ホスピスは、本当の「きぼうのいえ」になりました。


「おそれいりますが」と「さしつかえなければ」by『日本人の知らない日本語』 

日本語教師の海野凪子さんが、教え子の外国人生徒たちの、とてつもなく厳しい質問攻めに、バッサバッサと答えていく、快刀(回答)乱麻のコミックエッセイ。
昨年のベストセラーで、先月には第2巻も発売で、いまさら読むのは遅きに失した感もありますが、いやあ、面白かったです。
日本人では絶対しない質問です。質問のIQが非常に高い。

たとえば、ジャックさんの質問は、こんなこと。

「教えていただけますか」と「教えてくださいませんか」の違いを教えてください。

凪子先生の回答。

「教えてもらえる権利の度合いが違います。

<教えてもらえる権利>

高  教えていただけますか?

低  教えてくださいませんか?

続いて、ジャックさんの質問。

では、「さしつかえなければ」と「おそれいりますが」の使い分けを教えてください。

凪子先生の回答。

「相手に断わる余地をどれくらい与えるかの違いです。

<相手の断わる権利>

低  おそれいりますが(へりくだっているが、ある程度強制力がある)

高  さしつかえなければ(相手は断わってもいい)


これには、うなりました。
「おそれいりますが、こちらにご署名をお願いします」と言われたら、絶対書きますが、
「さしつかえなければ、こちらにご署名をお願いします」と言われたら、
「書かなくていいなら書きませんよ」と返せるわけですね。

敬語のレベルが高くて、すごいです。
日本人ですが、日本語学校で学びたいです。

さて、つたない日本語で続けております、
メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」
3月19日金曜日に発行します。

ご登録は、こちらからどうぞ。
http://archive.mag2.com/0000289134/index.html

日記エッセイに挑戦する。 

アンネ・フランクの日記は、手紙という形式を取っていました。
日記に語りかけるという文学的な手法が、14歳のアンネには「手紙」だったのですね。
手紙文学という形式もあります。
誰かと文通をしている想定で、書き送った手紙を並べた小説には、古今東西の名作があります。
ストーリーが往復書簡の形式で進行するものもありますが、多くの場合、一方の手紙だけを並べたものが多いような気がします。
相手から届いた手紙の内容を受けた返信で、書かれていない部分を想像させるのが、手紙文学のおもしろさかもしれません。

でも、「そこまで日記を創作する気はない」と思うなら、いっそ、「日記エッセイ」という形式はどうでしょう。

日々の出来事を書くには書くのだけれど、そこにテーマ性を持たせてみる。
ただ事実を書き連ねるだけではありません。
その日、気になった出来事の中から象徴的なテーマを選び、それを題材にして四百字詰め原稿用紙1枚分くらいの、短めエッセイを毎日書いていく。

私が知っている日記エッセイの達人は、落合恵子さんですね。
ごく普通の日常生活の中から、さっとすくい上げたテーマで、丁寧に自分の感情に向き合い、最後は大人であることの幸福感を感じさせる結論に持っていく。
土曜日の朝日新聞朝刊に、『積極的その日暮らし』と題した連載を持たれています。
毎週その連載を読むと、こんなふうに日記エッセイが書けたらいいなあと、うなってしまいます。

日記エッセイ、「えーっ、大変そう」と思いますか。

たしかに、最初は大変です。
慣れないエッセイを書くのに、1時間かかってしまったとか。日記なのに、やってられませんね。
書きはじめてはみたけど、どう結論付ければよいのかわからなくなって、最後までまとめられなかったとか。

最初はラクには書けないでしょう。
でも、それも慣れです。
続けていけば、だんだんかきやすくなります。
仕事中も、通勤中も、「今日は日記になにを書こう」と、頭の片隅でネタ探しをするようになります。
同僚が言ったおもしろいセリフ。
はじめて行った店の安うまランチ。
外出先の会社で出会った不思議なオジサン。
ショーウインドウで見かけた新製品。
ふと感じた季節の変化。

そのネタをテーマに、どんなふうに料理して、日記エッセイに仕上げようかと思いをめぐらせるのは、帰りの満員電車を至福の時間にします。

休まず書いたら、1年で365編のエッセイ集ができあがります。
エッセイが少しずつ書きたまっていく快感は、何物にも換えがたいでしょう。

そして、1年これを続けたら、あなたの文章力は、確実に1年前の三倍くらいになっています。




最良の読者のために日記を書く。 

アンネ・フランクのように、将来作家としてデビューすることを考えているなら、読む人を意識して日記を書いてみましょう。

以前、自分史を書くとき、「最良の読者」を想定してみようという提案をしました。
「最良の読者に読んでもらうために書いてみると、その人に伝わる文章が書ける」ということですね。
自分史では、必然的に自分しか知らない生い立ちや出来事を書くことになります。
「知っているのは自分だけ」という思いは、文章を曖昧にしてしまったり、単純化し過ぎてしまったりする危険をはらんでいます。

