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よい人生を生きる。『小説家の開高さん』渡辺裕一 <自伝・自分史・その周辺28> 

渡辺裕一。懐かしい名前でした。
20年ほど昔、さっと現れて、さっと消えていったコピーライター。
コピー業界では、彼の代表作である広告のキャラクターから、「ペンギンのワタナベさん」
と呼ばれていました。
公の場に姿を見せなくなってしばらくして、廃業して田舎で暮らしているらしいと風の便りで聞きました。

その、ワタナベさんの作家デビュー作。
彼にとって、コピーライターこそ、世を忍ぶ仮の姿だったんだなあと、あらためて思いました。
一つ一つが狙い定めたキャスティングのような、精度の高い10編の短編小説を読むと、ワタナベさんの姿が彷彿とします。
たしかに、資本主義社会に背を向けたような孤高の自由人の空気を身にまとった人だったなあ。

そして、ワタナベさんの自ら選んだ流転人生のこと、「漁船に乗っていた」ことは昔も知っていましたが、そのすさまじい体験のあらましは、この本で知りました。
高校卒業して、蟹工船(!)に乗り、北の海で揉まれる。そこで手に入れた船員手帳を切り札に、ヘミングウェイの足跡を追うように、世界の海を放浪する。
日本でちょっとコピーライターを経験した後、ニュージーランドに移り住み、フライフィッシング三昧の生活を送る。
地球の大きさをトコトン楽しんでいるのです。

そんな彼の作家デビュー作は、小説として読むならポール・オースターの短編のような味わいでしょうか。
でも、これは小説なのかな?
実体験の中に絶妙のフィクションを入れ込んでいるのか、フィクションの中に実体験を投影させているのか。
虚実のボーダーラインがまったくわかりません。
でもボーダーライン探しは無意味なのかもしれません。
話半分。50%がフィクションだとしても、そこにはワタナベさんの圧倒的な実体験があります。

タイトルになっている「開高さん」のエピソードにもしんみりさせられましたが、
私にはもう一つ、大好きな作品があります。
「骨董屋の善二さん」
善二さんの骨董店に買物に来たジョン・レノン、オノ・ヨーコ夫妻。
芭蕉の短冊や隠元の書画、良寛、一茶など、次々買いまくって、ジョンが言う。

「私がこれらを買って海外にもっていくことをどうか嘆かないでほしい。責めないでほしい。
私はロンドンに帰ったらこの芭蕉の短冊のために、日本の家を建て、日本の庭をつくり、茶室をつくり、床の間にこの軸を掛けて、日本人のこころで、この芭蕉を朝晩たのしみます。
だから、同じ日本人に売ったと思って許してほしい」

ほかにも、よい人生を生きている人たちに出会えます。




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