スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今週のお詫び 

毎度、私のブログをお読みいただいている読者の皆さまに
たいへん申し訳ありません。
今週は、主にプライベートの諸般の事情がありまして、
ブログを更新することが、かなり困難となりました。

したがって、毎週金曜日に発行しておりますメルマガも、
発行できそうもない気配です。
実のところ、あわてて記事を作るより、
連休で時間が取れる来週、じっくり原稿を書きたい気持ちです。

今週は、メルマガ発行満1年でもあるのですが、
1年ではじめて、発行し損ねてしまいます。
誠に勝手ながら、来週の更新にご期待ください。

タケ敬白
スポンサーサイト

すべての人と対等に。『インパラの朝』中村安希 <自伝・自分史・その周辺52> 

「郷に入れば郷に従え」ということわざがあります。「所変われば品変わる」とも言います。
世界の国には、それぞれの事情があり、私たちが生まれ育った国で培った常識や流儀は、外国ではまったく通用しないことがある。
私は、昔からそう考えてきました。

自分の常識を外国の人に押し付けてはならない。
彼らは、彼らの国の論理で生きているのだから。

多くはインドや中国で体験したことでした。
納得いかないこと、理解できないこと、共感できないことがあっても、
「それが、この国の常識なんだ」と、わかった振りをしました。
その納得できない原因となった人の考え方の誤りを正そうなどとは絶対に考えませんでした。

中村さんは、違います。
「あなたの考え方、やり方は間違っている」
それは、世界の常識にまったく通用しないという事実を、はっきり彼らに突きつけます。

タンザニアで、一人の青年と知り合いました。
彼は、宝石が取れる鉱山を一つ持っている。そこで取れた宝石を強欲な仲買商人に買いたたかれるために儲けが少ない。
直接、外国と日本と取引がしたいので、中村さんにビジネスパートナーになってほしいと訴えます。
自分は適任ではないので他の人を探せと断わりますが、彼は無理やり中村さんを鉱山の見学に連れていきます。
そして、鉱山を案内してくれた別の男にチップを払ってやってくれと、当然のように言う青年に、
中村さんは切れ、チップを払う理由がないと断わります。それに対する青年の答えは、

 「ここアフリカの社会では、お金持ちの外国人は現地人の僕たちにチップを払う文化があるんだ。
 だから君にも僕らの文化を学んでほしいと思っただけだ。
 僕らはビジネスパートナーとして、お互いの文化を学んでいこう。
 今回は君の文化に従い、チップは払わないことにしよう」

 「今あなたが話したことがどんなに悲しいことだかわかる?
 あなたは今、あなたたちと私の間に、あなた自身の手によって境界線を引いたのよ。
 アフリカ人と外国人。低賃金労働者とお金を持った雇用主。
 パートナーとしての関係や対等な立場を自ら手放し、あなたの地位を下げたのよ」


対等であるために、あえて厳しいことを言う。
あなたたちの常識は間違っているとはっきりと伝える。
中村さんの論理は、どんなときにも揺るぎません。

若い頃の、多くはない海外体験で、私は「郷に入れば郷に従え」というのが、
外国における柔軟なコミュニケーションのあり方だと思い込んでいました。
少々のお金で嫌な思いを避けられるのなら、それでもいいという選択をしました。
それは、彼らと自分の間に境界線を引き、彼らを貶める行為だったのだと、いまは思います。

彼女の行動には100パーセント肯定できない部分もあります。
読みながら、「それはないだろう」と突っ込みたくなるエピソードもたくさんあります。
でも、「世界中のすべての人と対等に付き合う」という基本姿勢は、とても清々しく感じられました。





自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

あなたの「強み」を掘り下げる。 

弱みの洗い出しをしてみました。
これからのビジョンを創り上げるために、ぜひ必要な作業です。
でも、自分が触れたくなかったこころの深い部分にアクセスすることもあります。
辛さややり切れなさ、忘れていた後悔などを思い出すことがあるかもしれません。
必ずしも楽しい作業ではない「弱み」の洗い出し。
じゃあ、今度はあなたの「強み」の洗い出しをしてみようではありませんか。