「最良の読者」は、あなたがどんなことを書いても、好意的に受けとめてくれるでしょう。
その人の顔を思い浮かべて、その人を笑わせたり、感心させたり、驚かせたりするために、文章を書く。
そうやって書かれた文章は、「最良の読者」以外の人にも、しっかり伝わる文章になっているはずです。

アンネが日記をキティと名付けたのは、これと同じ考え方かもしれません。
キティを「最良の読者」と想定することで、日記という極めて私的な文章に、時代を超える普遍的な価値を持たせることができたのだと思います。

自分史と同じように、日記にも「最良の読者」を想定してみましょう。
もし、「最良の読者」をどうしても思い浮かべられないときは、いっそ十年後の自分に読んでもらってはいかがでしょう。
人間の細胞は数年で入れ替わるそうなので、十年後のあなたは、あなたであって、もう今のあなたではありません。
他人のあなたに読んでもらうつもりで書いてみましょう。
「絶対日記を人に読ませたりしない」という人でも、未来の自分になら読ませられるでしょう。
未来の自分が、
「こんなわけのわからない日記書いていた自分、恥ずかしいなあ」
過去の自分に呆れることがないように、ちょっとしっかり日記を書いてみようではありませんか。

百歳は通過点。『私は百歳』小林清子<自伝・自分史・その周辺48> 

「生と死を見つめた女医の一世紀」と、副題が付いています。
小林清子さんは、女医を引退した後、短歌や俳句を楽しみながら、老いの日々を見つめる随筆を書き、
すでに9冊の本を上梓していらっしゃる方です。

人生経験と言えば、これほどの人生経験はないでしょう。
物理的に長いだけではなく、経験の厚みも深みも、ただただすごいとしかいいようがありません。

自分が百歳近くになったときに、これほど柔軟な思考を持ち、社会に世界に目を向けて生きて行くことができるだろうか?
まず、それを考えさせられます。

「もう、自分は百歳。いまさらジタバタしても、世の中なんにも変わらない。
嫌なところは目をつむり、楽しいことだけやって暮らしていこう。あと、少しだし」
きっと、そう考えると思います。

 今日は両方の足を前に出すのに骨が折れる。明日は歩けないかもしれぬ。

身体の衰えは如何ともしがたく、小林さんをさいなみます。
しかし、とんでもなくクリアな脳細胞には、衰えは皆無です。

 (2007年)4月16日午前7時過ぎ、北米のバージニア工科大学の銃乱射事件が起きた。
 多数の死傷者が病院へ運ばれた。容疑者は銃で自殺したが、講義中の教師が撃たれて死亡したらしい。
 日本では銃を持ってはならぬとなっているのに、アメリカあたりから秘かに銃が入ってきているらしい。  
 アメリカでも銃を持たぬことにするとよいと思うが、あまりに犯罪が多いので、護身用に必要なのであろうか。
 でも、大学での犯行とはなんたることか。日本でこの真似だけはしてほしくない。
 二ヶ所で死者三十二人。負傷者十五人なりと。
 長崎では市長に立候補した人が銃で殺された。北米と日本と同じ日に。問題である。

なんと、鋭い批判精神。
方丈の住まいで、時間をかけて、痛みをこらえながらゆっくり歩くしかない足腰ですが、視野は世界を縦横に動き回っているのです。

 いつ死がくるかわからないのに、あれも知りたい、これも知りたいという思いに包まれている。
 結局私は欲ばりなのであろうか。
 百年近くも生きてきたのに、うかうかと暮らしてしまった悔しさが残る。

以前レビューを書いた井口明久氏の『鈍行列車に乗って』。
そこに書かれていた内容が忘れられません。

 考えようによっては、もはや老人は何物からも監視されていないのであるから、真の自由を獲得したのである。
 そして、いくら長く生きていてもよいのである。

それって、こういうことなのか。
小林清子さんの生き方を見て、納得できました。


北野武とBEAT TAKESHI 

フランスの芸術文化に貢献した人に贈られるコマンドール勲章。
映画監督としての北野武氏が受賞しました。
ミッテラン文化相から勲章を受け、
「まさかここで大臣に表彰を受けることになるとは、本当に夢のよう」と話したそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100310-00000501-san-soci

