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「十年後の自分」に、相談する。 

十年後の自分を読者にすることは、親身になってあなたの文章を読んでくれる信頼できるアドバイザーを得ることです。

「自分が書いた文章を主観的に読み返すのではなく、客観的に第三者の目で読み、推敲する。
自分ではない読者が必要なことは、わかった。
でも、それがなぜ、『十年後の自分』でなければならないのか?」

そういう疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれませんね。

「十年後の自分」ではなく、「いまの自分」が、あなたの文章の読者だった場合を考えてみましょう。
知らず知らずのうちに、文章を崩してしまうのではないでしょうか。
会社での人間関係を端折ってしまう。
日常的な習慣など、あなたにはわかりきった事柄を書かずにすませる。
丁寧に書き込まないと伝わらない部分を省略してしまう。

「自分が書く文章は、自分にわかればいい」

そういうスタンスで書いた文章からは、残念ながら、文章の「格」や「質」が損なわれてしまうでしょう。
「いまの自分」が読者では、書いているあなたと「なあなあ」の関係になって、文章の精度を上げられない、ということになるかもしれません。

「十年後の自分」を読者にすることには、もう一つメリットがあります。
「十年後の自分」は、「いまの自分」より、文章に関する経験も積んでいるでしょう。
いまから、十年後、あなたの文章力がアップするのと歩みを揃えて、読者としての「十年後の自分」の読解力、批評力、あるいはコメント力も同時に上達しているはずです。

つまり、いまのあなたが書いた文章を、的確に読解し、ちょっと大人なアドバイスをしてくれる。
それが、「十年後の自分」です。

「どうですか、十年後の私。文章の構成は、これでいいのかな?」
「どうですか、十年後の私。この表現は、ちょっと幼稚っぽいかな?」
「どうですか、十年後の私。もっと名文を書くには、なにが足りないのかな?」

十年後の自分を読者にすることで、あなたは、あなたの文章力を客観的に確認しながら、上達していくことができます。
ぜひ、十年後の自分に相談しながら、文章を書いてみてください。
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「十年後の自分」を読者にする。 

読者を意識するか、意識しないか。

その違いによって、あなたが書く文章のクオリティはまったく違ってきます。
当然です。
女性アイドルは、ファンの視線に晒されるとキレイになります。
セミナー講師は、人前で場数を踏んで話し上手になります。
スポーツマンは、観客に見守られてスキルアップします。

書くことも同じです。
自分が書いた文章を誰かが読んでくれると思う場合と、誰にも読んでもらうつもりがない場合を比べれば、心構えから違ってきます。

「漢字は間違っていないだろうか?」
「こんな言い回しで正解だろうか?」
「敬語の使い方、間違っていないだろうか?」

よりよい言葉の選択、正しい表現を考えるはずです。

「自分の真意がきちんと伝わるだろうか?」
「どう構成すれば読みやすいだろうか?」
「もうちょっと大人っぽい表現はないだろうか?」

文章のクオリティを高めることにも気配りするはずです。

書き上がった文章のクオリティは全然違ってきます。

読者を想定して書かれた文章は、必然的にわかりやすく、読みやすく、伝わる文章になります。
もしかしたら、少しだけ格調も高い文章になるかもしれません。
ぜひ、読者を意識して書いてほしいのです。

しかし、
「読者なんて、誰もいないし、いたとしても、読んでもらうのは、恥ずかしい」

文章初心者なら当然の反応ですね。
もし、現実世界に、あなたが書いた文章を読んでくれる人がいないなら、最高の読者になってくれるのは、「十年後の自分」です。

失っても残るもの。『妻を看取る日』垣添忠生 <自伝・自分史・その周辺97> 

国立がんセンターの病院長を長く務められた垣添忠生医師。
皮肉にも、最愛の妻を小細胞がんで見送ることになりました。
「国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録」と副題が付けられた本。
文字通り、妻の闘病から死を看取り、そして、その後訪れたうつ状態に苦しみ、しかし、その中から再び立ち上がるまでを、つぶさに描いています。

