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「書くこと」は、質より量。 

私が提案する「アクティブ自分史」では、文章を上手に書くための方法論をあまり重視していません。
もちろん、最低限わかりやすく、人に伝わる文章にするために、どう書けばいいのかという課題はあります。
「てにをは」や、文法、ことば選びなど、いちばん基本的なところは押さえたいです。
でも、名文や美文を書く修業のために時間を費やす必要はないと思っています。
書きたいことが決まっていて、それをしっかり人に伝えようという意志があれば、コミュニケーションの手段としての、文章の機能は果たせます。
確実に読み手に伝わる文章が書ければ、それに続いて、「上手な文章」があとを追いかけてきます。

それより、なにより大切なことは、文章をたくさん書くことに慣れることです。

「書きたい、書きたい」と、気持ちだけあっても、実際に書いていない人には、書きグセがついていません。
いざ、書こうとしても、ペンが動かない。キーボードが打てない。

料理の素材「テーマ」があるのに、実際に作った経験がないと、それをどう料理すればいいのかわかりません。
どう作ればいいのかわからず、材料のまま、ゴロンと食卓に出してしまうかもしれません。
作り方がわからないまま、適当に作って、最初考えていた料理と似ても似つかないものになってしまうかもしれません。
あるいは、作り方に迷っているうちに、気持ちだけ焦って手が動かず、材料をにらんだまま、腐らせてしまうかもしれません。

そうならないために、料理ならとにかく毎日作り続けますよね。
最初は下手で食べるのがやっとの料理でも、毎日作っているうちに少しずつ上手に作れるようになります。

文章も同じです。
下手でも毎日書き続けることが大切。
書き続けてさえいれあ、「書くことが面倒だ」とか、「億劫で、書きたくない」とか感じる気持ちがなくなります。

「書こう」と思ったときに、すぐスラスラと書き出せる。
この立ち上がりのよさこそ、文章量を克服する第一段階です。
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青春を語り倒せ。『お前の1960年代を、死ぬ前にしゃべっとけ』加納明弘x加納健太<自伝・自分史・その周辺81> 

 肺がんで死にかけている
 団塊元東大全共闘頑固親父を
 団塊ジュニア・ハゲタカファンド勤務の
 息子がとことん聞き倒す!

長い副題がついた対談です。
かつて活動家であった父に、息子が腹を割ったインタビューをする。
話の中心は、大学生時代の父が、学生運動をしながら、考えたこと、憤ったこと、嘆いたこと……。しつこいほど語り倒されます。
家族なんだから、「まあ、そのくらいでいいじゃん」という妥協がまったくないところが、なんとも小気味よい一冊になっています。

とにかく、しつこく微に入り細に入り書かれています。
歴史観の枠組みの中に、明弘氏が関わってきた自分史が実存体験としてマッピングされていることがわかります。

団塊世代である明弘氏の体験は、私が「子供の頃、ニュース映像で見たアレ」を、カメラグーッとズームアップしていって、すごい接写にして見せてくれる、そんな感じです。
この時代の活動家の青年たちの多くは、大企業に就職し、役職に就き、経済の担い手という役割を果たしながら、大学の四年間がなかったことのように、口をつぐんでいます。
それを思うと、明弘氏の自己開示、時代回顧は、私にとっては本当にありがたい非公式資料です。

「ある野心とその敗退」と題して、大学の1年下で、とんでもなく優秀だった在日韓国人L君のことを語っています。
L君の父上は、民団の有力者で経済力もある人でした。

 親父 L君は、韓国人として、堂々と韓国の外務省に就職しようと考えたの。
 韓国の外務省に就職して、韓国のキャリア外交官になって、在日韓国人出身の初の駐日韓国人大使になろうという野心を抱いたの。
 これは、俺、すごいことだと思うのね。
 息子 立派な野心だね。


L君は、東大を卒業し、ソウル大学の大学院を卒業し、将来を嘱望されていました。ところが、当時の朴政権と繋がりがあった父上が事業に失敗すると、手のひらを返したような扱いを受け、外務省の試験も受けさせてもらえませんでした。
そのとき、韓国本国の人に言われたのが、「おまえはパンチョッパリだから」という言葉です。
「チョッパリ」とは、豚の足のこと。足先が分かれた豚の足のように、下駄や足袋をはく日本人の蔑称だそうです。
「パン」は半分。

