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夫と妻の最後の日々。『妻に捧げた1778話』眉村卓 <自伝・自分史・その周辺32> 

癌で余名宣告を受けた妻のために、小説家の夫はなにかできることはないかと考えます。

 何か自分にできることはないだろうか。
 思いついたのは、毎日、短い話を書いて妻に読んでもらうことである。
 文章の力は神をも動かすというが、もちろん私は、自分の書くものにそんな力があるとは信じていない。
 ただ、癌の場合、毎日を新しい気持ちで過ごし、よく笑うようにすれば、からだの免疫力が増すーーーとも聞いた。

「千夜一夜物語」という言葉がふっと頭に浮かびました。
妻の不貞のために女性不信に陥った王は、夜伽をさせた娘を毎日一人ずつ殺していました。
王に召されたシェラザードは、毎夜、王を夢中にする話をし、凍てついた心を解かします。

眉村さんは、病に侵された妻を少しでも死という理不尽な結末から遠ざけるために、原稿用紙三枚以上の話を書き、妻に読ませました。
自力では読めないようになると、枕辺でその話を読んで聞かせる毎日を送りました。
五年間。千七百七十八日、一日も休まず、1778話の物語。

しかし、妻を見守る夫が紡ぐ物語は、妻をなぐさめるものであるにも関わらず、妻の容態の変化に少なからず左右されます。

 終末がじわじわと近づいてくるという感覚の中で、きょう一日は最善を、きょう一日は最善をーーーと務めるには、何らかの意識操作が必要なのであろう。
 私の場合それは、おしまいのときというものを、頭からぬぐい去ることであった。
 暴走列車に乗っていて、衝突の瞬間まで衝突のことを考えない、というのに似ている。

毎日一話の物語が、実は、夫をいやす目的のものだったのではないかと思えてなりません。

人間の一生で遭遇する出来事の中で、配偶者を失うことはもっともストレスが高いものだそうです。

「妻をなぐさめ、笑わせるのだ」という使命感があって、5年間の「一日一話」を続ける。
その使命があるからこそ夫は、刻々と近づいてくる妻を失う瞬間に耐えられたのかもしれません。

1778話は、妻が亡くなった当日、書かれました。
「最終回」と題されたその物語は、

 いかがでしたか?
 長い間、ありがとうございました。
 また一緒に暮らしましょう。


そう結ばれています。


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