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性同一性障害は、自我同一性障害。『変えてゆく勇気 「性同一性障害」の私から』上川あや<自伝・自分史・その周辺72> 

2003年、世田谷区議会議員選挙に出馬し、当選した上川あやさん。
生まれたときから自分の性に違和感を感じていました。
「性同一性障害」の自覚を持つまで、自分を肯定することができず、悩み苦しみます。

 親、兄弟、学校の友達……。本当に大切な人たちだから、本当の私を知ってほしい。でも、大切な人だからこそ、口にはできなかった。
 もし一番大切な人から否定されてしまったら、自分の居場所はどこにもなくなる。そのことが、心の底から恐ろしかった。


 自分で自分のことがわからない。苦しくてたまらないのに、自分で手に入れられる情報は限られていた。男性に生まれて男性に惹かれる私は、同性愛者なのかな? と思い、辞書で「同性愛」を引いてみると、「異常性欲、性的倒錯」と書いてある。 
 今では考えられない定義だけれど、当時の私にとってはものすごくショックだった。
 情報を集めても、肯定的な内容は何一つなく、絶望的な気分が募るだけ。
 「私は誰?」。
 その答えを読みとくヒントは、学校教育からも社会生活からも一切、得ることができなかった。


「性同一性障害」という病名を知る以前、思春期のあやさんは、自分がなにものなのか、その答えを見つけることができませんでした。
性同一性障害は、自我同一性障害でもあったのです。

女性として生きる決意をしたあやさんは、女性ホルモンを注射し、胸が膨らんでくることで、自分の身体を取り戻していきます。
ただ、彼女にとっては「正常化」であっても、周囲の人々に理解されることではありません。
会社で健康診断の通知がされた日の翌日、あやさんは、「一身上の都合」の辞表を出して、勤めていた会社を辞めました。

戸籍の性と異なる性で生きるには、大きな困難が伴います。
髪を伸ばし、女性の服を着てOLとして働くことができたとしても、戸籍の性別が男性のままでは、健康保険にも年金にも加入できません。
性同一性障害の人たちは、正社員になる道が閉ざされ、社会保障の枠組みの外に置かれてしまいます。

そんな社会を変えるために、区議会議員となったあやさん。
すべての人がのびやかに生きられる多様性ある「フツウ」を求めて、活動を続けています。



自分史の本棚
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