あなたがまだ自覚していない、あなた自身の資源が、あなたの中に埋まっているかもしれません。それを掘り出すのが、「強み」の発見です。

これまでの人生を振り返って、すごくうまくいった出来事を思いだしてみましょう。

◆学生時代の部活で、思いがけず、実力以上の好成績を収めたこと。
◆かなり難しそうで、最初は二の足を踏んだけれど、トントンとうまくいった仕事のこと。
◆苦手だと思っていた上司に目をかけられて、信頼関係を築くことができたこと。

まず、うまくいった出来事をいろいろ書きだしてみてください。
それは、弱みの洗い出しより楽しい作業になるでしょう。
自分が主役で輝いていた人生の体験です。
思い出しながら昂揚感も感じることでしょう。

うまくいった出来事がリストアップできたら、次に弱みの洗い出しと同じ作業をしてみます。

うまくいった出来事が、なぜうまくいったのかを、あなたの主観ではなく、客観的に分析してみましょう。
うまくいった体験は、さまざまな障害に阻まれることなく、なぜうまく進んでいったのでしょうか。

そこには、きっとあなた自身の資源が関わっているはずです。

人間関係がうまくいったのは、あなたの性格が関わっているでしょう。
仕事がうまくいったのは、あなたの能力が関わっているでしょう。
また、あなたに惜しみのない援助をくれる人々や、あなたを取り巻く環境も、あなたの資源と言えるかもしれません。
それら、あなたの強みを思いつく限り洗い出してみましょう。

その作業には、マインドマップの活用が有効です。
マインドマップでどんどん発想を広げて、あなたの強みをすべて洗い出してみてください。
もしかすると、自分でも気づいていなかったすごい資源をたくさん持っていることに気がつくかもしれませんよ。

マインドマップの使い方は、こちらで再確認してくださいね。

http://jibunworks.blog16.fc2.com/blog-entry-113.html
http://jibunworks.blog16.fc2.com/blog-entry-114.html

弱みを強みに逆転させる。 

過去に経験した苦しい出来事、うまくいかなかった人間関係、今となっては許せない自分の行動。
こころの中に封印していたネガティブな記憶を思い出して、洗い出しすることは、自分自身の前半生の振り返りです。
出来事の直後には、振り返ろうとしても、ただただそのときの辛く悔しい思い出で頭がいっぱいになってしまうかもしれません。
また、自分で自分を弁護するような気分になって、主観的な振り返りしかできないかもしれません。

時間を置いて、ちょっと遠い過去の出来事として振り返ることは、それとは違うものとなるでしょう。
もちろん、まだ辛い気分を感じることもあると思いますが、時間を置くことで、自分が関わった出来事も、客観的に見ることができるようになります。
出来事を分析することもできるようになります。

分析の結果、失敗がいつも同じ行動パターンに原因があるとわかったら、その行動パターンが「自分の弱み」であることが再確認できますね。

たとえば、
◆居丈高な取引先の相手との仕事はいつもうまくいかない。
◆仕事の納品スケジュールが二つ以上重なると、ついつい手抜きをしてしまう。
◆予定外の収入があると、派手に使いすぎてしまう。

そんな自分の弱みも、しっかり自覚できて、自己分析できれば、同じ轍を踏まないように、対応方法を考えることができます。
事前に、こころの準備ができていれば、いざ、同じような場面に再び遭遇したときにもあたふたすることはありませんね。

