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「感動」は、読み手にゆだねる。 

これまでに書いてきた5つの成功体験を描いた「強み体験エッセイ」。
そのなかに、「感動した」系の言葉が入っていないか、ちょっとチェックしてみましょう。
文章修業もまだ入門直後のころは、必ず締めの一文を、「とても感動しました」とか、「大きな感動を得ました」とか書かないと落ち着かない気分になることがあります。
「感動した」と書かないと、文章を書き終えた気がしないのかもしれません。

「感動した」「感激した」
他にも、「感銘を受けた」とか、あるいは、「感涙にむせんだ」とか、感情を深く動かされたときの表現はいろいろあります。
それら、感動最上級の言葉の使い方には注意が必要です。

あなたの文章のなかで、「感動した」と書けば、それは、あなたが本当に感動したことに違いありません。
でも、それを「感動した」のひと言で括ってしまうと、あなた個人のユニークな体験を、「感動」という一般概念のなかに閉じこめてしまうことになりかねません。

文章で伝えたいことは、あなたが深く感動した出来事です。それを伝えるために、微に入り細に入り、感動した事実だけを積み上げていかなければなりません。

感動したあなた自身が「感動した」と言ってしまうことは、映画の主役俳優が舞台挨拶で、「感動した」と言ってしまうことと一緒ですね。
私たちが知りたいのは、「感動した」という感想ではなくて、あなたを感動させるにいたった出来事なのですから。

出来事は事実であり、それは客観的に描くことができます。
でも、あなたが感動したことは、あなたの主観であって、主観をそのまま提示しても、読んだ人にそのまま伝わる保証はありません。
あなたの感動を確実に伝えるためには、出来事を客観的な事実として描き出す以外に方法はありません。

感動するかしないかは、その文章を読んだ人にゆだねられるべきです。
そのためには、読んだ人が本当に感動できる出来事なのかどうかを検証できるよう、丁寧に出来事を描いていってください。

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