 親父 パンチョッパリは半分日本人って意味。つまり、韓国本国人から見た在日韓国人や、彼らと日本人との間に生まれたその子供たちに対する悪罵の言葉なわけだよ。
 「お前みたいなパンチョッパリに我が祖国の大切な外交をまかせられるはずがない」って、蔑まれたんだとL君は受けとめた。
 息子 差別なんだな。日本でも、韓国でも。

能力や才能と関係なく、国と国との間で翻弄される人間。
L君の憤りや無念をきちんと語ることができる友人がいることが、せめてもの救いであったと思います。

ところで、誰も語らなかったあの時代を語り倒して逝くはずだった明弘氏は、代替医療が功を奏して、いまだご健在の様子。
もっと語っていただきたいと思います。




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年内に「十年後の自分像」を作る。 

「明日のこともわからないのに、十年後のことなんてわからないよ」

そう思っている方もいますよね。
上手く右肩上がりの上昇線を描いていた人生グラフが、明日急下降するかもしれません。
順調にキャリアアップしていたはずなのに、来年には会社がなくなっているかもしれません。
遠くに見えていた十年後のゴールへの道が、ぷっつり断裂してしまうことがあるかもしれません。

でも、来年あなたの人生に大異変が訪れても、十年後にはなんとかリカバリーできるとも言えるでしょう。
一時的に、むずかしい局面に直面して、落ち込んでも、十年間ずっと落ち込み続けるわけはありません。
落ち込んだ状況から浮かび上がる努力を毎日続けていけば、そのうち再び上昇カーブに転じることができるでしょう。
そのためには、未来の指標となる「十年後の自分像」を確かなものにしておきたいのです。

なにか行動しなければいけないと思ってはみても、思考がまとまらず、なにから手をつければよいか全然わからなくなってしまうことがあります。
未来から現在のあなたに向けて、道標となる光が指してきていたら、それに向かって進んでいけばいいのです。

つまり、こんな時代だからこそ、「十年後の自分像」をしっかり持っていよう。

これから、年末。
12月の一ヶ月間を「十年後の自分像」をしっかり考える期間にしてください。
本当になりたい自分をしっかり考えて、来年からの十年間、揺るぎない確信としてあなたを支える指標を作ってください。
そして、2011年幕開けから、新しい十年をはじめてください。


書くことで、実現する自分像。 

「書いているだけで、思い描いた十年後の自分像になれるなんて、そんな調子のいいことが実現するわけない」

そう思う人は、きっと残念ながらなれません。
でも、なれる人は必ずなれます。
心理学でいうところのモデリングの実践をするからです。

「モデリング」とは、自分の憧れの人物を見て、その行動や思考を真似してみることで、その行動パターンや思考パターンを身に付け、自分のものにしていく。
いいと思ったところを吸収し、自分の思考や行動を修正し、憧れの人に近づいて
いくというものです。

心理学以外の分野にもモデリングがあります。
スポーツや武道の世界でも、一般的に行われていることですよね。
完璧なフォームや理想の動きなど、モデルの優位性が実際に目で見てわかるスポーツの世界では、効果を発揮しやすいと思います。
モデルの型を一つ一つ真似ながら、できなかったことがだんだんできるようになっていけば、確実にスキルがアップしています。
少しずつ、モデルのレベルに近づいていくことができます。

「十年後の自分像」を描くときも、実在の人物で優れたモデルが身近にいる場合は、その人をモデルにすることができます。
でも、そのまま十年後の自分像のモデルになってもらえる人はまずいませんね。
いたとしても、そのままのコピーになってしまうのでは、「十年後の自分像」を作る意味がありません。
自分で思い描いた「十年後の自分像」が、本当にあなたがなりたい「モデル」なのでしょう。

そのモデルに近づくために、十年後の自分はどんなふうに思考し、どんなふうに行動するだろうかという視点を持つ。
「書くこと」は自己表現に他なりませんから、十年後の自分の視点で書いていくことで、モデルに近づいていくことになるのです。

書店の最期を看取る。『傷だらけの店長 それでもやらねばならない』伊達雅彦 <自伝・自分史・その周辺79> 

ついさっき、朝日新聞で、ある企業広告を目にしました。

  本屋のない町で
  私たちは幸せだろうか?