つまり、弱みを強みに逆転させることができるようになります。

ネガティブな記憶の洗い出し。
それをやっておくことで、これから訪れる後半生を、より実り多いものにすることができます。

走ることは、生きること。『走る意味』金哲彦 <自伝・自分史・その周辺51> 

走る楽しさは、まったくわからない人間です。
あまり、わかりたいとも思いません。
マラソンを完走した後に、すごい達成感の地平が広がっているのだろうとは想像できますが、そこまで到達することは私にはできません。
でも、この方の「体幹」に関する本は、いくつか読んで、勉強させていただきました。
また、これまでの経験を活かし、市民ランナーに正しいランニングを指導する姿勢にも共感できます。

その金哲彦さんが、自分の生い立ち、ランナーとしての葛藤、ガンを克服して、ランナーとして再起するまでを描いた本です。

在日三世として福岡に生まれ、田舎でのびのび育った子供時代は、在日であることで差別を感じたことはあまりなかったそうです。
在日を意識せざるを得なくなったのは、早稲田大学の陸上部で、駅伝を走るようになってからでした。
箱根駅伝の往路の五区、山登りを1年生で走り、区間2位の記録を出した金さんは、中村清監督に目をかけられていました。
その中村監督には、在日で金さんに韓国人としてソウルオリンピックでマラソンを走らせるという目論見がありました。
でも、そのためには、金さんが朝鮮籍から韓国籍に変わる必要がありました。
「朝鮮籍」とは、北朝鮮の国籍ではありません。太平洋戦争の終結から朝鮮戦争の終結までの8年間、在日の人たちは押し付けられた日本国籍ではなく、朝鮮籍で生きることができたのだそうです。金さんのご両親は、朝鮮民主主義人民共和国も大韓民国も選ぶことなく、祖国が分断される前の朝鮮籍にこだわり、変えようとしませんでした。
恩師として慕い、その指導力に絶対的な信頼を寄せる中村監督から韓国籍を取得するように命じられたことで、金さんは大いに悩みます。

 両親のこだわりについて、物ごころついてからは、私なりの思いがありました。
 だから、たとえ尊敬する人に国籍を変えろと言われても、すぐには納得できなかったのです。
 国籍を他人から変えろと言われて、どうしてもひっかかりがあったのです。


申し出を断わったことで、金さんはその後、中村監督から無視し続けられます。
その頃の早稲田陸上部員のエリートコースだった早大からエスビー食品という進路を閉ざされ、陸上部のなかったリクルートに入社します。
そこで、リクルートランニングクラブを作り、ランナーからコーチとなり、日本有数の実業団に育てました。

エリートコースには乗れませんでした。
でも、そこから外れることで、体育会系の発想から抜け出し、リクルートで培った企画力、プロデュース力で、「市民のランニング」を確立することができたのではないでしょうか。

人生の途中で体験したガンは、金さんに生きることの意味をもう再確認させてくれました。
これからは、オリンピックを目指すような競技選手のためにではなく、人生を豊かにするために走る市民ランナーのために、身をもって、ランニングの楽しさを示してくれるのでしょう。



自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks


「自伝・自分史・その周辺」の本棚を作りました。 

毎週1冊ずつ、本を読み続けて、
「自伝・自分史・その周辺」のレビューも50冊を越えました。

過去に遡って、書いたレビューを探すのも、結構大変になってきました。
「ブクログ」というネット上の本棚に、それらを全部まとめてみました。

本の内容によって、テーマ分けして整理しました。

 ◆人生を考える。
 ◆障害に立ち向かう。
 ◆職業人の苦悩と誇り。
 ◆家族とある日々。
 ◆死の近くで思うこと。
 ◆過去の記憶をたどる。
 ◆生きることは、楽しいこと。

より、わかりやすくなったと思います。


ブクログは、ネットで公開するものばかりでなく、
自分が読んだ本を忘れないように記録しておく目的でも使えます。
ご登録されておくと、便利ですよ。

↓これが、私のブクログです。
自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks


前半生を客観的に見る。 

「自分史」は「日記」と相似形の関係にあります。

日記で毎日の自分の1日の行動を客観的に振り返るように、自分史を書くことで、自分の半生を客観的に振り返ることができます。

自分自身を振り返る行為は、必ずしも楽しいことばかりではありません。
楽しいことは、なんの苦痛も感じず、スラスラと書いていくことができます。
でも、苦い失敗談や、悲しい出来事、辛い別れも書かなければならないケースがあるでしょう。
書くこと自体が辛い体験もありますね。
また、自分自身に正直であろうとしても、書くことはおろか、人に話すことも、思い出すことすら辛い記憶もあるかもしれません。

