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生きることの意味を問い直す。『夜と霧 新版』ヴィクトール・E・フランクル <自伝・自分史・その周辺14> 

最初にこの本の旧版を読んだのは高校生のときでした。収容所の記述があまりに恐ろしく、心臓が肥大してしまったかのように、どきどきしっぱなしだったことを覚えています。
心の全体を占拠したのはその恐ろしさだけで、書かれた内容について考える余裕はまったくありませんでした。

長い年月を経て、新版で読みなおしてみて、やっと「心理学者、強制収容所を体験する」という原題の意図が理解できた気がします。

アウシュヴィッツに到着した人々を待っていたのは、労働者として働かせる者は右へ。そのまま焼却炉へ送り込むものは左へ、という選別。
焼却炉を免れたものも、サディストの監視員が見張る厳寒の屋外作業へ。あるいは、身体的に比較的ラクな屋内作業へ、という選別。
日常的な選別を生き延び、連合軍の解放によって、収容所を出ることができたフランクル博士は、はっきりと言い切ります。
 
  生存競争の中で良心を失い、暴力も、仲間から盗むことも平気になってしまっていた。そういう者だけが命をつなぐことができたのだ。
  とにかく生きて帰ってきたわたしたちは、みなそのことを知っている。わたしたちは、ためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。



この本は、一人の心理学者が、生を選ぶより死を選ぶ方が格段に易しい極限の状況の中で、「生きる意味」を問い続けた物語です。

アウシュヴィッツに収容され、博士が最初に自分に約束したことは、

「鉄条網に走る」ことは、けっしてすまい。

ということでした。「鉄条網に走る」とは、高圧電流を自分の体に流す、すなわち自殺するということ。それは、肉体が生きていても内面がじわじわと殺されていく被収容者が、肉体と精神の一致を得るための最後の行為でした。

収容所の衣食住、労働のすべてが、被収容者の感情を消滅させていきます。
それは、自己保存メカニズムであったと博士は認識しています。感情を喪失させることで、たったひとつの課題、「自分の生命を、そして仲間の生命を維持すること」に、意識を集中させたのでした。

心理学者で精神分析医であるフランクル博士は、自殺願望を持つ被収容者を説得します。
目に入れても痛くないほど愛している子供がいる男には、父親としての唯一性を説いて。
研究書の上梓を未完のまま残してきた研究者には、仕事が彼を待っているという事実を以て。

  自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。

「苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ」と、博士は認識します。
その思念は、生老病死(しょうろうびょうし)を、人間の最大の「苦」だとするブッダの教えと重なって見えてきます。
まちがいなくユダヤ人であるヴィクトール博士が、ブッダの生まれかわりのように見えてくるのは、なぜなのでしょう。

この本を読み終わったとき、「生きることへの責任」という博士の言葉が、胸のいちばん深いところへすんなりと落ちていきます。
生きる意味を否定して、死を選ぶ人々の、その選択の無意味さを思い知らされます。

コメント

こんばんは

遊びにきました
ブロともの申請しますね

「生きることへの責任」ですか…
なんとも耳が痛いですね
私は、何度も自殺未遂してますから…

また、遊びにきますね

Re: こんばんは

ボサッ子さま

コメント、ありがとうございます。
収容所の極限状況の中では、
思考をどんどんシンプルにしないといけなくなってしまうのでしょう。
必然的に、「生きる」が最優先になるのですね。

また、遊びにきてくださいね。

こんにちわ

こんにちわ。初めまして。
あし@の音菊さんのプロフィールからおじゃましています。
夜と霧、わたしも高校時代に読んで異様な衝撃を受けました。新版は読んでいないのですが。細部は忘れていたのですが記事を読ませていただき中心の思想を思い起こしています。
「いい人は帰ってこなかった」これは本当になっとくしますね。
ぎりぎりの極限の中でなお人間の良心が生きていたことも書かれていたようであり、感動を思い出します。
「生きることへの責任」、非常に重い言葉ですね。極限を生き延びた博士の言葉だから特に説得力がありますね。

Re: こんにちわ

KOZOUさま

コメント、ありがとうございます。
高校時代に読むと、本当に衝撃を受けますよね。

新版と旧版との違いは、旧版では、ナチスと強制収容所への糾弾が強く出ていたのを、
新版では、その部分を極力減らし、より哲学的、精神的なメッセージ性を強くしているらしいです。

> 「生きることへの責任」、非常に重い言葉ですね。極限を生き延びた博士の言葉だから特に説得力がありますね。
自殺願望の若者たちに、読んでほしいと思いました。

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