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悦夫さんは、いまもいる。『ミボージン日記』竹信三恵子 <自伝・自分史・その周辺91> 

朝日新聞編集委員の竹信三恵子さんの活躍には目覚ましいものがあります。
若い頃からずっと携わってきた女性問題の他に、労働問題担当として鋭いメッセージを送り続けています。
一連の報道の業績で、2009年に反貧困ジャーナリズム大賞を受賞しました。

『ミボージン日記』は、彼女のよき伴侶であり、精神的な支えでもあった竹信悦夫さんとの関係。そして、突然死。
その後の三恵子さんの喪失感からの再生について書かれています。

学生時代に出会い、同じ新聞社で同じ職業に就き、30年以上ともに歩んできた二人は、楽しく生きることを最大限に大切にしてきました。
それだけに、悦夫さんの不在がもたらす苦しみは並大抵ではありませんでした。
クタクタになるまで取材し、記事を書く。それで、脳裏から悦夫さんへの思いを追いやろうとしました。
なにも考えずに、ゾンビのように体だけ動かす。

そんな三恵子さんを再生させたのも、悦夫さんとともに培ってきたジャーナリストとしての情熱でした。

考えてみれば、変な言葉、「未亡人」。
夫の従属物として生きてきたがために、「夫が亡くなった後もいまだ生きている人」という「未亡人」のあり方そのものを考えるために、この本を書くことにしました

  女性を夫の「従」の位置に固定する「未亡人」ではなく、大切な人を忘れかね、
 どちらへ進もうかと思い迷っている「未忘人」たち、
 つまり「いまだに故人を忘れていない人」たちのために、
 私のつたないミボージン体験を、語ってみてもいいのではないか、
 と私は思い始めていた。

記者仲間でもある夫は、彼女の仕事の最大の理解者でした。
新聞社という男中心社会で、女性問題や人権問題を扱った記事は、書いても書いても差し止められます。
有形無形のプレッシャーに三恵子さんは疲れ切っていました。

  私は疲れていた。
 「こんなことばっかりやっていて、先がないかも」と、弱音を吐いたとき、夫は言った。
 「会社でうまくやるために記者になったわけじゃないだろう。
  おかしいと思ったことを書いてやろうと思って記者になったんじゃないか」。

失った後に思い出す、悦夫さんの言葉ひとつひとつに、あらためてその喪失の大きさに気づきます。

いまだ立ち直ってはいません。
迷ったときには、夫の声が聞こえます。

「誰からも好かれようと思うな」「敵をつくることを恐れるな」

悦夫さんは、いまも三恵子さんとともにいます。



自分史の本棚
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