自分史に、あなたの気持ちをネガティブにしてしまうことをあえて書いて、公開する必要はありません。
公開する必要はないけれど、できれば、辛い体験も書き留めておきたいと思います。

辛い体験をも記録した自分史は、これまで自分が生きてきた半生の足跡を記しています。
一つ一つの出来事をもう一度見直し、振り返り、問題があったとすればどこに原因があるのかを突き詰めてみる。
あまりにも直近の記憶は、思い出すのも辛いことがあると思いますが、遠い記憶であれば生々しさが和らいで、逆に思い出しやすいかもしれません。

自分の人生でうまくいかなかったこと。
人間関係で失敗したこと。
どうしても我慢ができなかったこと。

ネガティブな事件や出来事を、じっくりと見直してみることにしましょう。
その振り返りをもとに、今後の自分の生き方のためのビジョンを創ることができるでしょう。

「日記」が、明日の自分の生き方をより良くするものであれば、「自分史」は、これからの自分の残り半生をより良くしていくものになります。

人生の途中で自分史を書けば、残りの半生は、前半生よりも当然パワーアップして、より充実したものになるはずです。

自分の弱みと強みを知る。 

日記は、「自分自身の参考書」であると書きました。
毎日書き続けているうちに、
「自分は、こういうときに、こういう行動をするのだな」
とか、
「こういう事件に遭遇すると、必ずパニクるな」
とか、
「そうそう、こういうタイプの人の前では萎縮するな」
とか、あなた自身の行動パターンがわかるようになります。

実際に体験しているときは、自分が主体ですから、話した内容もやった行動も客観的に評価するのはむずかしいでしょう。
でも、それを日記に書いてみる。
時間を置いて書いたものを読む自分は、主体である自分を客観的に見ることができるようになっています。
それが、自分の弱みと強みを知る手がかりになります。

たとえば、仕事のトラブルで上司に叱られた体験。

その体験がまだ生々しい間は、思い返してみても、悔しさや上司にいわれた言葉にムッとしたこととかしか思い浮かばないかもしれません。
でも、時間を置いて、再びその体験を反芻してみると、客観的にわかることが増えています。

「この部分はスキルが足りない。もっとできるようにならねば」
「人間関係で失敗する。人に誤解されないようにしなければ」
「二つ以上の仕事を一度に進行させることがうまくできない」

そういう弱みが見えてきます。
弱みが見えて、対処することをしっかり考えるようになれば、それを強みに変えることも、できるようになります。

そんなわけで、日記に記した自分自身の記録をときどき読み返してみることは、自分自身を深く知るために意味があります。

そして、自分自身を知ることは、そのまま、未来の自分がよりよい生き方を選択することを可能にするはずです。

井上ひさしさん死去、続報。 

今朝のニュース番組でも、井上ひさしさん死去の報道をしていました。

そのなかで、井上さんの言葉として飾られていた直筆の色紙が気になりました。

むずかしいことを、やさしく
やさしいことを、ふかく……

似たようなことは、いつもおっしゃっていらっしゃいましたが、出典があるのか、調べてみました。

こまつ座のパンフレットにそのままの言葉を書かれていたことがあるそうです。

 むずかしいことをやさしく
 やさしいことをふかく
 ふかいことをおもしろく
 おもしろいことをまじめに
 まじめなことをゆかいに
 ゆかいなことを いっそうゆかいに

