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自分を見つける。『自閉症だったわたしへ』ドナ・ウィリアムズ <自伝・自分史・その周辺64> 

「自分を閉じこめる」病気、自閉症。
閉じこめられたその中でどんなふうに思考し、その思考からどんなふうに行動するのか。
外からは伺い知ることができない、自閉症児の頭の中で起こっていることを、教えてくれる本です。

ドナ・ウィリアムズは、生まれてからずっと、現実の自分と心の中の自分を統合することができませんでした。

子供の頃のドナは、家族に理解されず、どうやってもコミュニケーションできませんでした。
普通の子と違うドナは、実の母には疎まれ、虐待も受けます。

 自分の気持ちを人に伝えようとする「ことば」もあった。
 だが、どれもとても微妙なものだったので、気づいてもらえないことが多かった。
 さもなければ、またあの「おかしなドナ」が変なことをしていると思われるだけで、終わってしまうのだった。

幼いドナは、自分より少し年上の少女キャロルに、公園で出会います。
キャロルはドナを自分の家に誘いました。
その家には、ドナの厳しい母親とは違うやさしいキャロルの母がいました。
キャロルの母は、ドナにもとてもやさしく接してくれて、三人は笑い合いました。

他の人が笑っていると、ドナは考えます。

 皆、あなたのことを笑っているのではなくて、あなたと一緒に笑っているのだと言ったものだ。
 だが、わたし自身は笑ってはいなかった。
 だから、わたしは相手の真似をして笑うようにした。
 そうすれば、本当に彼らの言っているとおりになる。
 わたしのぎこちない笑い方に、彼らはまた笑う。
 一緒にわたしも笑う。
 すると、皆はわたしも楽しんでいるんだと思い、わたしのことを楽しい人間だと思うのだ。
 ここから学んだものは、後にわたしの人生におおいに役立つこととなる。
 わたしは自分の行動が人の次の行動のきっかけを作り、それによって自分もその場に入っていけると知った。
 つまり、演技することを覚えたのだ。


キャロルとは一度会ったきり、公園で待っても二度と会うことはありませんでした。
ドナは、自分自身の中に、誰にでも好かれる「キャロル」をつくりあげます。
キャロルだったらどうするだろうかと考え、コミュニケーションを学びます。

 「キャロル」は人に好かれるすべてのことを備えていた。明るい顔で笑い、たくさんの友だちがいて、いろいろなおみやげを持って帰ってくる。
 「キャロル」は比較的普通にふるまう。これにはわたしの母も、おおいに喜んだ。キャロルなら、いつもにこにこして、社交的で、よく笑って、踊るのがとても上手なのだ。
 こうしてわたしがすっかり「キャロルになっていた」間、ドナはわたしの中から姿を消していた。


キャロルになることで、かろうじて人とのコミュニケーションが可能になりましたが、「ドナ」というアイデンティティを失います。
ドナが自分自身を取り戻す闘いは、実のところ、この本を書きあげるまで続いたのかもしれません。




自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

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