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「むぼう」を「きぼう」に。『山谷でホスピスやっています。』山本雅基<自伝・自分史・その周辺48> 

山谷「きぼうのいえ」。
身寄りのない人や困窮する人のための在宅ホスピスです。
山本雅基さんと、彼の最大の理解者であり看護師である妻の美恵さんの、屈することを知らない情熱によって実現されました。

宗教者になることを志し、修道院に入った山本青年は、祈りよりも行動する生き方を選びなおし、修道院を飛びだし、ボランティア活動に身を投じます。
NPО団体で路上生活者におにぎりを配る活動をしていたとき、若い男に出会います。

 「俺はがんなんだけど、もういいんだ。
 俺、プータローだし、生きていてもね……」
 「そんな悲しいこというなよ。とにかく、生きられるだけ生きてみようよ、ねえ」
 彼は、うーんと言ったきり川面を見ていた。まぶたははれていて、泣いているようだった。
 ぼくは、ますますホームレスのためのホスピスをつくりたいという思いを深めていった。

 「山谷・すみだリバーサイド支援機構」。ワープロで打ちだして自宅の玄関に貼った。


圧倒的な行動力。彼の情熱に呼応し、援助を申し出てくれる人が次々に現れます。
というより、青年の危なっかしさに、訳知りの大人たちが見るに見かねて手を差し伸べてくれるという感じでしょうか。
これって、誰もやったことがない新しいプロジェクトを立ち上げるときの必勝パターンではないかと思います。
若々しい理想に、老練な戦術。

お金がなくても、山本さんは決して妥協しません。

施設の設計の段階での設計士との話し合いでは、無理と思える要求を出します。

「そこには洗面所と冷蔵庫も入れます。エアコンとビデオも」

 終のすみかなのだ。モノとしての豪華さではなく、空間にこめられた思いを表したかった。
 ぼくは死んでいく場所を提供したいのではなく、生きる場として使ってほしいのだ。
 生きて、最後の一瞬まで生きて生きて、生きることはいいなあと感じ取ってから次のステージともいうべき死に臨んでほしい。


彼らにぴったり寄り添う気持ちは、理想を理想で終わらせません。

日本中、どこにも居場所を見つけられず、終のすみかを山谷に求めるのは、一筋縄ではいかない人物ばかりです。
紆余曲折の人生を送り、世の中に臆病になっているかと思えば、逆に総身から溢れんばかりの怒りを発していたり。
他人がまったく信じられず、被害妄想にさいなまれる人もいます。

注意深く彼らを見守り、ともに泣き、笑い、最期を迎える彼らの痛みを、山本夫妻は分かち持ちます。
当初は「むぼうのいえ」と呼ばれたホームレスのための在宅ホスピスは、本当の「きぼうのいえ」になりました。


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