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2010年 今年もありがとうございました。 

「1日10分 1年で創る自分史」


今年1年、このブログに、ご訪問いただき、本当に感謝いたします。
「自分史」を、過去を振り返り懐かしむものとしてではなく、自分の未来を切り拓き、よりよいものにしていくための最強ツールにしようという趣旨でこのブログを書いています。
趣旨にご賛同いただければ幸いです。

このブログは、メルマガ「1日10分 1年で創る自分史」と連動しておりますが、毎週金曜日発行のメルマガ、さすがに12月31日はお休みさせていただきますので、このブログもしばらく更新がありません。

でも、もう一つのブログ「素敵な人に会いました」は、こちらのお休み中も随時更新しています。
もう一人の竹内好美も、どうぞ、よろしくお願いします。

では、皆さま、2011年が素敵な年になりますように!






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昭和の母子家庭から、スターへ。『カワサキ・キッド』東山紀之<自伝・自分史・その周辺84> 

「これって、自分史だなあ」と、思わず呟いてしまうような本に出会いました。

少年隊の東山紀之氏が、生い立ち、ジャニー喜多川氏との出会いから現在までを描いた『カワサキ・キッド』。

少年隊としてデビューしてからの出来事は、トーク番組で聞いたり、芸能ニュースで目にしたりで、なんとなく知っている印象があります。
ストイックなヒガシ像をこの本で再確認しました。

耳目に新しいのは、ジャニーさんにスカウトされるまでの小学生時代。
さらに、ジャニーズ事務所に入ってからもなかなか芸能界に入る踏ん切りが着かない中学生時代のことでしょう。
さまざまなエピソードがあります。

赤ん坊のとき、父の不注意によって足に大やけどを負ったこと。
酒乱の父の暴力から逃れて、ヒガシと三歳年下の妹を連れて母が離婚したこと。
母子家庭の負い目を感じながらも、母は理容師として働きづめに働き、ひと際厳しく息子を育てたこと。

川崎市のコリアンタウン近くのアパートに住んだ東山一家は、典型的な昭和の母子家庭です。

 近所に日本名を名乗り、焼き肉店を営む朝鮮人母子が暮らしており、僕より二つ上のおにいちゃんがいた。
 ある日、そのおにいちゃんと僕が喧嘩をして、僕が投げた石が向こうに当たったとかで、母がそのうちに謝りにいった。
 ところが、それがきっかけとなり、その一家とうちとは一気に仲良くなった。
 女手ひとつで子どもを育てる母親同士、話が合ったのだろう。
 親が仲良くなると、子供たちもすぐに仲良しになる。
 僕と妹が毎日、お宅にあがり込むと、おばちゃんはいつも店の豚足を食べさせてくれる。
 僕たちはそれにかぶりついた。貧しくてお腹をすかせていた僕たちは、あのころ、あの方たちがいなかったら、どうなっていただろうと思う。


ヒガシが語るエピソードの数々が、長じてグレて、極道になった男の少年時代だと言われても違和感ないもののように思えます。
なぜ、これを経験して、自堕落な大人にならずに、まったく逆に、ストイックでプライドの高い、現在のヒガシが構成されるのか、それが不思議に思えてなりません。

社会を恨み、金持ちを妬む。
そういう心の動きが自然でしょう。でも、ヒガシ少年は、それらネガティブなエネルギーをすべて、自律に向かわせるのです。
いまの東山紀之は、少年時代の選択によって、できあがっているのだなあと、納得させられました。



自分史の本棚
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いつでも、どこでも書く訓練。 

書くスキルは一人で磨ける。
だから、場所も時間も選びません。

「1日10分 1年で創る自分史」の主旨は、1日10分という限定された時間を自分史を書くために費やするというものです。
1日の終わり、寝る前の10分。朝方の人なら、早起きして10分。その10分間を集中して書くことに充てるわけです。
その時間は実際に手を動かして書く訓練をしますが、それ以外の時間も考え方次第で、書くスキルを磨くために活用できます。
手を動かすわけではなく、脳を動かすイメージトレーニングです。

たとえば、朝会社に向かうために駅まで歩く時間。
朝の空期感や、季節感を文章で描写するつもりになって言葉にしてみる。
歩きながらなら、本当に書いているつもりになってつぶやくこともできるでしょ。
目に映ったもの、登校する小学生。
玄関先を掃除している人。
交番の前のおまわりさん。
ウォーキングのお年寄り。
出会う人の人物像を、描写することもできます。