  宝島社は電子書籍に反対です。

私がいままさに読んでいる本が呼び寄せたかのような符合に、軽い驚きがありました。

出版業界がいま、悲鳴を上げている。
それ以上に、小さな本屋が断末魔の苦しみを味わっている。
さらに、店長は、夜も眠れない日々を強いられている。

音楽メディアは、あっさりとI tune ストアに白旗をあげてしまいました。
CDショップの最大手がどんどん店じまいをしています。
私たちは、CDのパッケージが好きなわけではなくて、CDの中身が好きなのでしょう。
CDショップの撤退も、それなら、致し方ない。

でも、いまだに、「本」そのものが好きな人はたくさんいます。
かくいう私もその一人なので、店長伊達さんの呻き声のように、書店の現実を知らされると、胸が痛みました。

「使えない」
と題された一文。
インターネットでたまたま見つけたブログの記事に、伊達さんの店の実名入りで、「あの本屋は使えない」と書かれていました。
どんな経緯があったかまでは書かれていなくて、伊達さんは落ち込んでしまいます。
でも、しばらくして「使えない」の意味を実感します。
ある日、売れ行きランキングにも入り、そろそろ売れそうな本を、仕入れ担当者が返品しようとしていました。
この書店では、売場によって担当者の責任で発注・返品をするのだそうです。

「これから売れそうだよ」という伊達さんの意見に、

「それって、『ランキング依存』ですよね。僕はランキングに左右されるのは好きじゃないんですよね」

「ランキング依存じゃない。『ランキング参照』だ。
ランキングは客のニーズの一面なのだから、参考にはすべきだ。君の好きな本だけ置いたり、来る本を流れ作業的に置いたり返したりするのはただの「作業」だろ。考えながらやるのが「仕事」だよ。俺は「仕事」で君にこれを返すな。と言っているんだ」


「それなら店長の分野に置いてください。僕の方ではいりません」

伊達さんは、自分の担当コーナーである新刊書の台にその本を置きました。
数日して、その本が売れはじめ、客から次々問い合せが入ります。
でも、返品した後で、在庫がありません。

「ああ、ないならいいや。よそで買う」

「使えない」って、こういうことなのでした。

伊達さんの書店は、近所に全国チェーンの大型店舗が進出してきて、最後は矢尽き、刀折れ、閉店に追い込まれました。
いま、日本のあちこちで、こういう出来事が起こっているに違いない。
本は、書店は、出版は、どこへ行くのでしょうか?



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十年後の自分像を脳に刷り込む。 

「最初の一年目になすべきこと」

それが、いま現在のあなたのテーマになります。

たとえ、過去のことについて書く場合も、テーマは未来を向いている。
十年後の視点から、現在の目を通して過去について書く。

そういう書き方をしてほしいのです。

「過去のことを現在の視点ではなくて、十年後の視点から書く? 意味わからん」
そうおっしゃらないで。
その理由は、こういうことです。

現在の自分がいま、こうしてあるのは、過去の自分が考え、行動してきたことの集積ですよね。
過去のいろいろな時点で、いろいろな行動をするかしないか、それらの行動の原因と結果が連関していって、いま、ここにこうしてあなたがいる。
過去の選択と一つでも異なる行動を取っていたら、いまのあなたとは違った人になっているはずです。

だとしたら、十年後の未来、理想の自分像となったあなたの視点で自分史を書いていけば、十年後、あなたは理想の自分像になっているはずです。

つまり、自分史を書くことで、十年後の自分像を、あなたの脳に刷り込んでしまうのです。

十年後、なっているはずのあなた。
成功した青年社長。
売れっ子の小説家。
実力ある起業コンサルタント。
シニアプロゴルファー。
大学教授。
料理研究家。

なんでもOKです。
十年後のあなたになって、自分史を書いていくうちに、あなたの脳には、その人のものの考え方、その人の感情の動き、その人の行動パターンが刷り込まれます。
自分史を書き続けるうちに、あなたはその人になっています。

十年後の自分像へ至る道筋。 

「十年後の自分像」を実現するために、自分史のテーマを決める。

従来型の自分史の書き方とは正反対のやり方で書くのが「アクティブ自分史」です。
たとえば、あなたが十年後、「起業を果たし、業界でトップに立っている」という自分像を描いたとします。
それをただの夢に終わらせるか、十年後のリアルにするかは、あなた次第です。
いま現在のあなたが、どれだけ鮮明に十年後の自分像を描けるかにかかっています。

仕事だけではなく、家庭生活にも、趣味にも社会活動にも、十年後、あなたはどんなふうに取り組んでいるのか。
どんなふうに生きることに情熱を注いでいるか。
どんなふうに家族や他の人々と関係を結んでいるのか。
そのとき、あなたはどんな体型で、どんな顔をしているのか。

