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「うれしい」のための仏教。『ボクは坊さん。』白川密成 <自伝・自分史・その周辺60> 

実体をほとんど知らないのに、「きっと、こんな感じの仕事だろう」と、思い込みで理解されてしまっている仕事があります。
「坊さん」は、その最たるものではないでしょうか。

「宗教法人は税金がタダ」とか、「日本の仏教は葬式仏教」とか、「生臭坊主」とか、尊敬されるべき職業でありながら、同時に悪いイメージもつきまとっています。

日本で唯一、密教学科がある高野山大学を卒業した若き坊さん 白川密成さん。
先代住職である祖父が亡くなり、必然的に24歳の若さで四国八十八ヶ所霊場第五十七番札所 栄福寺の住職となりました。

教えを請うべき師である祖父を失い、近くに僧侶としての日常を日々見守ってくれる人はいません。
だからこそでしょうか。密成さんは、日常に起きるさまざまな出来事の解決の糸口を、仏典に求めているようです。
彼の高野山大学の卒論のテーマは「密教と現代生活」というものでした。
一人の僧侶として、また、由緒ある大寺の住職としての密成さんは、仏教の教えをいかに現代の生活に活かしていくかということに心をくだきます。

住職になるときの儀式では、先輩の僧や檀家の人々の前で、奉告文と呼ばれる文を読みあげ、住職としての「はじまりの宣言」をします。
古い仏教形式で書かれた長文なのですが、その中で、密成さんはこんな文意の奉告文を読みました。

 私はここに誓うのです。
 長い時を越え、仏に供養の花を捧げ、その仏法に学んだ智慧を積み重ねようとします。
 そして、弘法大使の残した法の宝に教えを請い、今までの僧侶の先輩方の思いに報いようとします。
 また、ここに誓うのです。
 私はわからないことを「わかった」としません。
 ただ宇宙の不思議とその心に、細心の注意を持って耳を澄ませようとします。
 そのような中でできるかぎり、深刻な顔であるよりも笑顔でありたいと思います。

 
 伝統ある行事の中で「笑顔」という自分なりの言葉を口にするのは、なんだか尻込みする思いだったけれど、それよりも自分の素直な思いを口にすることが、すこぶる大切な気がしたのだ。
 仏教は「うれしい」のためにあるものだと僕は思うから、しかめっ面でいることよりも、
できることならば笑顔であることを目的としたい。


住職となってかれこれ十年。
いつも笑顔の若い僧の生き方が、とても清々しく見えるのは、「ブッダの教えは、人を幸福にする」という、ゆるぎない信念を持っているからなのでしょう。

四国巡礼に行くときには、ぜひお訪ねしたいと思います。



自分史の本棚
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