TVのニュースでこのシーンを見て、私が「あっ!」と思ったのは、
挿入された北野氏の展覧会の映像でした。
その看板に「BEAT TAKESHI」と書かれていました。

ツービートというコンビを知っている私たちは、
ビートたけしは、「二拍子の一拍めか二拍め(きっと一拍め)」と思っているわけですが、
もう一人のビートを知らない外国の人たちにとっては、

BEAT TAKESHI =BEATNIK (ビート族)

あるいは、

BEAT TAKESHI=BEAT GENERATION(ビート・ジェネレーション)

なんですね。
グループ名を付けたとき、そんなことを考えていたとは思えませんが、すごく普遍的で創造的なネーミングなんだと思いました。


さて、メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」47号
3月12日金曜日、発行します。
ぜひ、こちらからご登録ください。

http://archive.mag2.com/0000289134/index.html

読まれることを前提に、日記を書く。 

ナチスのユダヤ人狩りを逃れて、父の知人の隠れ家に隠れ住んだ14歳のアンネ・フランクが書いた、『アンネの日記』。
咳もできない隠れ家の日常を二年間にわたって描いています。そんな中で、淡い恋や、母や姉との葛藤など、思春期の戸惑いも記されています。

この日記が、三日間続けるのが難しい、私たちが書く日記と決定的に違うことがあります。
アンネは、将来本となり、出版されることを前提として日記を書いていたのですね。

14歳の少女の多感な感性で過した隠れ家生活。
それを生々しく描いた日記で、作家デビュー。

そういうセンセーショナルな人生設計があって、彼女は、あのみずみずしく感動的な日記を書き続けたのでした。
(アンネが抱いた作家への夢は、ほどなくしてアウシュビッツ収容所で断たれてしまうことを、私たちは知っているのですが)


読まれることを前提として書いているわけですから、読むに足る文章を書かなければなりません。
そのために、彼女は、日記にキティという名前を付けます。日々の出来事をキティに打ち明ける手紙として書きます。
その日あった出来事を丁寧に正直に書き記します。そして、そのときの自分の心の動きもしっかり見据え記述します。
日記を書きながら、気持ちは「作家」なのです。

日記を書いても書いても、まったく文章が上手くならないのは、読まれることを意識して書いていないからです。

一日の出来事を記録する。
ときおり読み返すのは、出来事の起こった日を特定するため。
そこにいた人物を確認するため。
誰かとどこで会ったのか思い出すため。
そういう目的のために日記を書いているなら、上手くならないのは当然です。

誰でもやってしまいがちだと思うのですが、ルーティンの日常を書くときに、「仕事内容は、昨日と同じ」とか、「状況に変化なし」とか「彼との関係は相変わらずである」とか、そっけなく書いてしまいがちです。
自分でわかっていることは、省略していい。簡略化してもわかるからいい。
それでは日記が、ただのメモになってしまいます。
わかっているつもりで書いた日記が、時を置いて読み返してみると、自分でもなんのことを書いたのかわからなくなったりしていることがあります。
これじゃあ、書いた意味がありません。
将来読み返す自分は、いまの自分ではありません。
自分が体験した出来事であっても、あらためて日記に記されたことを読み返すときには、第三者の意識になっているかも知れません。
たとえ、出版するつもりがなくても、将来読む自分のために、わかりやすく、丁寧に日記を書くことにしましょう。



「日記を書くこと」に目的を持つ。 

「書きたいけれど、なにを書けばいいのか、わからない」
そうおっしゃる方います。
「書く」という行為は、慣れていない人にはとても敷居が高いものに思えるらしいんですね。
もっと気軽に「書くこと」を楽しもう、というのがこのブログの提案です。
でも、楽しむ以前に、「書く習慣」をつくることが必要な人もいるようです。

そんな人におすすめしたいのが、日記を書くことです。
「えーっ、当たり前過ぎる」
たしかに、当たり前ですが、でも、これ、毎日日記を書くことは、「書く習慣」を身に付ける、いちばん確実な方法です。

これまで、日記を書こうとして挫折した経験をお持ちの方がいるでしょう。
「毎日、日記を書きなさい」と親に言われた経験は、誰にでもあるでしょう。
「日記を書き続ければ、漢字が覚えられるし、文章もうまくなる」と言う学校の先生もいたのではないでしょうか。
それでも、日記は続かない。
いま現在、日記を書いていない人は、すべて、継続して日記を書くことに挫折した人ですよね。
人のことは言えません。
私も、小学生のとき、中学生のとき、高校生のとき、もちろん、大人になってからも、何度も日記を書いていた時期があります。
でも、続かない。

