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『最後の授業 僕の命があるうちに』ランディ・パウシュ <自伝・自分史・その周辺3>  

アメリカの若者たちの自立心が強く、個が確立されているのは、アメリカが強固な父権国家であり、父権社会であるからだと、かつては言われていました。
父から子(特に息子)へ伝える父親として、男としての生き方があり、アメリカ男性の精神性の支柱になっているというふうに思われていました。
しかし、いまや大統領やFRB議長、金融業界のトップ、自動車メジャーのトップたちのおかげで、アメリカ父権主義の理想はすっかり地に落ちた感があります。

『最後の授業』を読んで、最初に思い至ったのは、「まだ生きていたのか、この父親像が……」という感慨でした。


私が若い頃、よく見たアメリカのTVドラマには、いつも強くてやさしく、ときに厳しい父親が存在していました。「大草原の小さな家」「パパはなんでも知っている」「名犬ラッシー」など、子供の私があこがれた父の肖像です。

一度は克服した癌がすい臓に転移し、余命半年を宣告されたカーネギーメロン大学のコンピューターサイエンスの教授ランディ・パウシュ。
『最後の授業』は、文字通り彼が、大学で行った最後の講義をもとに、書き下ろしを加えたものです。
でも、その講義の目的は、過去の業績の集大成を残すためのものではありません。
晩婚だったパウシュ教授には、余命宣告された46歳の時点で、5歳と2歳の息子、1歳の娘がいました。
彼のいちばんの心残りは、子供たちの成長する姿を見られないこと。父親が自分にしてくれたように、成長の過程のときどきに、父親として適切なアドバイスを行えないことでした。
パウシュ教授は、子供が成長して「パパはどんな人だったの?」と妻に質問するときのために、最後の講義をDVDにし、未来の彼らにメッセージを残そうとしました。

テーマは、「僕はこうして夢をかなえてきた」

400人の聴衆を前にしたその講義は、子供たちの将来に向けたメッセージでした。
大切な試合に得点できなかったとき、恋に落ちて相手に思いを伝えられないとき、仕事に行き詰まったとき、進路に迷ったとき、父親がすべきアドバイスをその講義で語ったのでした。
妻と三人の子供の未来に、不在の父を存在させるための最後の講義。その準備のためには、いまこの瞬間、家族とともに過す時間を犠牲にせざるを得ないのですが、パウシュ教授は未来を選択しました。

死に向きあう姿を見ることは、他人事ながら精神的にも辛いものがありますが、パウシュ教授のユーモアと誠実さが、その苦しさを救っています。
また、彼の子供たちだけでなくとも大切に心に刻みたい素敵な言葉が溢れています。
YouTubeで、ランディ・パウシュで検索すると、彼の最後の授業が見られます。 長尺ですが、パウシュ教授の人柄を知ることができます。お時間のあるときにご覧ください。

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