ご自分で書かれたこの言葉を、つねに座右に置いていらしたとのことです。

ご冥福をお祈りします。

井上ひさしさん、死去というニュース。 

この人の小説をどれだけ読んだか。
この人のエッセイをどれだけ楽しんだか。
この人の芝居をどれだけ観たか。
この人のテレビをどれだけ見たか。

私の人生のほとんどの時間に、井上ひさしさんはいらっしゃいました。
たくさん笑わせていただき、たくさん泣かせていただき、たくさん考えさせていただきました。

社会に対する強烈な批判精神を持ちながら、同時に批判されている人々をも笑わせる。
こういうことができる作家、井上さん以外に思いつきません。

もう、新たな本も、芝居もないのですね。
ああ。ため息が出てきました。

人も魚も、イキがいい。『たまらねぇ場所』生田與克 <自伝・自分史・その周辺50> 

威勢が良くて、キビキビしていて、立ち居振る舞いが堂々としている。
一度でも築地に行ったことがある方なら、あの場所に働く人たちの、独特の存在感をご存知でしょう。

そういう築地を仕事場とする人の多くが醸し出す独特の雰囲気が、どのように培われていくのかをつぶさに知ることができます。

魚屋には絶対ならないつもりだったのに、お坊ちゃん高校を卒業する間際に、
父親に「余命いくばくもない」と告白されて、マグロの仲卸業を継ぐことに決めた生田與克さん。
(その後、父上は三十年近く、生きのびるのですが……)

やむを得ず飛びこんだ「築地」の水に合っていたようで、個性的な同業者たちとの交流も日々おもしろく、マグロ仲卸の「鈴与」の立派な三代目となります。

お坊ちゃんから魚河岸の男に生まれかわる瞬間のことが書かれていました。
魚河岸で働くようになったものの、「バカ野郎」の怒声飛び交う空気になじめず、ビビりまくっていた時期でした。
ある日、ターレという築地場内を走り回る小さなトラックに足を轢かれてしまいました。

 「いってえなあ~この野郎!」と怒鳴ってしまった。
 そのターレも足を轢いたことが分かったようで、すぐに止まった。
 そして振り向きざまに、今にも「ごめん」と言いだしそうな、申し訳なさそうな顔をしていたのだが、俺の間抜けなビビり顔を見た瞬間、
 「なんだぁ~このガキィ。てめえがボケッとしてっからだろっ!」
 と逆に凄まれちまった。またまた俺は反射的に、ご丁寧にも
 「どうもすみませんでしたぁ~」と直立不動で謝っていた。


轢いてしまった相手がビビっているのを見た瞬間、居丈高な態度に急変する。
後から考えると癪に障ってしょうがないものの、自分の情けなさも痛感します。
この事件から生田さんは、「気」というものの大切さに気がつきます。
いつも、なにかに脅えていてはいけない。ナメられない「気」を持とうと意識するようになります。
高校生が築地の男に変わった瞬間でした。

築地の男を作るマニュアルはありません。

魚河岸三代目も、時代に合わせて、マニュアルづくりを試みたことがありました。しかし、

 基本的に魚というものは自分の予定通りに入荷してくれないものだ。
 気まぐれな自然が与えてくれた結果が出てから、あたふたと慌てて対応するものなのだ。
 目前に魚が現れてから対応する。
 いわば、「明日は明日の風が吹く」を地で行っているようなものだ。
 だから、マニュアルの文末すべてに、「臨機応変に対応すること」と書かざるを得なかった。
 で、作るのをやめちまった。

では、マニュアルがない世界で、どうやって新人が仕事を覚えていくか。

 とある本で読んだことがあるが、山本五十六の言葉に
 「やってみせ 言ってきかせて させてみせ ほめてみせねば 人は動かじ」
というのがあるそうだが、これが魚河岸の人材育成そのものなのである。

 魚河岸の仲卸は、俺以外、どこのオヤジ(社長)もその店の一番の商品の目利きであり、
働き者(と少なくとも本人は思っている)なのである。
 だから、そこのワカイシ(若い衆)は、自ずとオヤジを見て覚えることになる。


