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死の傍らで生きること。『世界は危険で面白い』渡部陽一 <自伝・自分史・その周辺39> 

中学生のとき見たビールのCMで、「戦争カメラマン」になる自分を予感した。
大学生のとき行ったアフリカで、はじめて人が殺されるのを目の当たりにし、友人に「戦争カメラマン」になることを伝えた。

こんな生い立ちを持つ渡部さんは、根っからの「報道カメラマン」です。
でも、この本の前半「アフリカ編」あたりまでは、なかなか「報道カメラマン」が伝わってきません。

新聞社にも雑誌社にも所属することないフリーカメラマン。
あくまでも自分の直感に従い、行き先を決める。
道なき道を行き、危険ある方を選んでいるかのように進んで行く姿は、報道カメラマンでもジャーナリストでもなく、「冒険家」という呼び方こそふさわしい生き方です。

マラリアに罹り、野犬に襲われ、モスクに監禁され、空爆に襲われ……。

行く先々で出会うトラブルは、つねに、死の淵のギリギリのところまで彼を運んでいきます。
なぜか、渡部さんは、その危険に喜々として立ち向かっているような印象を見せてくれるのです。

でも、やはり「報道カメラマンだ」と納得させられるのは、
2004年にイラク・バグダッドで、米軍の従軍取材をしたときのことです。

バグダッドの米軍キャンプに毎日送り込まれてくるのは、女性を含む20代の若者たち。
大学進学への学費や結婚資金を稼ごうという、現実的な目的で、高い報酬の仕事を求めてやってきた、“普通でまとも”な感覚を持った青年たちでした。

渡部さんは従軍カメラマンとして彼らと寝食を共にし、装甲車や武装ヘリコプターで毎日最前線へでかけていました。

 そこから見えてきたのは、兵士たちが次々と簡単に死んでいくことと、
生きのびても次の日に再び生きてキャンプ地に戻れるかわからないということだった。
 パトロールと称した“死の行軍”が毎日繰り返されていた。

 安全であるはずのキャンプ地にも連日砲弾が撃ち込まれる攻撃が続き、兵士たちは戦わずにして命を落としていった。
 “普通でまとも”な若者兵士たちは戦友たちが目の前であっけなく死んでいく姿を見続けていた。

戦友の死から彼らは、自分を守る唯一の方法を学びます。

 殺される前に相手を殺すこと。常にこちらから攻撃をしかけること。
 それが生きて母国に戻り家族と再会できる一番確実な方法であるということだ。


「確実に生きる術」を手に入れた青年たちは、それとは裏腹に、精気を失い、うつろな表情になっていきます。
戦場での試練を乗り越えて、帰国した後も、彼らは戦場の後遺症に苦しめられます。

「世界は危険で面白い」という、ノリだけで決めたようなタイトルの中に、渡部さんの深い思いが込められているのかもしれません。



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