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いのちを癒す森。『あなたに喜んでもらえるように』佐藤初女<自伝・自分史・その周辺102> 

岩手県の岩木山のふもとに、「森のイスキア」と名付けられた宿泊施設があります。
広大な森の中に、こじんまりとした宿。
そこは、傷つき疲れた人たちを迎え入れ、心のこもったおもてなしで癒してくれる場所です。

佐藤初女さんは、森のイスキアの主宰者です。
有志からからの寄付で、買った土地を、穏やかでやさしい森に育て、居心地の良い癒しの場所にしました。
そして、「食べることは、命の移し替え」という考え方のもと、土地に育つ旬の食材を使い、丁寧に調理し、旅人に滋味豊かな食事を振る舞います。
その生き方は、「生物多様性」なんて言葉がなかった時代から続いて来ましたが、明らかに地球とすべての生物が共生することを目指しています。

さらに、傷ついた旅人の話をとことん聴いてくれるカウンセラーにもなります。
その活動に私利私欲はありません。
すべての行動は、「人のために」です。

ある講演会で、一人の男性に言葉をかけられたときのエピソードが、初女さんの考え方の裏付けです。

 「いのちって、どういうことですか?」
 あまりに急な質問に驚きながらも、とっさに私は答えていました。
 「生きることですよ」
 すると、その人はさらに尋ねました。
 「生きるってどういうことですか?」
 「人は誰かに仕えるために生まれてきた、と言われますので、人のお役に立つように生きることですね」
 そう、お答えしたら、
 「はい! わかりました!」
 と元気に言い、足取りも軽く帰っていきました。

人を癒す達人である初女さんも、ときには迷い、悩むことがあります。
自分の気持ちが揺れていることをとても心細く感じてしまいました。

 ちょうど、神父さまとお会いする機会があったので、「私はよく揺れるんです」とお話したところ、 「揺れてもいいんだよ」とおっしゃるのです。
 「あれ? どうして揺れてもいいんだろう?」と思いながら、「揺れると言っても、大揺れに揺れるんです」と言うと、「大揺れに揺れても、一本芯が通っていれば、それでいいんだよ」

 そのひとことで、私ははっとしました。揺れること事態は、決して悪いことではない。
 だから、揺れることを不安に思うのではなく、芯の通った人間になればいいだけなんだ、と考え方を変えることができたのです。


含蓄に富んだ言葉がいっぱい。
傷ついたときには、「森のイスキア」を訪ねればいい。そう思えます。




自分史の本棚
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