マニュアルのない「現場主義」ということですね。

「築地って、へえー!」という目からウロコのネタが満載。
今度行くときには、ちょっぴり築地魚河岸通になっているでしょう。




成長へのモチベーションとしての自分史。 

日記を書き続けていくことで、少しずつ、自分自身の参考書ができあがっていきます。
1ヶ月前の仕事のトラブルを記した日記を読み返して、自分を振り返ってみると、

「こんなことあったなあ。あのときは大変だったなあ」

ちょっと落ち着いた目で見ることができるでしょう。
1年後、同じページを読み返してみると、

「あのトラブルには、焦ったなあ。でも、あのとき、別の行動を取っていたら、あんなにこじれることはなかったかもしれない」

1年後には、事態の対処法もわかるようになっているかもしれません。
確実に、あなたのトラブルへの対応力がアップしているということですね。

人間の日々の成長は、本当に微々たるものです。
仕事でも運動能力でも、楽器演奏などのスキルでも、「今日は昨日より上手にできている」と、はっきり自覚できることは滅多にありません。
それどころか、「前はもっとできたのに」とか「あれ、昨日はこのやり方でうまくいったのに」と思うことすらあります。
三歩すすんで二歩さがる、ですね。
そんなときに、日記を読み返すと、自分の成長を確認することができます。
「できている」という実感が、次の成長へのモチベーションになっていくでしょう。


「毎日書き続ける自分の記録」が日記なら、「自分の半生を書き留めた記録」が自分史です。
日記の時間体系とサイズをそのまま大きくしたものが「自分史」とざっくり考えれば、「自分史」にも日記の効用が当てはまるのではないかと思います。

「自分史」というと、なぜか「年輩の方の道楽」のように解釈されることが多いようです。
定年退職で仕事から解放されて、毎日24時間の時間を持て余してしまう。
散歩やら趣味やら新しいことにもチャレンジするけれど、それでも時間が余っている。
そんなときに、「じゃあ、自分史でも書いてみるかな」という発想で、自分史に手を染める方がいます。
もちろん、それもありです。
仕事人生の集大成として、リタイア後に「自分史」を記す。その生き方にも賛成です。
でも、リタイア前の働き盛りの人には、別の「自分史」があると思います。

それが、自分の成長へのモチベーションとなる「自分史」です。

自分自身の参考書を作る。 

自分がいま、いちばん興味があることにフォーカスして日記を書いていく。
いちばん興味があることですから、しっかり記録をしておきたい。
しっかり記録をしたことは、将来も何度も読み返すことができる。
過去の記録が積み重なっていけば、それが、未来へつながる参考資料になっていく。

毎日日記を書き続けると「自分自身の参考書」ができあがっていきます。
自分のものの考え方、行動パターンを冷静に分析できるようになります。
つまり、日記には、「自分を知る」効果もあるのですね。

書かなければどんどん忘れていってしまう日常生活。
日記を書く時間は1日に10分くらい。その時間を惜しんでいると、1日がもっと早く過ぎ去ってしまうのではないでしょうか。

どんな形でもいい。とにかく毎日の記録を付けることで、その日の自分の行動や言動、自分の感情を振り返ることができるようになるでしょう。

仕事ですごく嫌なことがあった日。
「あー、もうイヤイヤ」と叫んで布団を被って寝てしまえばいいのですが、せっかくなので、「自分自身の参考書」を作るために、その嫌な出来事を利用してしまいましょう。
とりあえず、どんな出来事があって、どんなことに腹が立って、どんな気持ちになったのか。
それだけでも、記しておきたいと思います。

そのときは、ただひたすら嫌だと思った出来事を日記として記録する。
それを、時間を置いて読み返してみると、書いたときとは違う見方ができるようになっているかもしれません
時間がほどよくホットな気持ちを冷却してくれるのでしょう。
「こんなことで、怒っていたんだなあ」「別に大したことないか」
冷静に出来事を分析できて、対処の方法もわかるようになっているかもしれません。
日記を書いたときの自分より、少しだけパワーアップ、スキルアップした自分と出会うことができたら、うれしいですよね。