続かない理由がどこにあるのか、考えてみました。
その理由は、書いているうちに、なんのために書いているのか、わからなくなってしまうからでしょう。
最初は意気込んで書き始めるのですよ。
なにごとにせよ、「継続は力なり」なんて格言もあるくらいですから、続けていれば見えてくるなにものかがあるはずだ。
そう思って、毎日継続してみましたが、どれだけ継続してみても、なにも見えてこない。
すると、「なんのために、日記書いているんだろう?」
いくら書いても、文章は上手にならない。
新しい発見もない。
漢字だって、知っている漢字しか書かないから、ちっとも覚えられない。
いいとこなしだ。やーめた。
やっぱり続きません。

でも、最近気がついたことがあります。

上手に文章を書けるようになることを目的として、日記を書けばいいのではないでしょうか。

倉嶋厚『やまない雨はない』オンエア 

以前、<自伝・自分史・その周辺36>でレビューした『日本の空を見つめて』。
その作者である倉嶋厚さんの『やまない雨はない』が、TV朝日でオンエアされるんですね。

TV朝日 ドラマスペシャル
やまない雨はない
3月6日(土)よる9時
http://www.tv-asahi.co.jp/yamanai/

主演の渡瀬恒彦さんは、かなり好きな俳優さんです。
辛い話ですが、見てみようと思います。

最近、自分でレビューを書くものも、ドラマを見ていても、また、自分の周辺にも、
「うつ病」があまりにも多く存在することに驚きます。
いままで普通に生きてこられた人々を、うつ病という閉塞の中に追いやってしまう時代の空気なのでしょうか。

私自身も、いつなるかわからないと思いながら、もし、自分より苦しい状況の人がいれば、
なんとか、できる範囲で援助の手を差し伸べたいと思っています。

「一人じゃない」に気づけない。『介護うつ』清水良子 <自伝・自分史・その周辺46> 

「お姉ちゃん、なんで死んじゃったの」と、副題が付いています。
昨年4月20日、父の墓前で、車いすの母を残し、自らの命を絶った清水由貴子さんの妹、清水良子さんが書かれた本です。

大輪の花が開いたように、明るい笑顔が印象的だった清水由貴子さん。
糖尿病から失明し、認知症もある母親の介護に専心するために、芸能界を引退していたことは、自殺のニュースの中で知りました。

「そういう選択しかなかったのだろうか?」という疑問が沸き起こりました。
母とともに残された実の妹の良子さんも、暗に陽に、人から疑問を投げ掛けられたに違いありません。

良子さん自身が、その疑問を由貴子さんにぶつけたいはずです。
姉はなぜ死を選択してしまったのか、その答えを見つけるために、良子さんはこの本を書かれたのでしょう。

 家族のために、自分にできることは何にかえてもやろうと、いつも気を張っている人でした。

 時に姉のがんばりは私を不安にしました。姉のおかげで私もいい大人になったのだから、私にもがんばる分を分けてちょうだい。

「介護うつになるのはこんな人なのだろう」と考えさせられる、とても象徴的な出来事がありました。

母親のリハビリのために、介護保険金の助成金で家の中に手すりや取っ手をつけることをケアマネージャーが提案したときのことです。
由貴子さんは、その提案を頑なに断わってしまいました。

 今でさえ要介護5で、税金からいろいろな助成金を出してもらっている。うちは長い間生活保護を受けて税金も免除されてきた。
 税金を納められるようになったのに、またその税金のお世話になるのは申し訳なくてできない。
 それが姉の言い分でした。

税金を払って、必要なときはそれを還元してもらう。
福祉国家の当然のシステムですが、それを由貴子さんは受け入れられなかったのです。

父親を早くに亡くし、母が病弱であったために生活保護を受けてきた。
なんとかその生活から抜け出るために、中学生で芸能界に入った。
人に後ろ指を指されないように生きてきた。

人に頼ることは、自分が果たすべき責任を放棄することに思えたのでしょう。

自分一人で抱え込まなくていい。
誰にだって頼っていい。
あたり構わず泣き言を言ってもいい。

自分一人ではどうしようもないことでも、誰かに頼れば、なんとかなることもあるはずです。
最後まで、そのことに気づくことができなかったでしょう。

由貴子さんのような人を出さないためには、社会全体に、もっと包容力が必要です。
他人の辛さへの想像力をもって、周囲の人々が自然体で手を差し伸べられる社会にしていきたいなあ、と思います。