いろいろな側面から考えていってください。
「起業」といっても、仕事と経済面のことだけ考えていては、薄っぺらな自分像になってしまいます。
公私ともに充実し、意欲的に生きているためには、家庭生活も人間関係もないがしろにはできないでしょう。

立体的な肉付けができて、十年後のあなたが実像として見えれば、その自分像に繋がる道筋もしっかり見えてくはずです。

「この道を行けば、十年後、自分はこうなっているはずだ」

その道が、東西南北、どの方向に向かっているのか、それがわかるはずです。

十年間の道筋が見えたら、テーマが決まります。
とはいえ、いまはまだ一年目。
十年後のゴールは、はるか彼方です。
十年目のゴールのために、一年目に掲げるべきは、一年目のあなたが、一年間で達成すべきことです。
この時点で、起業のためのオフィス探しに労力を費やしても無駄になります。

「一年間のテーマ」は、「知識と実践を積んで、十年後に備える」というような、十年後に向けた基礎造りの内容になるのではないでしょうか。

人生の休み時間。『陽だまりの時間』大平光代 <自伝・自分史・その周辺78> 

いじめ、非行、極道の妻、離婚、司法試験合格、弁護士、大阪市助役、再婚、ダウン症の娘……。

大平光代さんを物語るキーワードを順番に並べていくだけで、その希有な人生の厳しさが偲ばれます。
「波乱万丈」という四字熟語で片づけるにはあまりにも目まぐるしく半生を送ってきた大平さんが、現在の暮らしを物静かに語るエッセイ集です。
気負ってページを開いた読者が腰砕けになるような、平穏すぎる日常が淡々と書き記されています。
カリスマ主婦のおしゃれなスタイルブックかと思うようなタイトルに出会い、ちょっと拍子抜けしてしまうこともありました。

でも、こんな文章に出会うと、なるほど、大平さんなんだなと思います。

 私は一四歳のとき、河原で自殺しようとしました。
 運良く助けられて未遂に終わりましたが、それもまた、「死ぬのはまだ早い。今がおまえの天命ではない」ということだったのでしょう。
 ただ、私はほんとうに死ぬつもりでしたから、助けられたあとは、いつも心のどこかで、「自分はあのとき死んだんだ」と思い続けてきました。
 それは弁護士になってからも変わりませんでした。心から信頼できるパートナーを得て、結婚し、悠(はるか)という子どもに恵まれて毎日が幸せだと実感している今でさえも、その思いが払拭できたわけではありません。


これまでのすべての経験が、大平さんの人生観と死生観を形づくっているのでしょう。
いま、彼女がもっとも気にかけているのは、長女はるかちゃんの成長であり、彼女に寄り添い、細やかなコミュニケーションを大切にすること。

四季折々の自然が美しい山あいの小さな町から、現在も大平さんは、貧困や虐待や教育について、ストレートに発言します。
必ずしも社会の一線から退いて、隠遁者のような暮らしを続けていくわけではないのでしょう。
こういう生き方もあるのかと共感できました。





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十年後の自分像から、テーマを決める。 

十年後の自分像は、できるだけ具体的に思い描きたいと思います。
十年後のあなたが、どんなふうに仕事に取り組み、どんな充実した毎日を送っているのか。
家族とどんな表情で家族と語り合い、どんな絆を持っているのか。
立体的な肉付けをして、まさにそうなっている自分像を思い描けるとよいと思います。
「いまの自分だったら、五年後はこの程度かな」という妥協の自分像にはしないでください。

「こんなの実現できっこない」
そう思うくらいでも大丈夫です。
最大限に仕事も私生活も上手くいき、どんどん事態が好転して、次から次へとやりたいことが実現していく。
そんな理想の未来が実現すると考えて、十年後の自分像を創ればよいのです。

十年後の自分像が具体的にできあがったら、今度は、その自分像からまっすぐ、いまの自分に向かって直線を引いてみてください。
十年後の自分像といまのあなたが繋がっているのです。
いま考えると、でき過ぎと思えるような自分像。ちょっと気恥ずかしいと思うかもしれません。
でも、十年後に、その自分像が実現するのです。
そこから逆算すると、これからの自分がどんな目標を持って、どんな生き方を選択していけばいいのか、わかってくるのではないでしょうか。

