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夢の途中で。『明日もまた生きてこう 十八歳でがん宣告を受けた私』横山友美佳<自伝・自分史・その周辺83> 

「なぜ、わたし?」、何千回、何万回と自分に問いかけたことでしょう。

高校生でバレーボールの全日本選手に選ばれ、オリンピックに出場するために猛練習を積んでいた最中に、がん宣告を受けた横山友美佳さん。
若い肉体に住み処を得たがん細胞は、貪欲に全身を侵食していきます。
闘病のために、バレーボールは諦めなければなりませんでした。
でも、どんな理不尽な運命でも、人生を諦めることなんかできませんでした。

抗がん剤の痛みと副作用に耐えながら、大学受験のための勉強を続けます。
この間の彼女の勉強の様子は鬼気迫るものがあります。
それはまた、がん細胞と「生きる執念」との闘いの様子でもありました。
小学生の頃から、バレーボールを通して続けてきた自分との闘い。
病気を言い訳にして、闘いを止めることはできなかったのでしょう。

入院中の病院から受験会場に向かい、体調のすぐれぬまま受験し、友美佳さんは、見事早稲田大学の人文科学部と教育学部に合格します。

最後まで諦めない強靭な精神に、圧倒されます。
でも、若い女性らしいこんな弱さもありました。

最初の入院で一緒だったSちゃんから、メールが届きました。
『とても元気にしている』。定期検診で病院に行くと。
抗がん剤治療を続けているときでした。
半年ぶりに会える機会だったのに、友美佳さんは、自分が入院していることを隠してしまいました。
病棟をSちゃんが尋ねてきたのに会おうとせず、じっと身を潜めていました。

 同じ年齢で、入院している間も仲のよかったSちゃんと話をしたいことは山ほどあった。
 暗い病室にいると、外から明るい、そして元気な声が聞こえたが、病室から出る勇気がなかった。
 退院をしてから元気に過しているSちゃんに会うのが怖かった。
 今の自分と比べてしまいそうで、これ以上傷つきたくなかった。気づいたら、人の喜びを素直に喜べなくなってしまった。
 いつから、こんな最低のやつに変わってしまったのか?


 しかし、いつまでも病院に残されている自分が、後から入院をして、先に退院をして、そしていまも元気に生活できて、大学にも通えている人と一緒に喜ぶことはできない。
 そこまでおおらかにはなれない。胸が焼けるように嫉妬をするし、たまらなく羨ましいからだ。


この真正直な自己開示こそ、彼女の生きることへのメッセージなのでしょう。
あとがきに書いたのは、

 今の世の中、自ら命を捨てる事件がたくさん起きていますが、それを聞くと強い怒りを感じます。
 私がこんなに命を守りたくて、健康を手に入れるために、こんなに治療をし続けているのに……。
「命を捨てるくらいなら、私にください!!」

がん宣告から三年。
闘い続けた肉体は、最後はがんの前に屈しました。でも、その精神が負けることがなかったことを、私たちは決して忘れません。



自分史の本棚
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