ネタはいろいろ。駅までの道でテーマを見つけたら、一つの事象について、何度も書き直してみてください。
イメージの中でのトレーニングですから、何案でも書けますよね。
文体を変えたり、人称を変えたりすることにも挑戦してください。

駅に着いて電車に乗ってからの時間も上手に利用しましょう。
その気になれば、電車の中も、自分の書斎のように使えます。
先ほど頭の中で組み上げた文章を書き記してみましょう。
手帳やノートを開いて、「さあ、書くぞ」というのは少しやりにくいかもしれません。
小さなメモ用紙があれば、手のひらの中で文章を綴ることができるでしょう。
最近は、携帯電話で文章を書いて、自分のパソコンに送り、あとからデータをまとめるやり方をしている方もいるようです。
話すことと違って、声を出さずに黙々とできることですから、周りの人の邪魔にはなりません。
通勤時間をただやり過ごしているだけなら、ぜひ、その時間を利用してみましょう。

書くスキルは一人で磨ける。 

話すコミュニケーション力がある人は、すぐわかります。
たとえはじめて会った人でも、話をしてみればすぐに、話のおもしろさ、話題の豊富さ、話の組立の上手さ、比喩表現の巧みさがわかります。
その他にも、話すスピードがちょうどよかったり、声の大きさや、言葉の強弱のつけ方など、聞いていても心地よいし、こちらの受け答えもスムーズにできる。
友だちでもなんでもない知らない人のことが話題に上ったときでも、その人が語るエピソードや人物評を聞いていると、前々からよく知っている人の話のように思えてくることもあります。
話上手な人の話は、聞き手のイメージを広げてくれます。

話し上手の人は、日々人と話すことでコミュニケーション力を高めています。
その人の話を聞きたい人、その人と話をしたい人がたくさんいます。そういう人がすすんで話し相手になってくれます。
話し相手はそのまま、話すコミュニケーションの練習台になります。
話すことを楽しみながら、なおかつ、話すスキルを高めていくことができるのですね。

でも、話すスキルを一人で身に付けることは容易ではありません。

イメージトレーニングのようなことはできるかもしれません。
目の前のイスに、誰かいることを想定して、その人に向かって話す練習をする。
自分が言ったことに、イスに座っている誰かが受け答えしてくれていると想像し、イメージの中で話す練習をすることはできます。
でも、この練習方法はかなりしんどいかもしれませんね。

イメージの中での話し相手は、どうやっても自分の脳の中にいる人ですから、当意即妙に相槌を打ったり、話を膨らませる質問をしてくれることはありません。
イスを相手にした話し方練習は、かなり早めに挫折してしまいそうな気がします。

そう考えると、書くスキルは、一人でどんどん伸ばしていけるのですね。
そして、相手を必要としていません。
「上手に書けるようになろう!」
決心さえすれば、書くスキルは一人で磨いていくことができるのです。

母も息子も、強くなる。『ゲイでええやん。』伊藤真美子<自伝・自分史・その周辺83> 

 「私が世の中で一番きらいなものは偏見で、世の中で一番こわいものは偏見や」

高校生の一人息子やおきくんが、カミングアウトし、母である伊藤真美子さんは、本人以上に悩みます。
学童保育の先生として働く日々は超多忙で、長女のさわこさんも、長男のやおきくんも、手をかけられずに育ててきたと、いまさらのように悔やまれます。

 泣きたくてたまらない。今の私にはキツすぎる仕事だ。
 昨夜、やおきが「生きていたくない」「生まれてこんかったらよかった」と言ったこと。
 「自分がきもち悪い」「みんな気持悪がっている」「友だちなんかでけへん」と言ったこと。


大阪で、三十年近く学童保育の先生を続けてきた真美子さんは、精神的にも肉体的にも、とても強靭な女性だと思います。
しかも、たくさんの子供たちに接し、彼ら一人一人が素晴らしい存在であることを知っています。
かつて、彼女の学童保育室に在籍したレズビアンの少女にも深い共感を持っていました。
しかし、自分の息子が「ゲイ」であることを知ると、それを受容することよりも先に、これからの人生で彼が直面する差別や偏見をまず考えてしまうのです。

 大切な人がしんどいことは、何より自分を苦しめるし、大切な人をなんとかしたいという思いが自分に力を与えてくれる。
 やおきたちは大切な人に囲まれて、生きていってほしい。