あなたが書くアクティブ自分史のテーマは、そのまま、あなたが「十年後の自分像」を実現するためのテーマになります。
そのテーマに基づいて、自分史の文章を書き続けていくことが、十年後の自分像を実現するためのパワーになっていきます。

十年後の自分像を描いてみる。 

昭和の自分史にあった「戦争」というテーマ。
それがない平成の自分史を書く私たちは、どんなふうにテーマ設定していけばいいのでしょうか。

もし、あなたが「ライフワーク」と呼べるような一生かけて達成するようなものがあるなら、他のことを考える必要はありません。
もちろん、それがテーマになるでしょう。

でも、まだライフワークは見つかっていない。
やりたいことがいっぱいで、一つに絞ることができない。
なにが、いちばん大切なのか、答えが出ていない。

そんな状況にあるなら、十年後を見据えて、テーマ探しをしてみましょう。
いまの自分は、ひとまず横に置いておいて、十年後、どうなっていたいかを思い描いてみることにしましょう。
ひとまず、こんな質問を自分自身にしてみてはどうでしょう。

十年後、あなたはどんな仕事をしているでしょうか?
 ・いまと同じ仕事を続けているのか。
・ どんなポジションを得ているのか。
・ どんな得意技を持っているのか。
・ どこで仕事をしているのか。
・ どんな人と仕事をしているのか。

十年後、どんな家族関係を持っているでしょうか?
・ 配偶者はどんな人なのか。
・ 子供は何人いるのか。
・ どんな生活をしているのか。
・ どんな家族になっているのか。
・ そのとき、親はどうなっているのか。

十年後、社会とどんな関わりを持っているのでしょうか?
・ 地域でどんな役割を担っているのか。
・ ボランティア活動をしているのか。
・ なにか社会に発信しているか。
・ 仕事以外に、どんな人脈を持っているか。

十年後、どんな自分の世界を創り上げているのでしょうか?
・ どんな趣味を持っているか。
・ どんな価値観を持って生きているのか。
・ もっとも大切にしているものはなにか。

他にも、いろいろな質問を自分にしていくと、「十年後の自分像」が、だんだんクリアになっていくことでしょう。

麹町駅に、こんなの貼ってあります。 

いま、地下鉄 麹町駅の番町口出口の改札の前に、↓こんなポスターが貼られています。

IMG_5367.jpg

左側のポスターですよ。

アップにすると、こんな感じです。
IMG_7829.jpg


これは、10月に番町小学校の6年生100数人を生徒にして行った、東京コピーライターズクラブ主催のイベント、
こども広告教室」で、子供たちがつくった番町小学校のポスターを、デザインしたものです。
(竹内は、講師役で参加しました)
18点のポスターを並べると、なかなか壮観です。

世界にたった一枚の、番町小学校と東京コピーライターズクラブのコラボポスターができあがりました。

掲出期間は、今週の木曜日までだと思います。
もし、地下鉄で麹町駅近辺にお立ち寄りの機会があれば、ぜひ立ち止まって、じっくりご覧ください。

美しい老人であるために。『老いの才覚』曾野綾子 <自伝・自分史・その周辺77> 

曾野さんの基準では、「老人」は年齢ではないのです。

 私が老化度をはかる目安としているのが、「くれない紙数」です。
 世間には、友だちが「してくれない」、配偶者が「してくれない」、娘や息子や兄弟や従兄弟が「してくれない」と始終口にしている人がいます。
「今度行くとき、私も連れてってくれない?」
「○○さんに伝えておいてくれない?」
「ついでに買ってきてくれない?」
 と、絶えず他人を当てにしている人もいます。
 私は密かに「くれない族」と呼んでいるのですが、どんなに若い人でも、「くれない」と言いだしたときが、その人の老化のはじまりです。


自分の身の回りのことが、たとえ上手くできなくても、少なくとも自分でやろうという意志を持つこと。
その気持ちも持たずに、「老人なんだから、やってもらってあたりまえ」と考えるようになったら、「それこそ、老人である」ということのようです。

私にも耳が痛い、苦言の数々がありました。
私は、とりあえずなんでも自分でやれます。
ただ、ついついやってしまうのは、年下の人たちと夜のレストランや居酒屋にはいったとき。薄暗い照明の下でメニューを見るには、メガネを取り出して、わざわざかけないと読めません。(暗いところでは、かけてもよく読めないときもあります)
そんなとき、ハナからメニューを見ようともせず、「なんか、おいしそうなもの選んで」
これから食べるものの選択権を放棄してしまうなあ。

