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「話す」ことは、「放す」こと。 

「いい話」を人に話すことで、なぜ熟成させることができるのか、もう少し考えてみましょう。

「話す」という言葉の語源は、「放す(はなす)」だそうです。

心の内にあるものを手放す意味で、はなす→放す→話す
(話すは、日本の国字で「咄す」とも表します。文字通り、口から出すことですね)

つまり、あることを心の中で考えているだけなら、その考えは自分だけのもの。
でも、人に話すことで口から出せば、それはもう自分だけのものではない。
「放す」ことで自分を放れて、話した言葉が相手のものにもなるということだと思います。
その人と話を共有することになるわけですね。
話を聞いてくれる相手は、わからないことがあれば質問します。
もっと詳しく聞きたいと思ったら質問します。
質問されれば、それに答えなければなりません。
質問と答えのやりとりの中から、自分が話しはじめた話のどこに人が興味を持つのかがわかります。
そして、さらに話を興味深いものにはどうすればよいのかわかるようになります。

日本の代表的な話芸、落語。こうやって話が熟成されていくのって、落語が完成されていく過程と似ているかもしれません。
話し手である落語家は、一つの話を客に何度も話し、その反応によって受けたところをより掘り下げ、受けなかったところをさらに工夫しておもしろくしていくのでしょう。
話すことが「放す」行為であるからこそ、こういう熟成が可能なのだと思います。

「書く」ことではなかなかこの熟成を実感することができません。
「放す」行為と逆に、「書く」行為は思考が内へ、内へと向かっていく作業が大部分をしめているからでしょう。

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