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障害と自立。『お仕事がんばります 自閉症の息子とともに3』 明石洋子 <自伝・自分史・その周辺65> 

川崎市に住む明石洋子さんは、知的障害がある自閉症の息子さんが、「地域で自立する」ことを目標に、全力をあげて行動し、人を動かし、社会を変えてきたお母さんです。
長男の徹之さんは、二歳のときに自閉症と診断されました。
幼い頃の彼はものへのこだわりが強く、人間関係にはまったく関心を示しませんでした。
洋子さんは粘り強く、徹之さんに学習意欲を持たせ、少しずつコミュニケーションができるように育てていきます。

洋子さんのルールは、
「本人が選ぶ」「本人が決める」です。

徹之さんが「普通高校に行きたい」と言えば、市内の高校を何度も回り、断わられ続けながらも、受け入れてくれる学校を探します。
やっと高校に入った徹之さんが、「清掃局で働きたい」と言えば、川崎市の公務員になるために、あらゆる人たちに訴え、市を動かし、公務員試験の受験資格を獲得します。

「自立」が親の自己満足ではないか。自閉症の子どもを働かせるのが無理なのではないかという批判は幾度となく受けました。
徹之さんを公務員にするために奔走する洋子さんに、友人からも批判がありました。
 「公務員は市民の税金を給料としてもらって市民にサービスするのが仕事なのだから、給料分働けないと、納税者の市民から『税金泥棒』と言われるオチだ。
それは徹之くんにとってきびしすぎはしないか。かわいそうだよ」


それに対する洋子さんの反論には迷いがありません。
 「もし徹之が入所施設に入ったら、施設では徹之がもらう給料の三倍から五倍の税金が使われるのよ。
 入所施設で幸せな生活が送れるのならいいけど、徹之は保護されたり管理されたりする生活は嫌で、その何分の一のお金でもいいから自分で働いて稼いで、自分の意志で選べる主体的な生き方がしたいと願っているの。
 だから徹之に働いてもらって。給料を払って、そこから税金を払ってもらうほうが有効なお金の使い方だと思わない?」

人を動かすために発揮する洋子さんの行動力には圧倒されます。

高校生のとき、働くことを体験するために、文房具店の店員としてアルバイトをしたときのことです。
商店街お店探検をしましたが、そのとき他のお店の人たちをびっくりさせてしまいました。
洋子さんは、地域の人たちに徹之さんのことを理解してもらう必要があると考え、病気のこと、対応の仕方を書いたチラシ「徹ちゃんだより」をつくり、一軒一軒に配って、親子であいさつしてまわりました。
そこには、徹之さんが自分で書いた文章もありました。

 こんにちは。明石徹之です。太陽堂で働いています。
 17歳で、川崎市立川崎高校定時制の3年生です。夜高校で勉強をしています。
 上手にお話ができないけれど、一生懸命上手に話せるように努力しています。
 勉強もお仕事もがんばっています。
 太陽堂はとても楽しいです。
 ずーっと岩瀬さん(太陽堂のご主人)のところで働きたいです。ぼくも努力しますので、みなさんよろしく、お願いします。
 どうぞ、お店にきてください。道であったら声をかけてください。
 なかなかことばがわからないときもあるけど、笑顔でこたえます。
 みなさん応援してください。どうぞ、よろしく。


いま、徹之さんは川崎市の公務員として働いています。
洋子さんと徹之さんの生き方を見ると、がんばる前から「無理」と諦めるのは、絶対ないなあと思いました。



自分史の本棚
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プレゼンで、自己理解を深める。 

よきプレゼン相手を持ち、その人に自分を開示する行為は、自分を外に向けて表現することです。
外に向けた自己表現は、自分の書いた文章を人に読んでもらうことに慣れていく訓練です。
でも、もっと重要な意味もあります。

