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起承転結では間に合わない。 

かつて、文章の構成法の主流だった「起承転結」は、前ほどもてはやされなくなりました。
ただ、作為的でなく自然な流れで、時系列的に事柄を書く場合には結構扱いやすい構成であることは間違いないと思います。
私が日常的に読む文章で、頻繁に「起承転結」で書かれていると思うのは、朝日新聞の一面に、毎朝掲載されている『天声人語』ですね。
文章量は600字ちょっと、原稿用紙で1枚半くらいの短文です。
一気に読める文章なので、そんなに構成や展開を考える必要はないのかもしれません。
また、他の記事には見出しが付けられているのに、『天声人語』に見出しなしということは、中身になにが書かれているかわからなくても毎朝必ず読んでくれる読者がいるのですね。

 短文で、同じ人が読んでくれて、毎朝同じ紙面に掲載されている。

『天声人語』、かなりいい条件ですが、私たちが普段書く文章に、この条件は望むべくもありません。
私たちが自分史のために書く文章は、だいたい1話が原稿用紙5枚から10枚くらいのサイズになるでしょう。場合によってはもっと長いかもしれません。
その文章の中で、もっとも大切なのは、筆者が「一番伝えたいこと」ですね。
「起承転結」の文章では、「一番伝えたいこと」は、多くの場合、「結」の位置に書かれています。
(ときには「転」の位置の場合もあるでしょう)

私たちが書く文章では、「一番伝えたいこと」は、もっと早めに出したいのです。
「起承転結」では間延びしてしまいます。
最初の部分を読み出した人が、
「なにが言いたいのか、よくわからない」
「間延びしていて、読むのが面倒くさい」
「要点だけ読みたいのに、どこに要点が書かれているのかわかりにくい」
と、あなたの文章を投げ出してしまう人がいることも考えなければなりませんね。

そんなわけで、話は元に戻りますが、「師匠の文章の設計図を真似る」ことが、有効になるわけですね。

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