若い頃から膠原病を患い、病弱であった妻、昭子さん。
それでも元気なときには、夫の忠生さんと一緒に、カヌーに乗り、ハイキングを楽しむ行動的な女性でした。
しかし、がんに侵されてからは、転移を繰り返し、最先端の陽子線治療も功を奏しませんでした。
手術に耐え、抗がん剤の苦しさにも耐えてきた昭子さんは、本当は治療を中止し、そのまま静かに残された時間を過すことを望んでいたかもしれません。
しかし、夫は国立がんセンターの病院長。
その妻が、なにも手を施さぬまま、がんに負けることは許されないということもわかっていました。

 本当のところ、妻は抗がん剤の効果を信じてはいなかったのではないかと思う。
 やはり、全身への転移を知った時点で、妻は自分の命をあきらめていたように思えてならない。
 それにもかかわらず化学療法を受け、激しい副作用に耐えたのは、結局は私のためだったのではないだろうか。
 何とか妻の命を救いたいと必死になっている私の期待に、全身で応えようとしてくれていたのだろう。


垣添さんの献身も、昭子さんのがんばりも空しく、2007年末、外泊を許された自宅で、昭子さんは亡くなります。

妻を失った後の垣添さんは、いままで以上に仕事に打ち込みます。集中している間は、昭子さんのことを思いださずにすみます。

 問題は、夜である。
 寒風の吹きつける中、コートのえりを立てて帰宅すると、明かり一つ点いていない家が待っている。
 日中、誰もいない部屋の空気は冷えきっていた。
 祭壇の写真の前に座り、妻に今日の出来事を報告する。
 だが、いくら話しかけても答えは返ってこない。妻はもういないのだ。
 この事実が堪え難かった。


 「もう生きていても仕方ないな」
 何度、こう思ったか知れない。
 そして、この考えを打ち消してくれるのもまた、妻なのだった。
 そんなことをしても、妻は決して喜ばないのだから、と自分に言い聞かせた。


その苦しみの中から、垣添さんは立ち直りました。
やっと未来を考えられるようになり、いまは執筆や講演活動に忙しい、亡き昭子さんが望まれたであろう生活を送っています。




自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

十年後の自分に伝える。 

5行日記では、今日のできごと5項目を書いていきます。
そこで書くのは、最低限、主語述語がある簡単な文でOKです。
自分に関することですから、ことによると、主語「私が」も、省略できるかもしれません。
「書いた自分がわかっていれば、よろしい」というレベルの文でこと足ります。
基本的に、5行日記の各項目は、本日のできごとを確認する役割です。

では、その5項目の中から、あなたが今日の日記として完成させたい1項目を選んでください。

・ 朝起きたら、昨日の酒が少し残っていた。
・ 立て替えの領収書が見つからなくてすごく慌てた。
・ プロジェクトの進め方で、Nさんと意見が対立した。
・ 昼食のカツカレー、ちょっともたれた。
・ 夏休みの旅行パンフをもらって帰った。

さて、こんな5項目の中から、もう少しふくらませてみたい項目はどれでしょう。
あとになって、読み返してみたときに、いま現在の自分のものの考え方がわかるような文章になるといいでしょう。

たとえば、十年後。
あなたにとって、十年後の自分はもう他人同然かもしれません。
会社での微妙な立場や、同僚との緊張関係、お得意とのやりとりでのストレスなど、今日のあなたがビシビシ感じているリアリティは、もうすっかりわからなくなっているでしょう。

5行日記の中から選び出した一つの項目は、いまのあなたを十年後のあなたにリアルに伝えるテーマです。
そのテーマを、ふくらませてみましょう。

・ プロジェクトの進め方で、Nさんと意見が対立した。

このテーマで書くとしたら、十年後のあなたは、「プロジェクト」がどんなプロジェクトなのか、まったくわかっていません。
Nさんがどんな人なのかも、もうすっかり忘れているかもしれません。
Nさんとの対立は、どんなことについての対立だったのかもわかりません。
そのとき、どんな言葉を交わしたのか。
Nさんになにか言われて、自分はどんな気持ちになったのか。