もう一つのブログ、「素敵な人に会いました」 

わけあって、この「1日10分 1年で創る自分史」の他に、もう一つ、ブログを持ちました。

こちらが、自分史や文章の書き方、本のレビューをに関する話題で書いているのに対して、
竹内好美カウンセリング事務所のブログ「素敵な人に会いました」は、カウンセリングや心理学、自分探しといったテーマで書いていきます。

こっちが「あんまり更新していないなあ」「さぼっているんじゃないの?」というときは、ちょっとそっちも覗いて見てください。
こちらとは、ちょっと違った視点でお楽しみいただけると思います。

もちろん、こちらもしっかり続けていきますから、どうぞ、お付き合いください。

もう一つのブログ、↓よろしく。

「素敵な人に会いました」

百歳の知恵に学ぶ。『百歳からあなたへ』松原泰道 <自伝・自分史・その周辺49> 

昨年、101歳でご逝去された臨済宗の高僧、松原泰道師が、
人生を価値あるものとするために、どういう生き方を選ぶべきかを語っています。
人生の師として、言葉の一つ一つに含蓄があり、こころ洗われます。
たとえば、こんな言葉。

 「はい」は、人に対する返事ではなく、自分に対する返事です。
 自分が、もうひとりの自分を呼び起こす声です。
 ですから、「はい!」と返事をすると、よそへ行っていた自分が戻ってくるのです。
 体はここにあるけれど、心は必ずここにあるとは決まっていません。
 そんなときに、「はい!」と大きな声で返事をすると、初めて心と体が一体に
となります。
 ですから、「はい」は自分と自分とのめぐりあい、「もうひとりの自分との邂逅」です。


ともすれば、心と身体がつながっていない状態でも、人間は生きていくことができます。
自覚のないまま、動き、話し、人に対することは、人間の生き方として、誠実ではない。
「はい!」は、心と身体をつなぐためのスイッチ。
スイッチがつながることで、心と身体は一体となり、そこから、意識的に生きていくことができるようになるのでしょう。

「一期一会」についても、紙幅を費やしています。

 「きょう」という日は、二度とない日です。
 「きょうの出会い」も二度とない出会いです。


「一期一会」は茶事からできた言葉ですが、松原師は「いま」を大切に、と語ります。

 会ったときが別れのとき。そう受け止めて、きょうの出会いから、お互いに出会いの大切さを学んでまいりましょう。

 人との出会いだけではなく、自分自身との出会いも、また、「一期一会」です。

翌日、会うことになっていた和尚さまの訃報が新聞に載っていたのを見て、悄然とお寺に伺うと、
和尚さまが、心臓発作の苦しみの中で記された辞世の書を渡されたそうです。

 「人間は一会一期(一期一会の間違い)、なにごとも丁重にしておかねばならぬ。
 死ぬるかもしれぬがもう遅い。任運自在」
(最後の任運自在は、なにごとも大いなるものにお任せするという意味だそうです)
 ふだんから、なにごとも丁重にしておかないと、突然訪れる最期に間に合いません。

和尚さまが残してくれた遺言だと、松原師はとらえました。
百歳の知恵は圧倒的。
森羅万象、日々の出来事、人とのふれあい。
すべてのことから、学び続けて、すべてを自分の知恵にしてしまいます。
まるで、松原師の講話を直に聞いているように、気持ちが満たされていく本でした。





コツコツと、50号。 

メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」
毎週1回金曜日の発行を、コツコツ続けてきました。

「今週は、休みたいなあ……」
「全然まとまらないあなあ……」
「ネタがないっ!」

休刊しそうな危機を何回も乗り越えて、
今週50号を発行します。

まだ、ご登録されていない方は、ぜひご登録ください。

ご登録は↓こちらから。

メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。