自己開示を続けていくうちに、あなたは外に表現することばかりでなく、内側をしっかり見つめることもできるようになっています。

それは、なぜでしょう。

書こうとする文章の内容を考えるとき、どうやって書こうかと考えるとき、さらにおもしろくしたいと考えるとき、同時に、プレゼン相手に説明する場面を想像するようになるからです。

実際に、プレゼン相手を目の前に置いて、この文章について説明をする。
自分が考えていることを理解してもらう。
書いた文章を評価してもらう。

自分以外の人に、わかってもらおうというと考えると、文章に新たな目的が加わります。

あなただけが知っていることについて、あなたが書く文章ですが、人にわかってもらおうと意識した途端、独りよがりは許されなくなります。

いままでは、なにも考えずにつらつら書き連ねていけばことすんでいたのに、さらに思考を深めなければ、人に伝えられないことに気づきます。
思考を深める作業の過程では、自分が書きたいことは果たしてなになのか、さらに深く自問自答するようになるでしょう。
自分に投げかける問いは、その答えによって、自己理解を深める手がかりになります。

「本当に求めていたものは、これなのか」
「あるべき自分の姿は、こういうイメージか」
「自分が好きな自分は、こんな自分だったのか」

知っていると思っていた自分のことを、知るきっかけになることでしょう。

「プレゼン相手にプレゼンする」
という意識を持つことは、自己理解をおおいに深める効果を持っているのです。

プレゼン相手がカギを握る。 

他人の助けを借りずとも自分一人で、自分史は書けます。
人の意見を聞いて、自分が書こうとしているものを取りやめたり、書き直したりする手間ひまを考えると、自分一人で書く方が面倒がないと思うかもしれません。

実は、その面倒なことに、文章上達の秘訣が込められています。

私は、長年、広告代理店でコピーライターとして生計を立てていました。
広告の仕事には、つねに、プレゼン相手がいて、「クライアント(広告主)」と呼ばれています。
すべての広告のコピーは、クライアントにプレゼンをし、目を通してもらい、OKの返事をもらわない限り、広告として日の目を見ることはありません。
どんなにいい文章が、机上で書けたとしても、プレゼンした相手を納得させられなければ、ボツ原稿になるしかないのが、広告コピーの運命です。

さて、ここからが重要なのですが、私が経験的に獲得した一つの法則があります。

いいフィードバックをくれるクライアントの仕事では、いいコピーが書ける。

私はとくに上手くもなく、とくに下手でもない並のコピーライターですから、「それ、ホントに本当の真理か?」と問われれば、自信がありません。
もしかしたら、クライアントになにを言われても、なんの影響も受けず、つねに百点満点のコピーが書けるコピーライターがいるかもしれません。

でも、広告の世界では、クライアントを満足させて、しかも、その広告を見た消費者をうならせて、その上で、コピーが作品として残っていく、というのが理想です。
だからこそ、いいフィードバックをくれるクライアントが、いいコピーの絶対条件になります。

残念なことに、コピーライターは、いいクライアントを自分で選ぶことができません。
それどころか、いいクライアントだと思っていた相手からクビを切られてしまうことだってあります。
いいクライアントとの出会いは、恵まれた幸運以外の何者でもないのです。

でも、自分史ライターであるあなたは、プレゼン相手を選べます。

「客観的に見ておもしろいかどうかわからないとき」
「次になにをすればいいのかなやんでいるとき」
「文体のよしあしがわからなくなってしまったとき」
「なんかもやもやしているとき」

いろいろなタイミングで、その人にプレゼンし、客観的な意見をもらいましょう。
これから、あなたが書く自分史は、その人といっしょに作っていくと思ってください。

自分を見つける。『自閉症だったわたしへ』ドナ・ウィリアムズ <自伝・自分史・その周辺64> 

「自分を閉じこめる」病気、自閉症。
閉じこめられたその中でどんなふうに思考し、その思考からどんなふうに行動するのか。
外からは伺い知ることができない、自閉症児の頭の中で起こっていることを、教えてくれる本です。