十年後の自分に伝えるには、いろいろ書き込まなければならないことがわかるでしょう。


5行日記をワンランクアップ。 

達成したいゴールを決めて、5行日記を続けて書いていると、生活に変化が生まれます。
一日行動し、その日の行動を振り返り、それを記録するために5行日記を書いていたはずなのに、いつの間にかその順番が逆になっています。
毎日5項目書く今日のできごとが、ゴール達成に向けた行動になっているのです。

「5行日記に書くに相応しいことをやるために、行動する」

自然にそういう生活をするようになっていきます。

とくに意識しているつもりはなくても、一日を振り返って日記を書こうとしたときに、「今日は、いいことがいろいろあったな」と気づきます。
自然に行う行動の一つひとつで、いつの間にか、生活の質が高まっていきます。

さて、そうやって5行日記を書いていると、もう一つ、変化が現れます。
書きはじめたばかりのころは、

「5行日記といわれても、書くことないよ」

と思っていたのに、いまはもう、書くことに困ることはありません。
5行日記を書くために費やす時間も、いままでは毎日10分はかかっていたのに、ほんの2,3分で書けるようになってしまいます。
ラクチン過ぎて、逆に「これになにか、効果があるの?」という疑問が湧いてきてしまいます。
そうなると、このままの5行日記では少々飽き足らなくなってきます。

もうちょっと複雑、もうちょっと骨のある5行日記を書きたい。

そんなふうに思うようになるはずです。
そのときが、5行日記をさらに有効なツールに変えるチャンスです。

150万円のボランティア活動。『僕たちは世界を変えることができない。』葉田甲太<自伝・自分史・その周辺96> 

「なんかおもしろいものがないかなあ」

郵便局の順番待ちで、暇をもてあましていた医大生が、たまたま「ボランティア基金」のラックから気まぐれに手に取ったパンフレットでした。

「カンボジアの子供たちに屋根のある学校を。あなたの150万円の寄付で教室が5つもある学校が建ちます」

「150万円で学校が建つ」のコピーに、一気に楽しくなってしまった葉田甲太くんは、サークル活動のノリでボランティア活動をはじめます。

携帯に入っているアドレスに、片っ端から、「チャリティーイベントでカンボジアに小学校を建てよう!」とメールを送ります。
そのメールに乗ってきたのが、甲田くんと同じく医大生の3人。

4人で、クラブイベント、チャリティーコンサート、ワールドカップの観戦イベント。
大学生で考えられる限りの、あの手この手の募金活動をはじめます。

全然大上段に構えていないところが、甲太くんのカッコよさです。
社会貢献とか、国際支援とか、そんなのはどうでもよくて、ただただ、学校が建ったときを想像してうれしくなってしまう。
少しずつ資金が溜まっていき、次のイベントを考える様子は、シュミレーションゲームで、だんだんレベルが上がっていき、ゲームクリアが少しずつ近づいてくるときの高揚感に似ているのかもしれません。

とはいうものの、人はボランティアだけでは生きられません。
実のところ、医大生ですから授業もある。試験もある。研修もある。
悩み多き二十歳でもあります。

  いつからか、面倒くさい仕事は全部メンバーに押しつけて、肩書きだけの「代表」になっていた自分。
 「ボランティアしているなんて、偉いね!」と女の子に言われるたびにいい気になっている自分。

自己嫌悪にも襲われます。
そんな甲田くんの活動にリアリティを与えてくれたのは、実際にカンボジアで出会った人たちの笑顔でした。
プロジェクトが進んで、何回かカンボジアへ行くようになると、現地の子供たちが喜ぶ笑顔が、彼の最大のゴホウビになりました。

