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必ず生きて帰る。『一歩を越える勇気』栗城史多 <自伝・自分史・その周辺67> 

ただひたすら、山を愛し、登山を愛する人には、栗城史多(くりきのぶかず)さんの、無酸素・単独登頂は、受け入れがたいものかもしれません。
登頂の様子をインターネット動画配信する。そのために、軽量化されたとはいえ、4キロの重量の機材を余分に持つことになる。
トイレットペーパーの芯すらも重いと思う登山家にとって、余分な機材を持つこと自体が、純粋な登山ではないと思われるでしょう。

毎回、死と隣り合わせの極限まで、肉体と精神を痛めつけながら、8000メートル級の山に無酸素・単独で登頂する。
彼の挑戦の意味を理解させてくれるのが、この本です。

栗城さんの最初の海外登山は、マッキンリー。
「無謀だ」「不可能だ」「できるわけない」
後押ししてくれる人はまったくいない状態での挑戦でした。

クレバスに落っこちても誰も助けてくれないばかりか、仮に死んだとしても、誰にも見つけられることのない、完全な単独登頂でした。
たった一人での単独登頂を行ったことで、栗城さんが気がついたのは、

人間は、人と人がつながるところでしか生きていけない。

ということでした。

いまは、さまざまな人たちを巻き込んで、チーム栗城を編成しています。
単独で山頂アタックをするときも、ベースキャンプに残る仲間たちから無線でのサポートを受けています。

ヒマラヤのダウラギリへの登頂のときは、仲間とこんな交信をしました。

 無線でベースキャンプと連絡を取る。
「目が見えない。目が変になっている」
「無理をしないで下りたほうがいい。とにかく下山することを頭に入れて」
「わかりました。でもギリギリのところまでがんばります」
「ギリギリまでがんばったらダメだから」


 山に入るのは、必ず自分の力で帰ってくることが条件だ。僕はまだ山で死んではいけない人間である。なぜなら大方の人が、僕の単独・無酸素のチャレンジを「無理」だと思っているからだ。
 その人が思う「無理」「不可能」を取っ払いたい。だから僕は生きて帰らないといけない。

人とつながることは、挑戦を仲間と共有することです。

 夢を語ることは、自分を変えるだけではなく、多くの人と出会い、支え合うツールにもなる。自分の夢に興味を持ち、共鳴してくれる人は必ずいるのだ。
 夢は自分一人でかなえることはできない。エベレストでのインターネット生中継も、僕一人の力で行うことはできない。そこには酸素の薄いヒマラヤで二ヶ月以上も一緒に戦ってくれる仲間が必要だ。


夢を実現するために、栗城さんは人とつながり、夢を実現することで、人と人をつないでいるのでした。



自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

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