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自分史を書くモチベーションを保つ。 

どんなスタイル、どんな形式、どんな内容でも、自分史の題材は、自分自身です。
エッセイであっても、小説であっても、あるいは日記、紀行文、家族の成長記録であっても、自分史である以上、題材はあなたの中にあります。
あなたの中にある題材を文章にすることは、よくわかっていることだから書きやすいというメリットがあります。
しかし、よくわかっているということが、逆にデメリットにもなります。

よくわかっている出来事です。
「わざわざ文章にするまでもなく、思いだせば、それですむ」

文章を書くことは、エネルギーも時間も使う、かなり面倒くさい行為です。
その面倒くさいことをあえてするには、それなりのモチベーションが求められます。
面倒くささを克服して、なんとか書きあげたとしても、その文章は、かねてよりよく知っていること。

他人が書いた文章は、多くの場合はじめて読む内容です。
フィクションでも、ノンフィクションでも未知のものに触れる歓びがあります。
小説のストーリー展開にワクワクしたり、作家の視点に共感したりもします。
あるいは、新しい情報に、知識欲が満たされたりもします。
知性にせよ、感性にせよ、なにかを得ることができれば、「読んで得した」と思えます。

自分のことを書いた文章では、なかなか「読んで得した」感は得られません。
では、どんなことで書くモチベーションを保っていくか。
プロではないライターが、書き続けるには、モチベーション問題を解決することが必要です。

コメント

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Re: タイトルなし

神崎さま
コメント、ありがとうございます。

>  ちょっと自分史を書いた事がないので分からない部分なのですが、そういう場合は、自分史を他人が読んでくれた時の反応を期待し(楽しみ)ながら書く事でモチベーションを保つ、という感じなのかなぁ、と思います。

これも、もちろんありだと思います。
私の提案は、カウンセラーという立場から、書くことによって、「自分」という存在を、確認しようというものです。

書けば書くほど、自己理解が深まって、自己理解が深まるほど、あるべき自分像が鮮明になっていく。

そういうねらいなんです。
もちろん、書いているうちに、書くことが好きになり、それで本を出すもよし。

>  自分史も書き上げた後に他人に見てもらいたい、という気持ちがあるなら、モチベーションを保つ事が可能かもしれません。

そうなると、こういうことですよね。

でも、本を出さない人にとっても、「自分史」って、意味があるんじゃないかな。
そういう考え方をしています。
  • [2010/09/09 19:00]
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  • カウンセラー タケ
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