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主体性の表れとしての笑顔。『置かれた場所で咲きなさい』渡辺和子 <自伝・自分史・その周辺110> 

父親が凶弾に倒れるのを目の当たりにした少女。

現ノートルダム清心学園理事長の渡辺和子シスターは、9歳のときに、自宅に押し入った青年将校に父を射殺されました。
昭和11年に発生した二・二六事件でした。

数奇な運命ながら、我慢強く温かい母に育てられた少女は、長じて修道女になり、
36歳の若さで、修道会から任命され四年制大学の学長になりました。

責任の重さに、押しつぶされそうになりながら、シスターが信じたのは、
「神は決して、あなたの力に余る試練を与えない」

という言葉。

さまざまな試練は、うつ病となってシスターに長く苦しみを与えました。
さらに、膠原病により骨を失い身長が14センチも縮む試練も与えられました。

しかし、神が与えた試練なら、乗り越えられないはずはない。

どんな苦境にあっても、そこから逃げるのではなく、そこで受けた試練を克服することに心を注ぐ。

いまいるその場所が、自分が咲くべき場所。

シスターは、そう考えます。

この本のなかで、私が心打たれたエピソード。

学生の一人が自殺したことがありました。
シスターは、二度とこんなことが起きないように、
「苦しいから、もうちょっと生きてみよう」という講義をしました。
数日後、廊下でいろいろな問題を抱える四年生と会いました。

 「あなたも大変ね」と声をかけました。
 するとその学生が笑顔で、しかしきっぱりと、
 「はい、大変です。大変だから、もうちょっとがんばってみます」
 と答えて足早に去って行きましたが、去った後に、
 一陣のさわやかな風が廊下を吹き抜けて行ったのをいまも覚えています。

「笑顔」に関するエピソードにも、思わず笑顔が出てしまいました。

いまの笑顔こぼれるシスターからは信じられませんが、生まれつき笑顔が少なかったそうです。
アメリカ人の男性職員から、
「渡辺さんは笑顔が素敵だよ」といわれたことから、笑顔が増えました。

そして、ただチャームポイントとしての笑顔ではなく、他人への思いやりとしての笑顔、そしてさらには、自分自身の心の戦いとしての笑顔へと、笑顔の質が転換して行きました。

 それは、ほほえむことのできない人への愛の笑顔であると同時に、
 相手の出方に左右されることなく、
 私の人生を笑顔で生きるという決意であり、
 主体性の表れとしての笑顔でした。


「主体性の表れとしての笑顔」、いい言葉ですね。
私も、そうありたいと思います。

スマイルゼロ円ですが、それを受け取った人には、大きな価値がありまます。

 不機嫌は立派な環境破壊だということを、忘れないでいましょう。
 私たちはときに、口から、態度からダイオキシンを出していないでしょうか。
 これらは大気を汚染し、環境を汚し、人の心をむしばむのです。
 笑顔で生きるということは、立派なエコなのです。


薄くて、すぐ読み終わる本ですが、シスターの言葉一つひとつが心にじわっとしみ込んでいきます。




自分史の本棚
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