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「嫉妬」という芸の肥やし。『赤めだか』立川談春 <自伝・自分史・その周辺40> 

これまで弟子たちが、師匠、立川談志の言動をネタに書いた本は、いったい何冊上梓されているのでしょう。
最近では、立川キウイ「万年前座 僕と師匠・談志の16年」という本が出ました。
まだ読んでいませんが、この本もおもしろいらしいです。

「赤めだか」で描かれた談志師匠も、ご本人の落語に負けず劣らずおもしろい。

もちろん、本の主題は立川談春の半生記です。
「サラリーマンより楽らしい」と、不埒な理由で噺家になるべく立川流へ入門。
年の近いライバル立川志らくと張り合いながら本物の噺家になっていく。
でも結局、最後の感想は「わあ、談志、おもしろい!」というものになってしまいます。
立川談志、面目躍如です。

 「己が努力、行動を起さずに対象となる人間の弱みを口であげつらって、自分のレベルまで下げる行為、これを嫉妬と云うんです。
一緒になって同意してくれる仲間がいれば、さらに自分は安定する。
本来なら相手にならび、抜くための行動、生活を送ればそれで解決するんだ。しかし人間はなかなかそれができない。
嫉妬している方が楽だからな。
芸人なんぞそういう輩の固まりみたいなもんだ。だが、そんなことで状況はなにも変わらない」

立川談志が、古今亭志ん朝に嫉妬したように、同門のライバル志らくに激しく嫉妬し、その活躍に焦る談春を諭した言葉です。

「その行動を起せない奴を俺の基準で馬鹿という」

芸人としての業の、なんと深いこと。
「名人談志」と呼ばれるに至るまでに、この人は、どれだけ他の芸人たちに嫉妬してきたのでしょうか。
嫉妬という葛藤の中から、自らの芸を昇華させてきたのでしょう。
それを経験してきた談志だからこそ、弟子にこんなことが言えるのでしょう。

談志自身は、落語協会を飛びだし、師匠である柳家小さんには破門され、立川流を創始しました。
小さん師匠とは、公には最後まで和解することがありませんでした。
小さんの葬式に出なかった談志は、談春にこう言ったそうです。

「葬式、つまり儀式を優先する生き方を是とする信条は談志の中にはないんです。そんなことはどうでもいい。何故なら……

談志の心の中には、いつも小さんがいるからだ」



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