150万円でカンボジアに学校が建つことを知ってから、1年。
甲田くんは、開校式で、こうスピーチしました。

 僕は学校ができてうれしいです。
 でも、僕にはもっとうれしいことがあります。
 それは、君たちが勉強して立派な大人になることです。
 これは、終わりじゃなくて始まりです。

 約3年のポルポト政権以降、カンボジアのいくつもの政権が争い、
 フランス、ベトナム、アメリカなど、様々な国が介入し、
 まだまだ真の独立を果たしているとは言えません。

 本当の自立とは、君たちが君たちの手で、君たちの国を良くしていくことです。

スピーチに、この本のタイトル、『僕たちは世界を変えることができない。』の、真の意味が込められていました。





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5行日記で、人生をデザインする。 

書くことで、ゴールの達成はどんどん近づいてきます。

5行日記を書いていると、ゴール達成のためにマイナスになる行動をあえて取らなくなります。
ゴール達成に向けて、日常の行動を集約していくことになります。
一日の終わりに、「日記に書くことがない」と困らないように、自然に、書くことがある生活になっていくのです。
そういう自己改善力を人間は持っているのですね。

「体重5キロ減達成」
というゴールは、目に見えてわかります。
「マラソン完走」
「TOEIC900点」
これも、目に見えてわかるゴールです。
でも、ゴールは目に見えなくてもかまいません。

「社長に認められる」
「社内の人間関係をよくする」
「ビジネススキルを身に付ける」
「家族にやさしくする」
「コミュニティで信頼される」

あるゴールを達成しようと考えたら、それを実現するためにどんな行動を取ればよいかを、脳は考えます。
あなたが自覚していないときでも、潜在意識がつねにそれを考え続けます。
次から次へ、ゴール達成のための行動を思いつきます。
あなたは、それをどんどん行動に移していくだけです。

思考と行動が上手く連動していくようになればいいのです。
夜、5行日記を書こうとすると、「書くことがいっぱいあり過ぎて困る」と思うくらいになるかもしれません。

かつては、はるか先にあると思ったゴールが、結構近いと思えるようになり、次のゴール、さらに次のゴールも見えてきます。
どんどんゴールを達成することで、あなた自身の人生を、あなたが求めるカタチに変えて行くことができます。
人生をデザインできるようになるのです。

5行日記で、ゴールを達成する。 

自己効力感を高める4つの方法のうち、「達成体験」の方法論を使って、さらにマインドチェンジを加速させていくことができます。

いま、あなたが達成したいと考えているゴールがあるとしたら、5行日記を用いて、そのゴール達成に集中させていけばいいのです。

たとえば、
「体重5キロ減達成」
が、当面あなたが達成したいと考えているゴールだとします。

5行日記に書くことは、直接的、間接的にすべてそれに関連した項目として書いていくことにします。

・朝、早起きして一駅分早足で歩いてみた。
・ 同僚のNくんが元気に挨拶してくれて、自分も燃えた。
・ 昼食は栄養のバランスがよい和定食Bにした。
・ カラオケで大きな声でミスチルを歌った。
・ 帰りの満員電車、二駅分、つま先立ちをした。

こんなふうに5行日記を書いていると、毎日5項目、ダイエットに有益な行動をしていることが確認できます。
「体重5キロ減達成」のゴールがとても身近に感じられるようになるのではありませんか。

「5項目も書くことが見つからない」
そういうこともありますね。
でも、人間の行動は不思議なもので、5項目書くことが見つからない場合は、一見繋がりのないようなことでも、達成すべきゴールになんとか結びつけようとするものなのですね。

たとえば、仕事で上司に叱られたことを、

・ 昨日提出した書類の不備を課長に直され、腹式呼吸して耐えた。

と書いてみると、それなりに、なにかダイエット関連の項目のように思えます。

そして、もし、その日の生活を振り返ったとき5項目を満たすことができないとわかったら、次の日は胸を張って書くことができる5項目の行動を自ら進んでするようになるのです。

それが、人間の不思議な習性です。
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