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質も量も圧倒的に。『たっぷり生きる』日野原重明x金子兜太<自伝・自分史・その周辺104> 

先頃、100歳を迎えられた聖路加病院理事長 日野原重明先生。
何度か講演会でお話を聞いたときも、椅子に座らず、正しい姿勢で立ちっ放しで90分。
凛としたお姿に感銘を受けます。

俳句界の重鎮 金子兜太氏が昨年行った対談の模様です。
このとき、金子氏90歳。
普段は歯に衣着せぬ舌鋒鋭い金子氏。
なぜか、「120歳まで生きる」と標榜する日野原先生に、素直に教えを乞う対談スタイルになってしまいました。


金子  
九十からの自分の生き方をなんとか先生から学びたい。
先生は九十四歳のとき、朝日新聞に、「人生、こらからが本番。佳境に入る」ということをお書きになっておられました。

日野原  
いままでの私の生涯は序曲のように思えるのです。人生は五十歳で前半、後半と別れるのではない。
年月による前半後半でなしに、ハーフタイムはだんだん後に来るのです。そして、後半が激しくなる。
あとに来る人生のほうが濃縮する。それまで分からなかったことが、いろいろと分かってきますよ。

これ、私もとてもよくわかります。
「自分史」というものをいろいろ読んでいると、「前半生」でやり終えたと考えている人が書いたものは、総じて面白みが少ないと感じます。
「前半生」はこうだった。でも「後半生」は未知数だ。
そんな考え方をしている人の「自分史」には、人を惹きつけるパワーがあります。


八十歳から、「走らない、急がない」と決めた金子さん。

金子  
走って転んだりすると骨折しますね。それを避けるためということです。
そのために遅刻するのはしょうがない。
先方には申し訳ないけれど自分の体を守るためということです。

日野原  
歳をとったらなるべく「あるがまま」がいいですね。


ところが、「あるがまま」の自然体を通そうとすると、ますます気持ちがふわついて、朝モヤモヤしてしまうという金子さんに、日野原先生は、こんな助言もします。

日野原  
九十以降になりますとどうしても運動量が落ちてしまう。(中略)
JRや空港などではエスカレータや動く歩道などには絶対に乗りません。
階段を使って、むしろエスカレータに乗っている人を追い抜きます。
追い抜いたときには気持ちいいですよ。達成感がある。
空港では、動く歩道を歩いている人の横を、荷物を持って私が速歩でさーっと追い抜くんです。
苦しいですが、追い抜いたら「やったあ」と思います。
そういう達成感が人間にますます「気」を出させる力になっているのでしょう。


う~ん。この本を読んでいると、日野原先生は、本当に120歳まで生きるだろうと思えてきました。





自分史の本棚
http://booklog.jp/users/jibunworks

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