ドナ・ウィリアムズは、生まれてからずっと、現実の自分と心の中の自分を統合することができませんでした。

子供の頃のドナは、家族に理解されず、どうやってもコミュニケーションできませんでした。
普通の子と違うドナは、実の母には疎まれ、虐待も受けます。

 自分の気持ちを人に伝えようとする「ことば」もあった。
 だが、どれもとても微妙なものだったので、気づいてもらえないことが多かった。
 さもなければ、またあの「おかしなドナ」が変なことをしていると思われるだけで、終わってしまうのだった。

幼いドナは、自分より少し年上の少女キャロルに、公園で出会います。
キャロルはドナを自分の家に誘いました。
その家には、ドナの厳しい母親とは違うやさしいキャロルの母がいました。
キャロルの母は、ドナにもとてもやさしく接してくれて、三人は笑い合いました。

他の人が笑っていると、ドナは考えます。

 皆、あなたのことを笑っているのではなくて、あなたと一緒に笑っているのだと言ったものだ。
 だが、わたし自身は笑ってはいなかった。
 だから、わたしは相手の真似をして笑うようにした。
 そうすれば、本当に彼らの言っているとおりになる。
 わたしのぎこちない笑い方に、彼らはまた笑う。
 一緒にわたしも笑う。
 すると、皆はわたしも楽しんでいるんだと思い、わたしのことを楽しい人間だと思うのだ。
 ここから学んだものは、後にわたしの人生におおいに役立つこととなる。
 わたしは自分の行動が人の次の行動のきっかけを作り、それによって自分もその場に入っていけると知った。
 つまり、演技することを覚えたのだ。


キャロルとは一度会ったきり、公園で待っても二度と会うことはありませんでした。
ドナは、自分自身の中に、誰にでも好かれる「キャロル」をつくりあげます。
キャロルだったらどうするだろうかと考え、コミュニケーションを学びます。

 「キャロル」は人に好かれるすべてのことを備えていた。明るい顔で笑い、たくさんの友だちがいて、いろいろなおみやげを持って帰ってくる。
 「キャロル」は比較的普通にふるまう。これにはわたしの母も、おおいに喜んだ。キャロルなら、いつもにこにこして、社交的で、よく笑って、踊るのがとても上手なのだ。
 こうしてわたしがすっかり「キャロルになっていた」間、ドナはわたしの中から姿を消していた。


キャロルになることで、かろうじて人とのコミュニケーションが可能になりましたが、「ドナ」というアイデンティティを失います。
ドナが自分自身を取り戻す闘いは、実のところ、この本を書きあげるまで続いたのかもしれません。




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自己開示の充実感。 

あなたが決めたプレゼン相手が、本当にあなたのプレゼン相手としての役割を果たしてくれるようになれば、しめたものです。
あなたの内面までさらけ出したものを、きちんと受け止めてくれるような関係を築くことができれば、最高です。

その方は、「強み体験エッセイ」を読んでくれるだけでなく、
そのうち、きっとあなたのさまざまな自己表現につきあってくれるようになるでしょう。
あなたの相談相手であり、あなたのよき理解者になることでしょう。

人間関係がうまく形成されているとき、ある法則が働きます。

こちらが自己開示したのと同等の自己開示を、相手も自分にしてくる。

この法則通りなら、あなたが自分の文章修行のために、一方的に自己開示していたつもりでも、
いつの間にか、プレゼン相手の内面について、あなたも知っているという関係ができあがっています。

そういう関係ができあがりつつあるなら、この関係を大いに活用してみましょう。

相手は、自分の鏡である。

あなたが自己開示したものは、相手の上に映し出されます。
あなたの「強み体験エッセイ」を読んだ人が読み取ったものをあなたにフィードバックしてくれます。
相手が映し出してくれるものを見ることで、あなたは自分が開示したものを正確に知ることができます。