「こういところ、ダメ老人だ、私」
これからは、自らメガネを出して、メニューをちゃんと見ようと反省しました。

 「老人であろうと、若者であろうと、原則はあくまで自立すること」

曾野さんの思いは、実に潔く、ストイックです。
「老年の仕事は孤独に耐えること」と、言い切ります。

 孤独は決して人によって、本質的に慰められるものではありません。たしかに友人や家族は心をかなり賑やかにしてはくれますが、ほんとうの孤独というものは、友にも親にも配偶者には救ってもらえない。
 人間は、別離でも病気でも死でも、一人で耐える他ないのです。


年取って、曾野さんのような生き方ができるのかどうか、自信はありません。
でも、「老人だから」という甘えはよす覚悟をしておこうと思います。




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平成の自分史のためのテーマ設定。 

アクティブ自分史は、自分史を過去を振り返るツールと位置づけていません。

繰り返しお伝えしていることですが、アクティブ自分史は、よりよい未来を手に入れるために書くものです。
書くことによって、自分自身をもっと深く知り、自分が持つ才能や資質をどうやって活かしていくかを考える手段です。

功なり名を遂げた人たちや、現役を引退し、悠々自適の暮らしをしている人生の大先輩が書く自叙伝や個人史とは、少し意味合いが異なります。
もちろん、年齢差別はしません。どんなにお年を召していらしても、「アクティブ自分史」の考え方に賛同していただける方に書いていただきたいと思います。

昭和の自分史には、「戦争」というあまりにも大きなテーマがありました。
戦争の記述なしには、どんな人の人生も語ることができないのが、昭和という時代でした。
別々の人が書いたすべての自分史が、「戦争」という共通言語の下に収れんされていたのが、昭和の自分史なのだと思います。
現在70歳以上の人たちは、他人の自分史を読んで、自分のことのように共感できるのできるのでしょう。

「そうか、私が疎開していたとき、この人は満州にいたのか」とか、
「私も大変だったけど、この方も、国民学校で苦労したんだわ」とか、
「お互い、生きて帰れたのが奇跡だ」とか、
他人の自分史に投影する共通体験があるのでしょう。

「幾千の昭和の自分史の集積が、一つの大きな昭和史になる」

色川大吉氏は、そう発想したのですね。

平成の私たちには、残念ながら、そういうメインテーマはありません。
だからこそ、テーマはまったく自由に設定できます。

色川大吉氏の「自分史」 

11月1日付けの朝日新聞に、「自分史」の提唱者である色川大吉氏の記事がありました。
自分史を提唱した理由について、氏はこう語っています。

 時代の構造や指導者像ばかりを追い、科学的で客観的な歴史一点張りの硬直した学会に対する反発がありました。歴史をつくったのは少数のエリートではない。無名の多くの民衆の力でつくられてきた。
 民衆とは、それぞれの自分の人生を担っている人々の集合体。一人ひとりの人間にウエートを置いた歴史を書かねばならない。
 個性を重視し、歴史を物語る主体は、その本人だということを明確にしようと、「自分史」を打ち出した。


1975年に、色川氏が最初に書いた自分史が『ある昭和史―自分史の試み』。

国が起した戦争に翻弄され、「個人」という生き方を蹂躙され続けることを由としない意志の表明であったのでしょう。
国の歴史だけを見ていると、そのなかにある人一人の歴史はあってなきがもののように扱われてしまいます。
しかし、その歴史こそ、人が生きてきた証であり、個人の歴史の集積が国の歴史を形作っているのだという認識。

一個人といえど、あの無謀な戦争を招いた責任がある。
あの戦争の最中、自分はなにをしていたのか?

昭和の「自分史」は、歴史と個人との関係性を明らかにしていくという目的があったのでした。

色川大吉氏自ら、語られると非常に説得力があります。
たしかに、昭和を生きてきた人生の先輩たちが上梓した自分史のほとんどには、戦争の時代をどう生きたかが描かれていました。
戦争をほとんど覚えていないはずの年代の人も、戦後の時代に子供であったときに受けた戦争の残像を描いていました。
好むと好まざるとに関わらず、昭和の自分史のメインテーマは、戦争だったのです。

では、戦争とまったく関わりのなくなってしまった、この時代の私たちにとってのメインテーマはなんなのでしょう。

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