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知る義務について考える。『ワニの涙』立松和平 <自伝・自分史・その周辺44> 

2月8日にお亡くなりになった立松和平氏が書かれた紀行文です。
立松さんと言えば、二十年ほど前、「ニュースステーション」のレポーターとして、日本全国、世界各地を旅したルポが忘れられません。

お人柄ゆえなのでしょうか、そこに住む人々の懐深く入り込んでしまう人懐こさ。
栃木弁の訥々とした語り口は、包み込むようなやさしさを感じさせました。
その語り口のままに書かれた紀行文です。
文章の一語一語を、立松さんが傍らで語ってくれているような、ぬくもりが伝わってきます。

立松さんが訪れるのは、けっして華やかな場所ではありません。
旅人の眼には、「なぜ、こんなところにまで、人は住む?」
答えが出ない疑問が沸き起こってくるような土地ばかりです。
たとえば、岩だらけのアラン島。
岩にへばりつくわずかな土は、この土地に住む男たちがつくったものでした。

「いい土でしょう。おいしいジャガイモがとれますよ。ここには岩しかなかったんです。
家を建てたときなどにできた土をどんなにわずかであっても運びます。そこに砂と豚の糞と海草をまぜて土をつくっていきます。海草を運ぶのに、海岸と畑を一日二十回も往復しましたよ」

気が遠くなるような労働を経て、肥えた土地をつくったが、その土の深さは2センチから3センチしかありません。鍬の先はすぐ固い岩にあたってしまいます。そんな土地を、彼らは、さらに広げていこうとしています。

「これからこの土地を畑にするつもりです。五十年もすればいい畑になるはずですよ。息子が使うでしょう。最高のジャガイモがとれます。この畑は父がつくったのです。私も若かったけど手伝いました」

なんと気の長い話をするのだろう。こんな荒地でも人は生きていたのだ。海は土さえも恵みとしてくれるのである。ここでは一握りの土さえも、一個のジャガイモさえも、無駄にすることはできない。労苦の結晶だから。

立松さんの、静謐な紀行文を読みながら、考えたことがありました。

二十年前、私たちが見知らぬ世界のことを知るためには、こんなふうに、その土地へ出かけ、その土地の人々と触れ合い、生き方をルポし、思いを伝えてくれる人がいました。
でも、いま私たちが、たとえば、ハイチの地震のことを知りたいと思えば、まずネット検索をします。事件や事故の映像は、YouTubeで、ほとんどリアルタイムで見ることができます。
キーボードを打つだけで、わかったような気になってしまう。
世界との関わり方が、どんどん鳥瞰図的になってきているのではないでしょうか。
インターネットは人間の「知る権利」を満たしてくれます。でも、「知る義務」をないがしろにしてしまいます。
旅のルポを通じて、立松さんが担っていたのは、人間の「知る義務」を果たすことだったのではないかと思えてきました。
「知る義務」を果たせなくなった私たちの時代。知ってるつもりの世界から、どんどん忘れられていく土地や人々が増えていくのではないでしょうか。



コメント

はじめまして

あしとも申請ありがとうございます。
早速、コミュニティーにも参加させて頂きました。書き込みはもう少し待って下さい^^;
深い話ですね。私も知ってるつもりでず~っと生きてきた一人です。
本当の意味で知るということは、なかなか簡単に出来るものじゃないと思いますが、身近なところから努力をしてみます。
宜しくお願いします。

Re: はじめまして

ろくさま

コメントをいただき、ありがとうございます。
こんなブログをやっています。
ぜひ、お付き合いください。


> あしとも申請ありがとうございます。
> 早速、コミュニティーにも参加させて頂きました。書き込みはもう少し待って下さい^^;
> 深い話ですね。私も知ってるつもりでず~っと生きてきた一人です。
> 本当の意味で知るということは、なかなか簡単に出来るものじゃないと思いますが、身近なところから努力をしてみます。
> 宜しくお願いします。

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