母の思いは最後までぐるぐる迷走し、吹っ切ったかと思うとまた迷い、結論が出たかと思うとまた振り出しに戻ります。
やおきくんは、心配する母よりも先を行っています。
あとがきに、やおきくんが書いた手記が寄せられています。


 『一般的』な『世間』の常識は変えられなくても、自分の大事な人たちにわかってもらうことで強くなれるし、その大事な人たちが今までの何倍も愛しくなってくるはず!
 これからさきの人生を考えるとこわいけど、とりあえず今の課題と闘っていきたい。
 どんな生き方をしたって、悩むやつは悩むし、合わない人とは合わんし。
 SM好きだって、
 太ってたって、
 病気だって、
 貧乏だって、
 キモくても、
 なんだっていいじゃん。
 世間とのずれは誰にでもある。
 ぼくの場合、そのズレの一つが同性愛ってなだけ。
 ってことで、ゲイでもいいじゃん。



自分史の本棚
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「私に敵はいない」 劉暁波氏の陳述から。 

私のもう一つのブログ、「素敵な人に会いました」にも書いたことですが、たくさんの方に読んでいただきたいので、こちらにも書いてみます。



私のかつての仕事仲間であり、いつも私に示唆的なメッセージをくれる栗原美由紀さんは、「ノルブリンカ」というチベットの美術・工芸品専門のギャラリーのオーナーでキュレーターです。

栗原さんのブログで、今回ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏の最後の陳述「私には敵はいない」の紹介がされていました。
この記事の元ネタは、チベットNOW@ルンタ:というブログにあり、そこにオリジナルの全文載っています。
私も全文を読ませていただき、獄中にある劉暁波氏が奥さまに宛てたメッセージのくだりでは、込み上げてくる涙を押さえられませんでした。

 これほどの長い間、自由のない暮らしの中で、私達の愛は外部環境が押し付ける苦渋に満ちていたが、依然として後味を思い返せば際限がない。私は有形の監獄で服役し、あなたは無形の心の獄中で待ち続ける。あなたの愛はまさに高い塀を越え、鉄格子を貫く太陽の光だ。私の肌をなで、細胞を温め、心の平穏と純潔、明晰さを終始保たせ、獄中のすべての時間を意義あるもので満たしてくれる。

 一方、あなたへの私の愛は痛みと苦しさで満ち、時として重さのあまりよろめいてしまう。私は荒野の石ころで、暴風雨に打たれるがままだ。冷たくて誰もあえて触ろうとはしない。しかし、私の愛は堅く鋭く、あらゆる障害を貫くことができる。たとえ粉々に砕かれても、私は灰燼であなたを抱きしめることができる。


転載の転載で恐縮ですが、ぜひ、皆さん、全文読んでくださいね。

参加100パーセントか? 


Q いつ?
Q だれが?
Q どこで?
Q なにを?
Q どうした?
Q なぜ?

5W1Hの質問はもっとも基本ですから、どんなときにも最初にする質問ですね。
文章を書く場合には、この5W1Hがはっきり意識されている必要があります。
それをはっきり書くかどうかは別として、一項目でも曖昧なところがあると、相手に伝わりません。
他の人が読む予定がない文章だったとしても、同じです。
日記のような自分だけの記録だと、自分のことだから書かなくてもわかっていると思い、5W1Hを省略して書いてしまいがちです。
でも、省略して書いた日記をあとから読み返すと、なにがなんだかわからない文章だったことってありませんか?
時間を置くと、書いた本人であっても読み返すときには視点が客観的になってしまっているのです。
こういう体験からも、書くときは自分の考えを整理し、事実を明確にすることの必要性がわかると思います。

基本の5W1Hの他にも、それぞれの出来事の性質によって、質問項目は変わってくるでしょう。

会社でのトラブルであれば、

Q その出来事の原因は?
Q そのとき、どんな行動をした?
Q そのとき、感じた気持は?

というような質問が考えられるでしょう。

他にも、書きたいことはいろいろあります。

仕事の進行状況のこと。
人間関係のこと。
恋愛の進行具合。
その日観た映画のこと。
電車の中で聞いた高校生の会話のこと。

どんなことについて書こうとするときも、質問リストにぜひ入れていただきたい項目があります。

Q そのとき自分は、何パーセントくらい参加していた?

