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「夫唱婦随」という生き方。『ゲゲゲの女房』武良布枝<自伝・自分史・その周辺41> 

私が考える「自分史」という概念を、そのままを具現化したのがこの本でした。

武良布枝さんは、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるサンの妻。
結婚当初、水木サンは、貸本マンガを描いて収入を得てしました。
しかし、約束の原稿料を当然のように半額に値切る貸本マンガの世界。
質屋通いが日常の極貧生活を、二人は送ります。

仕事場にこもると、何時間も机に向かい、カリカリとペンを動かし続ける水木サンの後ろ姿を見て、布枝さんの心には、夫への尊敬の念が浮かんできます。
当時を布枝さんは、こんなふうに回想します。

私にはマンガの良し悪しはよくわかりませんが、マンガにかける水木の強い思いに、心打たれたのです。
一生懸命に描いている水木の後ろ姿を見ていると、絵が気持ち悪いとか、話が怖すぎるとか、
思ってはいけない、口にしてはいけないと感じました。
来る日も来る日もそういう水木の姿を間近で見ているうちに、
「この人の努力は本物だ」ということを、誰よりも身近な私が、いちばん知っている
……そんな「誇り」のようなものを抱くようになったのでした。

水木サンが生きのびることができたのは、この妻あってこそなのでしょう。

水木は以前、雑誌の編集者に「奥さんはどういう人ですか?」と聞かれて、
「『生まれてきたから生きている』というような人です」
 と答えたそうです。それを聞いたときに、思わず笑ってしまいました。自分でもそのとおりだと思ったからです。

大らかな愛で夫を見守り、つねに水木サンの最大の理解者であり続ける。
「夫唱婦随」という生き方を、これほど肯定的に実行した夫婦は、現代では極めて特異でしょう。
でも、夫妻の誠実さのゆえか、いつの間にか読者も、この古風な生き方に肯定的になってしまっているのです。

紆余曲折の人生を、布枝さんは、「終わりよければすべてよし」と振り返ります。

縁あって半世紀近くも連れ添った水木は、私の目から見ても、たしかに変わっています。
水木の作品はもちろん、言動もユニークなものでした。
それらすべてを理解し共感したわけではありませんが、そういう男性と連れ添ったために、
普通では味わえないような、喜びも悲しみも、誇らしさも口惜しさも経験することになりました。
いま晩年を迎えて、そうした数々の思い出すべてに、私は感謝します。




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