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障害を抱えるということ。『人生という名の手紙』ダニエル・ゴットリーブ<自伝・自分史・その周辺8> 

神は、その試練を乗り越えられるものにしか試練を与えない。

そう言われていますから、ゴットリーブ博士は、とびきり神様に見込まれてしまった人なのでしょう。

交通事故で頚椎を損傷し、将来を嘱望された33歳のダニエル・ゴットリーブ博士は、四肢麻痺の車いすの精神分析医となりました。

彼の試練は、それだけでは終わりませんでした。
事故以来、関係がうまくいかなくなった妻は娘二人を残して、彼の元を去りました。
さらに、両親の死、子供の頃から大の仲良しだった姉の死。そして、別れた妻の死。
畳みかけるように襲う悲しみが、ダニエルに深い喪失感と無力感を味わわせます。

そして、四肢が思うままに動かせず、世の中から弱者と見られることへの怒り、嘆き、妬み、絶望。

試練の総仕上げは、初孫サムが自閉症だったこと。

この本は、サムに宛てた数十通の手紙で構成されています。
サムの将来を案じつつ、自分を肯定的に認め、世の中と折り合いをつけながら生きて行く生き方を、自分自身の喪失の体験を通して教えます。
そしてサムに注がれる家族の無尽蔵の愛について伝えます。

どんなに頭脳明晰で論理的な人間でも、彼の境遇に陥ったら感じるであろう理不尽な怒りや絶望についても、正直に語られています。


 サムへ
 考えるのもつらいことだが、話しておかなければならない。
 いつかきみは、誰かがきみのことを「あの子は自閉症だ」と言うのを耳にするだろう。
 残念だがきみはその瞬間、「きみ」を見ても「サムという人間」を見ていない人たちがいることに気づくだろう。


交通事故の後、ベッドで横たわっているとき、ダニエルの耳に医師の声が入ってきます。
「あの四肢麻痺患者に、薬を与えたかい?」
つい数週間前までゴットリーブ医師だった彼は、「四肢麻痺」と呼ばれていました。

多くの人は、人の本質ではなく、レッテルで人を見る。

 サム、私は年月を重ねるにつれ、自分は「四肢麻痺」ではないことに気づいたよ。
 私という人間が「四肢麻痺を抱えている」だけだ。
 きみも「自閉症」ではない。「自閉症を抱えている」だけだ。


弱者であることを認めることによってのみ獲得できる強さを持って、生きる覚悟。

いままで、私は障害がある人たちをどんなふうに見てきたのか。どんな姿勢で向きあってきたか。そして、これからどのように接していくのか。
この本は読む側にも、小さな試練を与えます。



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