自己開示には、爽快感、充実感があります。

ありのままの自分を、表現し、相手がそのままのあなたを受けとめてくれたときには、
互いに心が通じ合ったことを確認し、カタルシスのような快感を感じるのではないでしょうか。

もし、爽快感ではなく、不快感や苦痛を感じてしまうとしたら、
それは、まだ開示するには早すぎる内容だったのかもしれません。
あわてすぎず、じっくりと、プレゼンに相手に自己開示していきましょう。

プレゼン相手に自己開示する。 

あなたが見つけたプレゼン相手は、今後、あなたが文章を書く際のさまざまな問題の相談相手になります。(と、あなたが勝手に決めてしまいます)

「お願いします。私のプレゼン相手になってください!」というプロポーズは、もしかすると、相手をたじろがせるかもしれません。
「私の有能な編集さんになってください」
そうお願いしたら、
「とても、とても、私の能力ではそんなことは無理です」
と、逃げられてしまうでしょう。

相手が身構えてしまうような、正式なお願いをしなくてもいいのです。
あなたの一方的な思い込みで全然かまいません。
一度、あなたの「強み体験エッセイ」を読んでくれた人は、
「また書いてみたんだけど、また読んでくれませんか?」
というあなたのお願いに、「ノー」ということはありません。

プレゼン相手には、正直にあなたが考えていること、大切にしている思い、
信条や信念なども包み隠さず話せるようになることが理想です。


徐々に、その人とあなたの間に濃密な関係を築いていってください。
少しずつ図々しくなって、あなた自身のことをプレゼン相手に「自己開示」していってください。

「少しずつ」というとことが、重要なポイントです。
あまり急いで、その関係を作ろうとすると、いままであなたのプレゼンを興味深く聞いていてくれた人が、
ヒューッと退いていってしまうことがあります。

「そんな重い話は聞きたくない」とか「そこまでプライベートに踏み込みたくない」とか、
できれば触れたくない部分に、抵触してしまったのですね。
そうなってしまったら、もっと軽い関係からやりなおしです。
くれぐれも、急ぎすぎず、関係を作りあげましょう。

前向きな「死」。『モリー先生との火曜日』ミッチ・アルボム <自伝・自分史・その周辺63> 

大学に入学し、取ろうか取るまいか迷いながら、ある少人数クラスに出席したミッチに、モリー教授は出席簿を見ながら声をかけます。
 「ミッチのほうが好きかい?それともミッチェルでいいのかな?」
 ミッチです。友だちはみんなそう呼んでいます。
 「じゃあ、ミッチだ」と、まるでそれで手を打ったっていうような言い方をする。
 「ところで、ミッチ」
 はい?
 「そのうち、私のことを友だちと思ってくれるようになるといいな」

定年を数年後に控えた教授は、十代の青年に、無条件で人を愛する姿勢を見せつけます。
モリー教授とミッチは、担当教官と学生として、深い信頼関係と絆をつくりあげます。
ミッチは大人になりスポーツライターという多忙な生活の中で、すっかり忘れていたモリー教授に再会します。
たまたまチャンネルを合わせたニュース番組に登場したモリー教授は、ALSに罹り、余命わずか。
死の淵にあっても、病や肉親を失い苦しむ人たちの相談にのり、生きるメッセージを送る人として、取材を受けていました。

そのTVを見てから、モリー教授とミッチの個人授業がはじまります。
毎週火曜日、ミッチはボストンに住む教授を尋ね、彼の枕辺で「人生とはなにか」というテーマで濃密な対話をします。
その授業は、教授が死を迎えるまで、14回続きます。

モリー教授はALS。人の介助を必要としています。
週一回の授業を続けるうちにも、できないことが増えていきます。
「いちばん恐れていることは、おシリを自分で拭くことができなくなること」と、インタビューに答えていたモリー教授に、ついにそのときが訪れました。

