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「オマケの人生」という考え方。『林住期』五木寛之 <自伝・自分史・その周辺9> 

  古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。
  「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、
  そして、「林住期(りんじゅうき)」と「遊行期(ゆぎょうき)」。
  「林住期」とは、社会人の務めを終えたあと、
  すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。


2年前、五木寛之氏の大ベストセラーによって、流行語となった「林住期」。
仏教における本来の意味は、文字通り「林に住む」。
「社会的役割、家庭での責任から離れて、林に一人住み、仏教修行をする時期」という意味なのでしょう。

「期」というからには時代区分があります。

かつて、人生50年と言われた時代には、20歳までが学生期、40歳までが家住期、60歳までが林住期という区分だったようです。
60歳過ぎて、まだ人生に残があれば、修行三昧の遊行期に入るというわけですね。

ところが、五木氏は、人生100年の時代に、この区分は実情に合っていないだろうと考えたわけです。

学生期が25歳まで。家住期が50歳まで、そして、50歳からの25年が、人生のゴールデンシーズン、「林住期」だと言うのです。

50歳からは、それまでやってきた仕事に一旦区切りを付け、本当にやりたいことに時間を使う。
ボランティア活動でもいい。作家修行でもいい。武道を学ぶのでもいい。
これまでやりたいと思いながら、生活のために断念していたことを、思い残すことなくやれ。
仕事をやるにしても、生活のためにやっていた仕事は辞める。
報酬を求めるために働くのでなく、働くことが道楽であるように仕事をやれ、というわけです。

「林住期」をよりよく生きるために、「学生期」と「家住期」は準備期間である。
「学生期」には生きる術を学び、「家住期」には、思うさま働き、林住期のために蓄える。

五木氏がこの本を上梓されたのは、わずか2年前のことなのですが、その間に、時代の様相は大変貌を遂げました。
林住期を意図して、月々の給料から老後資金の投資をされていた人も、将来の年金支給を当て込んでいた人も、たくさんいたはずです。
しかし、サブプライム以降、大きな失望とともに、林住期計画を諦めた人々が大勢いるのではないでしょうか?

社会の束縛を捨てて、林住期に入ろうとすることが、熟年世代の単なるわがままに成り下がってしまった時代が、いまなのでしょう。

2年前であれば、人生の選択であった林住期が、いまは、「この世からの退場」と思われる。

「オマケの人生、だからこそ自由」と五木氏は書いていますが、この時代は、人間に余剰の人生を許しません。

時代が余剰を失う苦痛は、すべての人間にはね返ってきます。
なんとも過酷な時代を生きる私たちに、「林住期」の理想は無期延期かもしれません。




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