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花づくりより土つくり。『園芸家の一年』カレル・チャペック <自伝・自分史・その周辺35> 

いわゆる「オタク」が、自分の趣味嗜好への傾倒を正当化するために書いた文章を読むのは、正直かなり面倒くさいものです。
興味がない眼から見ると、その趣味のすごいところを畳みかけてくるハイテンションについていけません。

カレル・チャペックは、深い洞察をユーモアに溢れる文体で表現した小説家。
チェコ国民に敬愛され、その作品は世界中で読まれています。
また、新聞記者として、政治批判したことから、ドイツのナチス政権からさまざまな迫害を受けました。

そんな国民的大作家が、庭作りオタクだったのですね。
この本は、1月から12月まで、庭をどんなふうに季節が訪い、それに合わせて、園芸家がどんなふうに右往左往するかを、ユーモアたっぷりに描いています。

「園芸家の二月」
素人園芸家は、ふつう尻の上で終わっている。足と手は横に広げられており、頭は草を食んでいる牝馬のように、両ひざのあいだのどこかにある。

身長1メートルを越える園芸家はめったにいない。



「園芸家の四月」
四月は芽ぶきだけではなく、植付けの月でもある。熱心に、そう、猛烈な熱心さと待ち遠しさをかかえて、あちこちのプロの園芸家にすでに苗を注文していた。
そうした苗がなければ、もうそれ以上生きていられないほどの気持ちだ。

やがてある日のこと、(注文していた)百七十本もの苗や苗木が、わが家に集合し、土の中に植え込んでくれと望む。その瞬間になって、園芸家は、自分の庭をしげしげと見わたし、植える場所がどこにもないことを知り、たちまち心を沈ませる。
つまり、四月の園芸家とは、干からびかけた小さな苗を手にして、自分の庭を二十回も歩きまわり、まだ何も生えていない土が、1インチでもないかと探しまわる人間なのである。

あまりにもすることが多い園芸家の生活。
第三者的に考えると、その苦労は美しい花が咲くことで報われるはずなのですが、丹精した花の話はほとんど出てきません。
花を愛でることより、庭を作ることが大切なんですね。
ちょっとわかったような気がしました。


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