この質問は、出来事の焦点を絞っていくとき、とても有効だと思います。
同じ出来事に遭遇していても、そのときの自分が100パーセント参加していたのか、50パーセントくらいの参加率だったのか、そこを明確にしましょう。
つまり自分がその出来事の責任者として、100パーセント集中していたのか。
それとも、かなり腰が引けていて、50パーセントの参加率が精一杯だったのか。

参加意識が高いか低いか。
それによって、ものの見方が変わってくる。
100パーセント参加の出来事について書くときと、50パーセント参加の出来事について書くとき、書き方も変わってくるはずです。
100パーセント参加のときは、スラスラと書けるけれど、50パーセント参加のときはなかなか上手く表現できない。
そんなこともあるかもしれません。

「質問」が、問題点を明確にする。 

「話す」というコミュニケーションでは、聞き手からの質問を受け、それに答えるやりとりがあります。
やりとりを通じて、話し手は話す内容をだんだん具体的にしていきます。
話を聞いてくれる友人を捕まえて、感情に突き動かされて話すことがあります。

「今日、すごい失敗しちゃった」

話しはじめたときは、話す内容が理路整然とまとまっているわけではありません。
ただ上手くいかなかった仕事のことを愚痴るだけ。そういうつもりだったのかもしれません。
でも、

「それは、いつのこと?」
「なにが、足りなかったの?」
「誰かやってくれる人はいなかったの?」
「そのとき、あなたはどうしていたの?」

話すことをしっかり聞いてくれる人が、適切な質問をしてくれると、その質問を通して、話の焦点を絞っていくことができます。
自分にとって明確ではなかったことが次第にはっきりと再構成されていきます。

会社で上司との行き違いで、取引先に迷惑をかけてしまった。

今日やってしまったばかりの生々しい記憶を、自分一人ではなかなか客観視できません。
第三者の視点があると、生々しさが消え、客観的に問題点の把握ができるようになります。
だから、だれかに話してみることにメリットがあるのですね。

でも、いつも愚痴につきあってくれる友人がいるわけではありません。
いたとしても、そうそう年がら年中愚痴ってばかりいるのも、どうかと思います。
そういうときに、自分自身が聞き手となって、適切な質問ができるようになるといいのですね。

夢の途中で。『明日もまた生きてこう 十八歳でがん宣告を受けた私』横山友美佳<自伝・自分史・その周辺83> 

「なぜ、わたし?」、何千回、何万回と自分に問いかけたことでしょう。

高校生でバレーボールの全日本選手に選ばれ、オリンピックに出場するために猛練習を積んでいた最中に、がん宣告を受けた横山友美佳さん。
若い肉体に住み処を得たがん細胞は、貪欲に全身を侵食していきます。
闘病のために、バレーボールは諦めなければなりませんでした。
でも、どんな理不尽な運命でも、人生を諦めることなんかできませんでした。

抗がん剤の痛みと副作用に耐えながら、大学受験のための勉強を続けます。
この間の彼女の勉強の様子は鬼気迫るものがあります。
それはまた、がん細胞と「生きる執念」との闘いの様子でもありました。
小学生の頃から、バレーボールを通して続けてきた自分との闘い。
病気を言い訳にして、闘いを止めることはできなかったのでしょう。

入院中の病院から受験会場に向かい、体調のすぐれぬまま受験し、友美佳さんは、見事早稲田大学の人文科学部と教育学部に合格します。

最後まで諦めない強靭な精神に、圧倒されます。
でも、若い女性らしいこんな弱さもありました。

最初の入院で一緒だったSちゃんから、メールが届きました。
『とても元気にしている』。定期検診で病院に行くと。
抗がん剤治療を続けているときでした。
半年ぶりに会える機会だったのに、友美佳さんは、自分が入院していることを隠してしまいました。
病棟をSちゃんが尋ねてきたのに会おうとせず、じっと身を潜めていました。

 同じ年齢で、入院している間も仲のよかったSちゃんと話をしたいことは山ほどあった。
 暗い病室にいると、外から明るい、そして元気な声が聞こえたが、病室から出る勇気がなかった。
 退院をしてから元気に過しているSちゃんに会うのが怖かった。
 今の自分と比べてしまいそうで、これ以上傷つきたくなかった。気づいたら、人の喜びを素直に喜べなくなってしまった。
 いつから、こんな最低のやつに変わってしまったのか?


