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それでも、死なない。『困ってるひと』大野更紗 <自伝・自分史・その周辺105> 

何人もの医者が匙を投げた難病に襲われた大野更紗さんが、その病名を確定するために受けた数々の検査の凄まじさは、途中で本を閉じたくなるほどでした。

身体の二ケ所に、麻酔なしで針を刺し、そこに電流を流し、筋肉中の神経伝達速度を測る。
やはり、麻酔を使わず、身体の数ケ所から、生きた筋肉を切り取る。

大学院でビルマの研究をしていた更紗さんは、「こういう拷問に耐えているのだろうな」と、ビルマの政治犯に思いを馳せます。

やっとのことで付いた病名は、「皮膚筋炎」と「筋膜炎脂肪織炎症候群」。
治療法の確立されていない難病中の難病です。

病名は付いたものの、そこからさらに、果てしない闘病がはじまります。
快復の見通しも見えぬままの更紗さんの前に、あるとき主治医のクマ先生(更紗さんがつけたあだ名)が現れて、言いました。

 「この619号室のシャワー室に鍵かけて、シャワー流しっ放しにして、カミソリで手首でも切ろうと思ってるんでしょ。
 だいたい、考えていることは、わかりますよ」

 当時のわたしは、食べたい、寝たい、そういう日常的な「欲求」と同じレベルで、「死にたい」と感じた。
 朝・昼・晩と毎日わたしの様子を気にかけ、ほぼ休みなし、全力投球で治療に励んでくれている主治医に、「死にたい」とは言いにくい。かなり申し訳ない。
 だが、思いきって正直な気持ちをそのままクマ先生に伝えてみた。


 「はい」と、先生は嫌な顔ひとつせず、微動だにしなかった。
 「それは、苦痛から逃れたいという、ごく当たり前の人間の反応、ですよ」
 クマ先生は、難病ビギナーの「死にたい」妄想など、最初からお見通しである。
 

クマ先生他の先生やスタッフも、更紗さんのすべてを受けとめようとしてくれました。
しかし、患者本人ではない。その病気の責任者は自分自身であることを更紗さんは自覚しています。

 薬を呑み込み、症状に耐えるのは、わたし自身だ。先生はわたしの命綱であり、伴走者だが、肝心のわたしが歩かなくてはどうしようもできない。
 医療が、主治医が、人間の生きる動機そのものを与えてくれるわけではないのだ。

更紗さんは、全快したわけではありません。
9ヶ月の入院治療を終え、難病を抱えたまま、通院しながら自立する道を選びました。
そんな彼女が、いまなお、医療問題、社会制度で、どのくらい困っているのか。
それを伝えるために、『困ってるひと』を書きました。

検査や治療過程での苦しさは、患者にとっては、思い出すことさえ大きな苦痛となるトラウマとなることでしょう。
この本を読んだ人は、だれもが、「自分じゃなくてよかった」と、胸を撫で下ろすことでしょう。
正直私もそうでした。
「死んでしまう方が、よほどラク」
そう思うような病いです。

この難病に罹ったのは、25歳の若い女性。
彼女の「生きる動機」が、この本になり、難病への想像力など皆無の私たちに、難病の現実に向き合わせてくれました。




自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

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今回は、大野更紗さんの『困ってるひと』のレビューを中心に書いています。
困ってるひと

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記憶にラベルを貼る。 

さて、この図書館の無能な司書に、なんとか働いてもらうために、ひと工夫が必要です。

司書が、本を整理するための指標となるような、ラベルを作ってあげるのです。

「グッときた!」ことを、潜在意識で書き込む。

の項でお話ししたのは、「グッときた!」ことをできるだけ派手に、書くこと。

「ダンディって、かっこいい!」

カラフルに、目立つように書く。
これが、ラベルです。

このラベルがあれば、いかに無能な司書でも、
図書館の中をウロウロしながら、そのラベルに合う本を見つけたら、
すぐさま背表紙にラベルを貼っていくことができます。

溜め込まれた古い記憶にラベルを貼って、整理していきます。
海馬から届いたばかりの記憶からも、
「ダンディって、かっこいい!」に見合う記憶を選び出して、整理していきます。

そうすれば、背表紙に、「ダンディって、かっこいい!」のラベルが貼られた本をまとめて、同じ棚に収納していくことができます。

話が変わりますが、私が本を書くきっかけになったのは、あるTV番組でした。

その番組の中で、はじめて、「涙には癒し効果がある」という話を聞きました。

「へえ、涙にはそんな力があるんだ!」

いたく感じ入った私は、「涙の癒し効果」というラベル作りました。

「涙の癒し効果」のラベルは、潜在意識の中で、記憶を整理するために、大変役に立ちました。

ひとつ、このラベルを作ったことによって、関係のありそうなすべての記憶が、
「涙の癒し効果」という棚に整理されるようになったのです。

そして、その棚の記憶が、
『心と脳のストレスを洗い流す 号泣セラピー』という本にまとまったのです。

どうです。記憶にラベルを貼る効果、ご理解いただけましたでしょうか。



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潜在意識は記憶の図書館。 

先頃出版した本『心と脳のストレスを洗い流す 号泣セラピー』にも、潜在意識に関することを書きました。

潜在意識とは、いわば「記憶の図書館」。
生まれてからこれまでに、見たり、聞いたり、体験したりした記憶がすべて、記憶されています。

というと、なにやらスピリチャルな怪しいもののように聞こえますが、そうではありません。

「記憶」については、かなりの部分、すでに脳科学的に解明されています。
脳の中で、記憶を担当するのは、「海馬」という器官です。
海馬は、タツノオトシゴのような形をした長さ数センチの小さな器官で、
すべての記憶は一旦ここに収納されます。
しかし、あまり容量がない海馬に長く記憶を留めておくことはできません。
次々やってくる新しい記憶を処理するために、
古い記憶はどんどん、大脳皮質へ送られます。