人におシリを拭いてもらうことを体験し、教授は一つの悟りに達します。

 「他人頼りを楽しむことにしたのさ。今では誰かが横向きにねかせてくれたり、ただれないように尻にクリームをすりこんだりしてくれるときには、楽しいなと思う。
 額を拭いたり、脚をマッサージしてくれるときも、うれしくて、うれしくて。目をつぶって味わいつくすって感じさ」

介護されることは、「赤ん坊にもどるようなものだ」。
母親から無条件に愛され、無条件の心配りを受けていたのと同じ体験をできるなんて、素晴らしい。

モリー教授のように考えることができれば、人間は最後まで肯定的に生きていけるでしょう。
「老いの恐怖」についての授業では、こんな素敵な言葉もありました。

 「私自身の中にすべての年齢が交じり合っているんだよ。三歳の自分、五歳の自分。三十七歳の自分、五十歳の自分というように、そのすべてを経験して、どんなものだかよくわかっている。子どもであるのが適当な場合には、喜んで子どもになるし、思慮深い老人であるのがいい場合には、喜んでそうなる。何にだってなれるんだ! 私は、今のこの年までのどんな年齢でもある。わかるかい?」
 ぼくはうなずいた。
 「今の君の年代を羨ましがってなんていられないよ。 前に自分がそうだったんだから」



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文章の「曖昧さ」を乗り越える。 

プレゼンを経験すると文章力がアップする二つ目の理由は、表現の「曖昧さ」に関係しています。

「自分史」という文章表現では、書かれていることをいちばんよく理解しているのは、それを書いた本人です。
頭の中にある記憶は、文章にしてアウトプットすることで、紙(もしくはブラウザ)に定着されます。
それを読み返すことは、表現の曖昧さやわかりにくさをチェックすることに他なりません。
でも、その曖昧さを、「文章のキズ」として認識できるようになるには、書き手にも、それなりの力量が求められます。
ある程度の力量が備わっていないと、表現の曖昧さを「文章のキズ」と捉えることができず、自分の頭の中の記憶で、曖昧さを補完してしまうのです。

「この人、自分一人でわかった気になっているな」
と感じる文章に出会ったことがありませんか。
有名な作家の方が書いたものを読んでいても、ときどきそういう文章に出会うことがあります。
有名な方が書いた文章で、読んで理解できない内容にぶつかると、「これって知っているのが常識なのか? わからない自分が悪いのか?」と一瞬困惑してしまいます。
でも、やはり、どんな大作家でも、自分だけが知っていることを書くときには、読む相手に対する配慮が必要です。
相手に伝わらないのは、書いた人の責任です。

プレゼンの相手を意識して書くことで、曖昧さを排除した文章が書けるようになります。

あなたが書いた文章を、読んでくれる人がいる。
その人に、わかりやすく、なじみやすく、共感を得られるように書く。

そうやって書いた文章を読んでくれた人は、理解できないことがあれば、
「これはどういう意味なの?」
「本当に、そんなことがあったの?」
「この出来事は、いつあったことなの?」
「この人とその人は同じ人なの?」
「そのとき、まだ学生だったの?」

文章により正確さを求めて、さまざまな疑問をぶつけてくれるでしょう。
伝わらなかったそれらの曖昧さは、あなたの頭の中の記憶で、補完してしまっていた内容だったということに、質問されて、あなたは、ハタと気づくはずです。

自分では気がつかない。気がつくことができない「曖昧さ」に、しっかり気づかせてくれるのが、プレゼン相手の目なのです。
他人の目ですが、これを手に入れることは、作家が有能な編集者を専属に持つようなものだと思います。
あなたがアウトプットした文章に、正確なフィードバックをくれる「プレゼン相手」、ほしいですよね。
いないなら、見つけましょう。