 しかし、いつまでも病院に残されている自分が、後から入院をして、先に退院をして、そしていまも元気に生活できて、大学にも通えている人と一緒に喜ぶことはできない。
 そこまでおおらかにはなれない。胸が焼けるように嫉妬をするし、たまらなく羨ましいからだ。


この真正直な自己開示こそ、彼女の生きることへのメッセージなのでしょう。
あとがきに書いたのは、

 今の世の中、自ら命を捨てる事件がたくさん起きていますが、それを聞くと強い怒りを感じます。
 私がこんなに命を守りたくて、健康を手に入れるために、こんなに治療をし続けているのに……。
「命を捨てるくらいなら、私にください!!」

がん宣告から三年。
闘い続けた肉体は、最後はがんの前に屈しました。でも、その精神が負けることがなかったことを、私たちは決して忘れません。



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自己確認の手段として、書く。 

いままで以上に「文章力」がますます重要性を増しているように思います。

たとえば、ビジネス場面での「コミュニケーション」というと、最初にあげられるのは「話す」能力でした。
会社勤めをしていたとき、上司から、「ホウレンソウだよ、ホウレンソウ」と、よく言われました。
「報告」「連絡」「相談」。これらの多くは、話すことで伝える力が問われていました。
部下から上司にどう伝えるかという能力ですね。

それら「ホウレンソウ」においても「書くこと」の比重がどんどん大きくなっています。

ビジネス場面では、仕事の進行や情報など、事実を的確に伝える内容が多いので、事実だけを淡々と書いていけばいいと思われるでしょう。
でも、深く考えることなく、なんの工夫もなく、ただ書き連ねていくだけでは、言いたいことを表現できません。
論旨が混乱し、いったいなにが伝えたい文章だったのか、最後までわからなくなってしまうかもしれません。

実は、「話す」場合でも、最初になにをどう伝えるかをまったく考えずに話しはじめると、話は迷走し、混乱してしまうはずです。
でも、話には相手がいます。
相手が質問してくれることによって、最初はよく決まっていなかった「なにを伝える」が、だんだん明確になってきます。
話の焦点を絞る。「フォーカシング」ということが、言葉のやりとりの中でできていきます。
こちらが話したことに、相手が質問してくれる。
あるいは、相手が納得してくれる。
そして、相手がさらに新たな話題を提供してくれる。

こういうやりとりから、「話す」というコミュニケーションは深まっていきます。

相手がいて行う「話す」コミュニケーションと同じ作業を、「書く」ことでは、一人で行います。
それは、もちろん、ビジネス文書だけの問題ではありません。
自分自身とのやりとりを通じて、「自己確認」が必要になります。

1日10分、文章の基礎体力づくり。 

文章が上手になる秘訣は、量的にたくさん書けるようになること。

遠回りに見えて、実はこの方法がいちばんの早道なんですね。
量が書ければ、書くことが億劫でなくなる。
億劫でなければ、さらに書くことに抵抗がなくなる。
同じ内容を書く場合でも、よりスピーディーに書けるようになりますから、ますますたくさんの量が書けるようになります。

アクティブ自分史では、量を書く訓練を日々の実践、ごく自然に行う習慣にすべく、「衣食住・書く」を提案しています。
そのために、夜、帰宅したあとの時間、毎日10分間を書く習慣に充てます。
毎日の10分間が文章の基礎体力づくりの時間になるのです。

訓練のために書くのですから、題材やテーマはなんでもいいのです。

一日の出来事を振り返り、ビジネス日記を付けるのであれば、仕事のレベルアップに繋がっていくでしょう。

読んだ本について、要点をまとめ、感想を記していくのであれば、自分だけのライブラリーができあがり、自分の思考を体系化するためのデータベースづくりになるでしょう。

観た映画やドラマについて書くこともいいかもしれません。ストーリーを記すだけでなく、その映画の魅力について要点よくまとめていけば、「映画を観る眼」が向上し、より面白い映画に出会えるチャンスが増えていくはずです。

小説に取り組むというのなら、それもありです。
でも、10分間は書くための時間ですから、構成やキャラクター設定には時間を使わないでくださいね。

要は、文章の基礎体力づくりですから、やり方次第では退屈なだけの反復練習になってしまうかもしれません。
反復練習だからこそ、自分でもやっていて楽しく思えてモチベーションが上がるテーマを選んでいただきたいのです。

もし、「そういうテーマ、見つからないなあ」というのなら、自分史を書いてみるという手もあります。

1歳児への人生指南。『1歳の息子に届いた成功者100人からの手紙 人生でもっとも大切なこと』チャールズ・J・アクイスト<自伝・自分史・その周辺81> 

息子の1歳の誕生日に、もっとも素晴らしいプレゼントはなんだろうか?

