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貧乏は、エンターテイメント。『びんぼう自慢』古今亭志ん生 <自伝・自分史・その周辺16> 

昭和の落語名人、古今亭志ん生師匠が、語り尽くした貧乏話を、小島貞ニ氏が記録編集した本です。

若い頃の師匠は、友だちと二人、床が傾いだ二階に住んでいました。
一枚の着物を交互に着て、交互に出かけて、祝儀をもらいに行ったり、
「ふんどしなんかいらねえだろう」と、友だちから引っぺがしたふんどしを質屋に持ち込んで、断わられたり。
とんでもない貧乏のなか、小銭を捻出するために、たいへんな知恵を絞ります。
しかし、その知恵は、「もっと早くから、きちんと稼ぐ」という方向には使われることがありません。

「志ん生と酒」のエピソードも満載です。
「呑む・打つ・買う」は全部やる。
なかでも、「呑む」にかける情熱は、半端でありません。
なにしろ、関東大震災の激震の最中、まず頭に浮かんだのが、「酒屋の酒が全部地面に吸い込まれる」という心配。
女房の財布をひったくって、酒屋に飛びこみ、
「酒ェ、売ってください」

ふつうなら「これをやられて、誰も刑事告発しないのがおかしい」という借金踏み倒しを、ほぼ日常的にしていました。
(その内容は本で確認してください)

それらを、「まあ、師匠のなさることなら、しょうがないでしょう」と、鷹揚な苦笑いで許されてしまうのは、人徳なのでしょうか?
破滅型の人生を、破滅しないように影になり日向になり、支える人がいる時代だったのですね。

想像を絶する貧乏を、芸の肥やしにして、名人と称されるようになる。

いま、民間給与の総額が1年で2兆円減少したとかのニュースに、私たちは度を失うほど慌てふためいています。

「貧乏はするもんじゃありません。味わうものですな」
と言い切った志ん生師匠に、貧乏を味わい尽くす術を学ぶことはできないのでしょうか?

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