人は、自分にはウソをつく。 

人を前にして、「プレゼン」というセレモニーを経験することで、文章力はアップします。

なぜ、プレゼンをすると、文章力がアップするのでしょう?
その理由は二つあると思います。

自分史では、「書くこと」、そのものが自己表現です。
自己表現とは、内なる自分を表にさらけ出すことです。
そこに、ウソの表現は存在できません。
本当の自分をありのままに広げて見せなければなりません。

しかし、人間って、結構自分にはウソをついてしまうものなのですね。
正直に自己表現しようとしても、自分だけが読むことを想定して書いた文章だと、人に読んでもらうために書いた文章よりも、ウソが交じってしまうのです。
本当の自分を表現することが、自分を知る自分が読むだけだと思うと、逆にむずかしくなるのかもしれません。

「本当の自分」として表現した自分が、すごく虚勢を張ったものだったり、無理にカッコウをつけたものだったり。
ほんの少しだけ、本来の自分よりよく見せたいと思ってしまうようです。
「真相は自分が知っている」という安心感からでしょうか、罪のない脚色を自分に許してしまうことがあります。

ときおり、むかし書いた日記を読み返すと、なにやらやけにカッコウつけた文章で、自分のことが書いてあるのですが、「絶対こんなことはなかったはずだ」と断言できるようなことが書かれていることがあります。
真相を覚えているはずの自分の記憶が曖昧になり、「実は、本当はこうだったのだけれど……」という確信がなくなってしまうほど時間が経つと、そのウソをなんのために書いたのかもすでに思い出せなくなっています。

こんなときに、自分だけが読む文章の限界を感じてしまいます。
やはり、本当の自分をさらけ出すには、他の人の目を通すことを意識しなければならないようです。

父と子の八年間。『子どものことを子どもにきく』杉山亮 <自伝・自分史・その周辺62> 

この本を読みはじめた途端、「しまった!」と思いました。
多くの人が、私と同じ思いを抱いたことでしょう。
心の奥にあるものを、もう開けっ広げに見せてくれなくなった子どもを持つ親は、「なんで、自分も、これ、やらなかっただろう」。
誰でもくやしがると思います。

杉山さんは、息子の隆くんが三歳のときに、家の近所の喫茶店に連れだします。
いつもは二つ年上の姉といっしょなのに、少々不安げな隆くん。
八年に及ぶ隆くんへのインタビューの、記念すべき第一回目でした。こんなインタビューです。

あきら 隆さー、字が読めなくて困らない?
たかし うん。
あきら 看板なんか見て、なんて書いてあるのかなーって、考えることない?
たかし ある。でも、「なぞなぞ工房(杉山さんがやっている手づくりおもちゃの工房のこと)」っていうのはさ、読めるよ。
あきら (笑)いつも見てるもんな。
たかし (笑)うん。
あきら それでもやっていけるんだ。


45分テープをまるまる1本使ったインタビューを終えて、杉山さんの感想です。

 それにしてもこのインタビューの冒頭のシーンは破壊力がある。
 ここがどこかわからなくて、今がいつかわからなくて、壁に書いてある字が読めなかったら、大人ならパニックだろう。
 ところが隆は、その状況下でもニコニコしていられるのだ。


杉山さんは、隆くんの無垢の強靭さに感嘆します。
と同時に、「隆」というオリジナルな存在が、いずれ失われてしまうことを考えずにはいられません。

 あと数年もすれば、隆の口のきき方もぼくたち大人のそれに近いところになってくるだろう。
 隆はあるものを獲得する分、あるものを失うだろう。

小学校に上がる前の隆くんは、最高にかっこいい少年です。
5歳のインタビューでは、幕張メッセで行われたおもちゃショーで迷子になったことを語ります。
「迷子になったら駐車場で会おう」と父に言われていた隆くんは、駐車場で自分の家の車を探します。
父は、その約束をすっかり忘れてしまっていました。
隆くんが泣いたら、迷子センターに連れて行かれるはずなので、呼び出しがかからないということは、自分が迷子だということに気づかず、夢中で遊んでいるのだと思い込んでいました。
そのために、会えないまま2時間。
迷子のとき、どんな気持ちだったかを尋ねます。