海馬と比べると、何百倍もの大きさがある大脳皮質ですから、記憶の容量もほぼ無限大です。
大脳皮質には、生まれたばかりのときからいまに至までの記憶(あるいは、お腹のなかにいるときから)が、どんどん蓄積されていきます。

無限大の収納能力がある記憶の図書館が潜在意識なのですが、ここには大きな弱点があります。

潜在意識には、記憶を整理して、上手に取り出す能力がありません。

すごく大きな図書館で、古今東西、有史以来の本が、何百万冊もあるにも関わらず、
有能な司書がいない状態を考えてみてください。
本の整理のし方を知らない、無能な司書がいるだけで、どこになにがあるのかわからず、ただひたすら、届いた本を積み重ねているだけ。
重要な本が、雑誌の山の中に紛れ込んでいたり、全集なのに、バラバラに散らかっていたり。

そんな感じの図書館なんですね。


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「グッときた!」ことを、潜在意識に書き込む。 

結局、吸収できない情報なら、ノートを取る必要はないのか?

そうとばかりもいえません。
ノートを取ることで、他人の思考を知ることができます。
そして、自分自身の論理思考の訓練をすることもできます。

左脳をフルで回転させるためには、耳からインプットされたことを一度脳に入れる。
次に脳から手に指令を出して、文字に書く。
それをさらに目にして、もう一度脳にインプットし直す。

このサイクルが、脳の活性化にとても役に立つそうです。

さらに、私がお勧めしたいノートの取り方は、

「グッときた!」ことを書く。

どういうことかと申しますと、たとえば、ある人の講演会を聴きにいったとき、話された内容もさることながら、
講師の立ち居振る舞い、間の取り方、声のトーン、表情などが、「すごくダンディだ」と感じたとします。
そして、自分も「こんな大人になりたい」「こんな話し方ができるようになりたい」「こんなやさしそうな表情がしたい」
そんなことを感じたら、

「ダンディって、かっこいい!」

と、大きな文字で書いておきましょう。
このときは、赤か青か、それとももっとカラフルな色のペンを使って、できるだけ派手に書きましょう。
花丸を付けたり、囲み枠で飾ってもいいですよ。
ノートの中に紛れ込まないように、思い切り目立たせてください。

そして、書いた文字を、映像としてしっかり見つめてください。
言語的意味として理解するのではなくて、映像として理解することで、
「ダンディって、かっこいい」
の情報は、言語脳である左脳から、右脳に引き渡され、さらに右脳に繋がる潜在意識にイメージとして書き込まれます。

潜在意識に書き込まれた「ダンディって、かっこいい!」は、「ダンディ」に関する情報を自動的にインプットし、収集し続けます。
あなたの中から自然に「ダンディ」が溢れ出てくるようになるまで、やり続けます。
あなたが、「ダンディ」を意識しなくても、あなた自身がダンディである状態まで、導いてくれるのです。

身に付かない、おもしろくない知識や情報より、その方が余程、役に立ちそうでしょう。



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知りたい情報は、自然に集まる。 

しばらくぶりの、【自分史の書き方】の更新です。
これまでの展開は、

【自分史の書き方】過去ログ

でご確認ください。


仕事をしていると、好むと好まざるとに関わらず、膨大な量のノートを取ったり、メモを書いたりすることがあるのではないでしょうか。

会議を記録するためには、議事録を取る必要があります。
だれがどんな発言をした。
どんなふうに議事が進行し、どういう結論に収束した。
その会議を受けて、これから自分はどう行動するか。
事細かにノートを取っておかないと、あとから困ることも出てきます。

私がよく取るノートは、自分が受講生として参加したセミナーや講座のノート。
または、いま考えている企画をさらに練り上げるために、アイデアを書き連ねるノート。
あるいは、さしあたって目的はないけれど、思いついたことを忘れないうちにどんどん書き込んでいくネタ帳的ノート。

とにかく、私はノートの大量消費者ではあるのですが、そのノートをすり切れるほど読み返すことは、まずありません。

セミナーで聴いた話が、
「おもしろかったなあ。これについて、もっと知りたいなあ」
そう感じたら、関連本を読みあさりますよね。
TVで、関連する情報があったら、目を見開いて吸収しようとします。
情報をインプットするだけではありません。
「このまえ、セミナーで聴いたことだけど、すごくおもしろいんだよ」
人に話したくてしかたなくなったりもします。

人間って、「おもしろい」と感じたことに関しては、放っておいても、自然に情報が集まって、
いつの間にかエキスパートになっていくんですね。
最初に書いたノートは、いまや、それをはるかに超える情報量の前に、もう不要品になってしまっているわけです。

そして、「おもしろい」と感じなかった情報も、残念ながら、あまり読み返されることはありません。
それも、しかたありませんね。
つまりは、おもしろくなかったのですから。



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