スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

18歳からの生き直し。『ぼくらはみんな生きている』坪倉優介 <自伝・自分史・その周辺90> 

副題は、「18歳ですべての記憶を失くした青年の手記」。
大阪芸大1年生のときのスクーター事故で、前頭葉を損傷。18歳以前の記憶をすべて失ってしまった坪倉優介さん。
言葉はわかっても、それが意味すること、概念はまったく理解できなくなっていました。

「食べる」という言葉は理解できても、「食べる」という行動は忘れていました。
「お腹が減る」感覚もない優介さんは、放っておかれると二三日食事をしなくても気がつかない。
食べはじめると、いつ食べ終わればいいのかわからなくて、苦しくても食べ続けてしまうのでした。

18歳にして、新たな脳の神経回路を繋ぐことが必要でした。
赤ちゃんからの学び直しです。

 かあさんが、ぼくのまえになにかをおいた。けむりがもやもやと出ているのを見て、すぐに中をのぞく。
 すると光るつぶつぶがいっぱい入っている。きれい。でもこんなきれいなものを、どうすればいいのだろう。


優介さんの目には、ご飯がこんなふうに映っていました。
お母さんにチョコレートをもらったときは、こんなふうに感じました。

 口の中にほうりこむ。すぐにペチャンコになって、口の中いっぱいに味がひろがっていく。
 かあさんが、「すごくあまいでしょ」ときいてくる。この味は、あまいというのか。
 もっとほしい。もっとたべてみたい。そう言ったけれど、かあさんに「今日はこれでおしまい」と言われてしまった。だから、しかたなくあきらめる。
 でも、あまいという味をわすれることができない。


失われた18年間を思い出そうとはしました。でも、まったく思い出せません。

事故から5年、もどかしくもあり、切なくもある優介さんの学び直しが、ほとんど完了したと思わせるエピソードが描かれています。
たまたま帰った実家の近くで、高校時代の友人にばったり出会い、「高校時代の仲間と一緒に飲むから」と、居酒屋に連れていかれます。
二人が加わって、四人で飲みますが、実は誰一人として思いだせません。

 すると、そこにいる一人が、ぼくに、「優介は何してるんや」と聞いてくる。だからぼくは「学生」と答えた。
 友だちは「あれえ、学生。まだやってるんか」と言う。他のみんなもうなずいて、「何か、長くないか」と聞く。
 そうか。この人たちは、ぼくにどんなことがあったのか知らないのだ。
 ぼくは、一瞬さみしくなったけれど、事故のことを全部話して、同情を買うのはごめんだった。
 だから、まだ学生をやっている話に自然になると、
 「いやあ、おれも勉強不足だからなあ」と笑ってごまかした。


このくだりで、私は優介さんのお母さんであるかのような感動を覚えました。
事故で脳がリセットされてしまい、赤ちゃんからはじめた優介さんが、名前を思い出せない友人たちと飲みながら、曖昧さを残したまま、大人びた会話が交わせるようになるなんて。
優介さんも、優介さんの脳細胞も、すさまじい成長をとげたのでした。



自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://jibunworks.blog16.fc2.com/tb.php/351-915ce9e9

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。