ズボンと思うな。生きものとして育てろ。 by 草なぎ剛(SMAP) 

ビンテージのジーンズコレクターで有名な草なぎ剛さん。
私には、古着のジーンズを何十万円も使って買う気持ちはまったくわかりません。
でも、先日TVを見ていて、ちょっとわかったことがありました。

若い芸人さんの私服をチェックする番組で、身分不相応な高級ジーンズを履いてきた芸人U字工事さんに、
ジーンズの取り扱い方について、口うるさくレクチャーしていました。
「買ったら半年は洗濯しないで履かないといけないんだよ」
「お店の人にもそう言われました。夏に買って、11月まで洗わないで履いてくださいって。
でも、我慢できずに2週間履いて洗っちゃいました」
「洗うのは水洗いだよね。
洗剤使わずに洗うんだよ」
「バシバシ洗剤使っちゃいました」

「駄目だよ。ジーンズはズボンと思わないで。生きものだと思って育てるんだよ!」

ビンテージジーンズは、モノではなくて、ペットのような存在なのですね。
面倒をみて、しっかり育てて、自分のよきパートナーにする。
草なぎ剛さんにとって、ジーンズとはそういう存在なのでしょう。


さて、私のメルマガは、しっかり育っているでしょうか?
メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」
5日(金)発行します。

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社会の中の自分。時代の中の自分。 

「伝えたいこと」によって、自分自身が表現されると書きました。
もし、それが社会や時代と関わっているものだとしたら、普遍性を持った文章となるでしょう。
読んだ人とも関わりのある文章だと感じられるものになっている可能性が高くなるでしょう。

自分が生きている時代の感覚。そのまわりの環境や社会を抜きにして、文章を書くことはできません。
「伝えたいこと」を練り上げるときに、「あのときの自分は、あの世の中で、どんなふうに生きていたんだっけ?」という記憶をたどることが大切です。
そのときのあなたは、あなた一人で生きていたわけではありません。
まわりにいる家族や友人や先生から影響を受けています。
さらに、読んだ本や聞いた音楽、見たTV番組や映画、社会の出来事とか、さまざまな影響を受けています。
「伝えたいこと」で表現されたあなた自身が、その文章を読んだ人に共感できる存在として受け入れられれば成功です。

とくに、私たちが書こうとしている「自分史」。その言葉ゆえに、勘違いが生じてしまいます。
「自分史」からイメージされる概念は、文字通り、自分の歴史を書いたものですよね。

「自分の歴史」だから、こんな体験をしたのは自分しかいない。

と考えるか。あるいは、

「自分の歴史」だけど、自分と同じ時代を生きた人は同じような体験をしている。

と考えるか。
その考え方次第で、「伝えたいこと」も変わってきてしまうのではないでしょうか。
前者のように、自分だけの体験だと考えてしまうと、「伝えたいこと」が読む人に伝わらないかもしれません。
「そうそう。こういうこと、あるある」
という共感を引き出すためには、その時代の中の自分、その社会の中の自分を意識してみることが必要です。
他の人と共有できる記憶や思いがあってこそ、あなたが体験した出来事の独自性や、あなた自身の個性や魅力を伝えられるのだと思います。

「伝えたいこと」と自分の関わり。 

「しつこいッ!」と思いつつ、再度「伝えたいこと」について書きます。
なぜ、こんなにしつこく書くかというと、「伝えたいこと」が強固にブレないものであれば、俄然スムーズに、かつ気持ちよく、書くことができるからです。

逆に、「伝えたいこと」が曖昧であれば、書いている最中にも文章が迷走し、ゴールが見えなくなります。書き上げるまでに時間もかかり、やっと書き上げても達成感を感じない文章になってしまうこともあるでしょう。
書いている本人にとって、「伝えたいこと」がよくわかっていない文章ですから、それを読んだ人が「伝えたいこと」を読み取れるわけはありません。

文章表現は少々未熟。でも「伝えたいこと」はしっかりある文章があったとします。それとは逆に、文章力はあるけれど、「伝えたいこと」について考えぬまま、適当に書いた文章があるとします。両方を読んだときに、上手いと思うのは後者かもしれません。しかし、人の心を動かしてしっかりメッセージを伝えることできるのは前者なのではないでしょうか。

そのわけは、「伝えたいこと」がしっかり書かれた文章には、その文章とそれを書いた人との関わりが表現されているからです。
書いた人のものの考え方。どんなことに感動するのか。どんなことに興味を感じるのか。
「伝えたいこと」が核となって、書いた人の思いが、読む人に伝わっていきます。
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