あきら 泣けばまわりの大人とか係の人が「迷子センター」に連れていってくれるし、そしたら名前を放送してもらえるからわかると思って、放送があるたび耳をすましていたんだけど、いつも違っていたの。
たかし 泣いている場合じゃないと思った。(きっぱり。)それに、おとうさんは前に「泣いたってしょうがないだろう」ってぼくに言ったよ。

 ぼくの方にしてみれば、ぼくの考えていた隆像より実際に隆の方がずっと自立していたのにそれに気づかなかったのが、再び会うのに二時間もかかってしまった原因だろう。

毎年一回、八年間に及ぶインタビューで、杉山さんは隆くんの成長を確実に記録することができました。
読み終えて、「これ、やりたかったなあ」と、親たる人は必ず思うことでしょう。



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プレゼンは、はずかしい。 

プレゼン相手を決めたら、手始めに、あなたの「強み体験エッセイ」から、プレゼンしてみましょう。

プレゼンの仕方に決まり事はありません。
いつ、どういう状況でその出来事があり、それを解決するために、自分がどう行動したかのあらましを最初に話してもいいかもしれません。

あるいは、その出来事の流れをいくつかのキーワードを紙に書いて見せてみるというやり方もあります。
要は、あなたの「強み体験エッセイ」をインパクト強く伝え、もっとも深く理解してもらうことです。
あなたの思いがどうすれば伝わるかを考えてみてください。

「強み体験エッセイ」を読んでもらう前に、あらかじめ、その文章であなたが重要だと考えていることをプレゼン相手に知っておいてもらうことが大切です。
その文章の主旨、概要を理解した上で、あなたの「強み体験エッセイ」読んでもらいましょう。


まず、ここでお断りしておかなければならないことがあります。

プレゼンは、ものすごくはずかしい。

いま、あなたがプレゼンしようとしていることは、あなたの人生で、「やった!」と思った成功体験です。
それを、「実は、二、三年前のことだけど、こんなことがあったんだよ」と話をすることに、あまりはずかしさは感じないと思います。
まあ、いくぶん自慢話っぽいことになりそうなので、そういうのが嫌な人は話をするにも多少のプレッシャーがあるかもしれません。
でも、だいたいは、話をするだけなら、平気でできるのではないでしょうか。

ところが、「プレゼンする」という行為になった途端、ものすごくはずかしさを感じるでしょう。

相手があなたの書いた文章を読み終わるのを待ちながら、その紙を引ったくって破ってしまいたい衝動に駆られるかもしれません。
動悸が早くなって、いつの間にか顔が真っ赤になっているかもしれません。

小説家にせよ、コピーライターにせよ、文章を書くことを仕事にしている人間は、必ずこの「はずかしさ」を経験します。
「プロの物書きではないのに、なぜそんなはずかしさを味わわなければならないのか」
という疑問がありますね。
ごもっともです。

でも、物書きとしてプロか、アマかに関わらず、プレゼンを経験すればするほど、文章は上達します。
間違いなく、そう断言できます。

最高のプレゼン相手を決める。 


プレゼンする相手は、誰でもいいというわけではありません。
あなたのやろうとしていることにあまり関心がなく、「どうでもいいよ」というスタンスの人では、内容に興味を持って評価してくれないかもしれません。
でも、あなたへの評価がつねに厳しい人を選んでしまうと、コテンパンにこき下ろされて、やる気を失ってしまうかもしれません。
あるいは、それとは逆に、あなたのやることならなんでもOK、無条件に賛成してくれる人では、有効なフィードバックが得られないかもしれません。

「この人だったら、ちょうどいい」
辛すぎず、甘すぎず、ほどほどの距離感が持てて、正直な思いをさらけ出して、率直に会話できると思える人を見つけてください。

そして、その人がフィードバックしてくれることだったら、納得できて、素直に受け入れることができそうな相手なら申し分ありません。

書いてみて、自分でも相当ハードルが高いことを言っているような気がしてきました。
私には、仕事柄、何人か思いつくプレゼン相手がいますが、普通では適任の人を見つけることはなかなか難しいのかもしれません。

あなたが書く文章をきちんと評価してくれるということまで期待するのが無理だとしても、ひとまず、「あなたが伝えようとしていることを理解し、共感してくれるだろう」というあたりで、十分条件としましょう。
そういう人なら、誰か思い浮かびませんか?