そう考えた一人の父親が思いついたのは、息子へのメッセージを成功者からもらうことでした。
ビジネスで、政治で、スポーツで、アートで、目覚ましい活躍をした成功者の人たちに、アンケートを送りました。

Q どうすれば人生で成功できますか?
Q 世界で一番大切なことはなんですか?
Q 愛とはなんですか?
Q 幸せとはなんですか?


成功者たちは、この質問に答える他に、息子ニックくんに向けて、思い思いのメッセージをくれました。
そうして集まった100人のメッセージが1冊の本になりました。

ジョージ・ブッシュ父子、ビル・クリントン、アーノルド・パーマー、ウォルター・クロンカイトなど、名前を知っている有名人がいっぱいです。

彼らからのメッセージは、大きく分けて3つのテーマに分類されるようです。

1,家族や友人など人間関係を大切にする。

「成功者」ニックになるために、なにがいちばん大切だろうか。
それは、家族と友人だ。いつの日か、自分の選んだ分野で成功したときに思い出してほしい。
人間関係がはぐくむ愛情と力のほうが、物質的に恵まれたり。同僚たちに評価されたりすることよりもずっと大切だということを。

     フランク・アバグネイル


2,自己肯定感、自己信頼感を大切にする。

自分を信頼することが、人生の土台であることを知ってほしい。
きみにとって、きみよりすばらしい人はいないのだから、心と身体と魂を自分という世界で満たそう。

     ヘンリー・ウィンクラー

3,夢を追い続けることが大切。

目標を高く設定して夢を持ち続ければ、
『かなわぬ夢』もかなうものだ。
スケールの大きな、創造的で愛に満ちた人生を送ろう。

     ジョン・ライット

こんなメッセージの数々を、自分だけのためにもらった1歳児です。
このプレゼントをもらったニックくんは、もう人生半分以上成功しているのではないでしょうか。



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量が書けると、書き分けられる。 

抵抗感なくスラスラと書き出せて、量をこなせるようになると、書き手としてのステージが一段階上がります。

たとえば、一つのテーマを表現しようと考えるとき、量を書くことが苦手な人は、一つの書き方で仕上げるのに精一杯でしょう。
いろいろと書いてみて、その中からベストの表現を選ぶということはできません。

どうやって書けばいいのだろうかと迷うことがあります。

文章の構成についてなら、
「結論から書き出した方がドラマチックな文章になるだろうか?」
それとも「状況説明から書き出した方がわかりやすいだろうか?」

人称はどうすればいいだろう。
「一人称で日記みたいに書いたら臨場感が感じられるだろうか?」
「二人称にしてみると、少し詩的になるかなあ?」
それとも、「いわゆる、神の視点という三人称にしてみると小説みたいになるのかなあ?」

書き方はどうしようか。
「ちょっと古風に、むかしの文豪みたいな文体にしてみようか?」
「いまっぽく、ちょっと流行語も混ぜた言葉づかいの方が若い人には届きやすいかな?」

すべては、どういった書き方が、もっとも効果的に「テーマ」を読み手に伝えることができるかが評価基準です。

でも、A案とB案、どちらが効果的という判断は、頭で考えているだけではなかなか決定できないものです。
頭の中で書いた文章を、頭の中で読み、頭の中で評価するということは、プロの作家でもない一般人にはほとんど不可能でしょう。

そんなときは、まず自分のためのサンプルを書いてみる。

「こう書いてみたらどうだろう?」と思うものをどんどん書いてしまえばいいのです。
量が書けるのですから、苦痛を感じないで、二つの文章を書き分けてみることができます。

二つの文章が書ければ、「やっぱりこっちの方がよく伝わる」という文章の評価もできるようになります。
評価ができるようになると、自然と質の高い文章が書けるようになっていくはずです。

いくらでも書けるのですから、一度書いてみた文章を惜しみなく捨てて、新しく書くこともできます。
一回目より二回目、二回目より三回目。
同じテーマで何回も書けば、自然と文章も上手になります。
「量が書ければ、質が追いかけてくる」って、そういうことです。
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