友人でもいいし、親でもいい。
はたまた会社の同僚でも、配偶者でも、恋人でもかまいません。

もし、いきなり一人に決め込むことに不安があるなら、まず、その人にあなたのプレゼンを聞いてくれるかどうか、確かめてみるのがいいでしょう。
「あなたがやろうとしていることは、どういうことか」「なぜ、その人にプレゼン相手をお願いしたいのか」「その人にどういうことを期待しているのか」
それらを率直に話してみて、「いいよ」という答えが返ってきたら大成功。
その人が、あなたの最高のプレゼン相手になり、これからあなたが書く「自分史」の頼りになる相談相手になります。

母と娘の十年。『逝かない身体 ALS的日常を生きる』川口有美子 <自伝・自分史・その周辺62> 

ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気について、最近思いがけず見聞することがありました。
アメリカ海兵隊の徳之島への移転問題でのニュース映像でした。
徳之島で強い影響力を持つ、元衆議院議員の徳田虎雄を、鳩山首相が訪ねたときのこと。
そこに映し出されたのは、ALSの患者である徳田氏でした。
徳田氏は、五十音が書かれた透明の文字盤の文字に一つずつ視線を動かし、移転反対のメッセージを伝えていました。
ALS患者のコミュニケーションがどれほど困難を極めるものなのか、その短いニュース映像の中に、垣間見ることができました。

川口有美子さんの母上は1995年、59歳の年にALSを発症します。
ALSは、身体の麻痺が徐々に進行し、動かなくなり、呼吸困難に陥る神経性の難病です。
この難病を生き抜くためには呼吸器の装着が必要になります。
母には生きて欲しい。しかし、呼吸器を装着することは、家族がつねに側にいて介護する体制が不可欠です。
有美子さんは、ロンドンに海外赴任の夫と別れ、二人の子供を連れて、日本に帰ることを選択します。
この選択は、母と同じ年くらいのイギリス人の友人には非難されます。

 「あなたのお母さんはあなたの世話になるよりは、きっと死を選びたいでしょう」
 「そうかしら?私はそれはありえないと思うけど……」
 「あなた。自分がお母さんの立場だったら、と考えたことはないの?」

友人のこの言葉の真意は、そのときの有美子さんには理解できないものでした。でも、その後の十年に及ぶ介護を経て、いまはわかると言います。

 一人暮らしの母親の末期にはヨーロッパもアジアもない。
 世界中の老母の望みは愛する娘に決して迷惑をかけないこと、美しくない姿を見せないことだ。
 そのためなら一人で静かに逝くのが望ましい。
 しかし、母親を大事に思う娘にとれば、そのような母親の覚悟こそが間違っている。
 「命がいちばん大事」と何度も念を押されて育てられたのに。
 ALSに罹ったとたん「自分は別」では矛盾が生じてしまうではないか。

一つずつ動かない部分が生じ、一つずつできないことが増えていく。毎日一つずつ絶望を積み上げていく行程です。
目を動かして文字盤を追うことができなくなった母上には、もう思いを伝える手段がありません。
知的な障害はまったくないのに、身体が機能しないためにコミュニケーションできない。その苦しみは、他人には計り知れません。

「闘病」は、読む側も辛い、正しくすさまじい闘いでしたが、母上を看取ったあとに、有美子さんに訪れた穏やかな心境に、少し救われた気がします。





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